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魔法薬師シェリー=グリーンのパン屋めぐり  作者: 光延ミトジ
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第11話:護衛任務


 魔獣の氾濫――スタンピードが起きれば、大量の魔法薬が必要になる。だからこそ、発生前に作れるだけの魔法薬を作っておかなければならない。


 シェリーは戦闘経験がある冒険者――同居中のクラム親子に、現地で必要になるであろう魔法薬の種類を聞いた。魔力回復薬をはじめ、傷薬や体力回復薬など、小難しいものよりも基本的な魔法薬、可能であれば複数の効能が混在するものが望ましいそうだ。これは少しでも荷物を減らすためで、同じ理由で、品質は少量でも効果が出る中級以上のものが求められるとのことだった。


 魔法薬の素材を手に入れるにはいくつかの方法がある。一般的な方法は専門の商店などで購入するか、自ら育成するか、群生地で自ら――あるいは冒険者ギルドなどの第三者に依頼して採取するかだ。


 シェリーは家の裏庭に小さな薬草畑を造って、比較的よく使用し、個人で世話がしやすい薬草を何種類か育てていた。手持ちの素材と育成中の薬草の種類を頭に思い浮かべ、魔法薬に必要な分を差し引いて――小さく息を吐く。


「……足りないわ……」


 素材を大量に購入すれば当然、費用がかさむ。販売して収益を得るために作る魔法薬ではないのだ。ライルのためにとはいえ、否、ライルのためだからこそ、費用はできるだけ抑えたかった。無尽蔵に金があるわけではない以上、予算を上手く使わなければならない。使うべきところに賢く使い、抑えられる部分は徹底して抑える。自分の労力でカバーできる部分はそうするとして、ひとりではどうしようもない、金をかけざるを得ないところがどこかを考え――シェリーは弾き出した。


 そして、魔法薬を渡したい張本人――Cランクの上位に入る冒険者、ライル=クラムに話を持ちかけた――


 厩舎で鎧馬のダイスとカナリアの世話をしていた彼は、話を聞き終えると三白眼をまたたかせる。


「メイブの森……?」

「そうよ。シルバーベルの花の根が欲しいの。少し距離もあるし、頼りになる冒険者について来てほしいんだけど、お願いできないかしら?」

「それ、は……シェリーさんの、護衛任務……っ!?」


 ライルがまたたかせていた目をくわっと見開いた。同居人ではなく、冒険者としての頼みごとをするのは初めてのことだ。興奮気味に頬を赤く染めているのを見る限り、好感触のようだった。引き受けてくれそうなライルに、シェリーは笑顔で「ええ、護衛任務よ」と頷く。


 メイブの森は、エラヴァンスの街から北に半日ほど馬を走らせた場所にある、太古の森だ。エラヴァンスの街は各所を繋ぐ交通の要所であるが、北方にある鬱蒼とした森には道を通していない。大きな街道があれば北の地との往来が遥かに楽になる。それでも手付かずのままなのは、メイブの森が精霊の世界に繋がっていると信じられているからだ。


 人間の手が入っていない森には、多くの植物と生物が、古来からの姿を残したまま存在している。その中のひとつがシルバーベルの花だ。鈴の形をした銀色の花で、銀糸のような根は上級魔力回復薬の材料である。


 シルバーベルの入手は非常に困難だ。古来からの姿を残した森は迷いやすく、何より、森には魔獣がいる。魔獣を突破して辿りついて発見したとしても、保存には細心の注意を払わねばならず、専門家の手が必要だ。そのため、冒険者ギルドに正式な採取依頼を出せば、Bランク以上の扱いになるだろう。しかし、専門家である魔法薬師が同行して護衛任務の形で依頼を出せばCランクの扱いだ。


「引き受けてくれる? もちろん報酬は出すわ」

「えっ、その……べつに……シェリーさんなら、金は……いらない……けど……」


 たどたどしく言うライルに、首を横に振る。


「相手が誰でも、正当な報酬は受け取らないとダメよ」


 それは、シェリーが人生で得た教訓のひとつだ。専門的な知識も、自分の時間も、無償で提供してはいけない。裏を返せば、専門的な知識や時間、能力や技術を、無償で提供させてはいけないということだ。大切な相手であるのなら、なおさら――それがどれだけ失礼で、相手を愚弄する行為なのかを、シェリーは知っていた。


 無意識の内に重い声音になっていたからだろう。ライルは驚いたような表情を浮かべ、それから戸惑いがちに頷いた。


「ありがとう、ライルくん。できるだけ早く行きたいのだけど、明日から……そうね、二泊三日くらいかしら? 時間は取れそう?」

「ぅ、うん、大丈夫」

「良かった。それじゃあ決まりね。ヴァンさんにも報告しましょう」

「べつに、しなくても……」


 ごにょごにょと不満そうに口を尖らせる少年に、彼女は小さく笑みを漏らす。シェリーと接するライルは、素直でかわいげのある少年だ。しかし少年は父親に対して、どうも素直になりきれないところがある。成長期、あるいは反抗期特有のものでもあり、ヴァンが皮肉混じりにからかうせいでもあるだろう。そんな父子をシェリーは微笑ましく思っていた――


 ――その日の夕食の席で、シェリーはライルに依頼したことを報告した。ライル本人は相変わらず不服そうにしていたが、彼の息子を連れ出すのに無断というわけにはいかないだろう。


 話を聞いたヴァンは目を細めて眉を寄せた。


「ああ? ガキひとりに護衛任務だぁ?」


 彼は渋い顔で何かを考え込む。


 無精ヒゲが生えた顎を指先でこすりながら黙ってしまったヴァンに、シェリーとライルは顔を見合わせた。思ってもいなかった反応だ。普段もライルは冒険者として請け負った依頼の内容を、細かく報告することはない。家を数日空ける時に、おおよその場所と日数を言ってくるが、具体的な内容までは伝えてこなかった。詳細を明らかにしなくても、ヴァンは息子に苦言を呈したりしない。放任主義なのだ。


 だから、今回もすんなり承諾してくれると思っていたのだが、何やら様子が違う。見合わせていた顔をヴァンに戻すと、彼が「よし」と口を開いた。


「俺も行くわ」


 思いがけない言葉に、シェリーとライルはポカンとする。


「え……?」

「オヤジが一緒……?」

「なんだ? 文句あんのか?」

「文句なんてないわ。でも……」


 シェリーとライルは再び顔を見合わせる。お互いに同じことを考えているようだった。


 ヴァンは冒険者稼業を休業中だ。この一年、シェリーは彼が働くところを見たことがない。窓際でテーブルに足を乗せて酒を飲み、鎮痛作用のある煙草の煙を燻らせる――そんな姿か、夜の、あの時の姿しか知らなかった。ライルに至ってはシェリーよりもさらに長く、父の冒険者としての姿を見ていないのだろう。彼女に向けられた三白眼には不安が浮かんでいる。


 本当に大丈夫なのか目で訴え合うふたりをよそに、ヴァンは上機嫌に酒瓶を煽った――


 ――夏の日の出は早い。


 翌日の早朝、三人は赤い屋根の家を発った。


 シェリーはヴァンと共に鎧馬に乗り、規則的な揺れに身を任せていた。日差しと土埃除けのために、フードつきのローブを身に纏う。急遽の遠出でヴァンのものを借りたのだが、シェリーにはサイズが大きかった。昨夜の内に針を通して調節したため、不格好ではないだろう。


 ヴァンは買い出しの時と同じく、後ろからシェリーを支えてくれている。彼は久しぶりに引っ張り出したというマントを身に纏い、腰に剣を佩いていた。月光水草の甘い匂いが混じった煙草の香りがする。出がけに吸っていた分の残り香だろう。


(……大丈夫なのかしら?)


 いくら本人が言い出したとはいえ、彼は身体の不調で休業中の冒険者だ。駆り出してしまって本当に良かったのかひと晩経っても不安は解消されていない。それどころか詳しい状態を知らない分、余計に不安が募っている。顔色は悪くないようだが、それだけでは判断できない。


 ライルも同じ気持ちらしい。前を行く少年は、時折、後ろを振り返っていた。


 長時間の乗馬にシェリーが慣れていないこともあり、ふたりは休憩を小まめに取ってくれる。緩やかに流れる川の畔に鎧馬を繋ぎ、水分と軽食の補給をすることになった――実に四度目の休憩だ。ライルは誰に言われるでもなく鎧馬に水を与え、ヴァンは川の水に布を浸していた。


「何か手伝う?」

「ああ? いい、いい。休める時に休んどけ」

「……いいの?」

「護衛対象が不調だとやりにくいもんだぜ。腰とケツ、しっかり伸ばしておけよ」


 鎧馬に長時間揺られたせいで、腰と臀部に重く、疼くような痛みがあった。口にしなくてもヴァンには気取られていたらしい。シェリーは「じゃあ、そうさせてもらうわ」と、身体を伸ばしながら筋肉をほぐしていく。


「今、どの辺りなの?」

「全体の行程の三分の二ってとこだな。昼過ぎにはメイブの森の手前の村に着く」

「村に宿はあるかしら?」

「あるにはあるが、空いてるかまでは知らん……と、シェリー」


 ヴァンは水に濡らし、固く絞った布をシェリーに下手で放り投げた。


「暑くなってきたからな。顔と首、冷やしとけよ」

「ありがとう」


 受け取った濡れた布で顔を拭けば、ひんやりとしていて気持ちがいい。日差しと気温で火照った肌が冷やされ、さっぱりとした爽快感に深く息を吐く。


 横目でヴァンを見れば、彼も顔や首を豪快に拭いていた。


「ねえ、ヴァンさん」

「あ?」

「わたしの調子を心配してくれたけど、ヴァンさんこそ大丈夫なの?」


 シェリーは彼に近づいて尋ねる。過剰な心配を表に出さないように、できるだけ普通を装った。そして、なんとなくだが息子のライルには聞こえないほうがいい気がして、声量は抑えた。


「問題ねえよ」

「本当に?」

「ハハッ、疑り深いな」

「疑ってるんじゃなくて心配してるの」


 軽い調子のヴァンに、シェリーは眉を寄せる。


「わーってるって。ンな顔すんなよ」


 信用してもいいものだろうか。彼の体調を読み取れないかと、ジッと見据える。魔法薬師の中には、医者のように診察をした上で薬を渡す者がいた。医者のいない小さな村では重宝される存在だが、そういった魔法薬師は基本、医者並みに対面で患者を見たことのある者だ。工房にこもってひたすら調合することで腕を磨いたシェリーには、それだけの能力はない。せいぜい顔色や発汗、目の充血などを見て判断するくらいだ。


 ヴァンが肩を竦めた。


「心配いらねえって。この何か月か調子がいいんだ。だからこうして同行してる。お前さんの煙草がよく効いてるってことだ」

「鎮痛効果はあっても、治癒効果はないわ」

「痛みが軽くなるだけで充分だ。おかげで酒も美味くなった」

「お酒って……」

「それに――」


 顔が近づく。彼が口の片端を持ち上げた。


「調子が良くて、いい女も抱ける」

「な……」


 思いがけない言葉に絶句すれば、ヴァンはハハッと笑って、濡れた黒色の目を細める。冗談めかしたように笑っているが、絡んだ視線には熱がこもっている気がした。目を逸らせないでいると、彼の短い黒髪からポタポタと水滴が落ちていくのが目に入った。彼は今の今まで、水に濡らしたタオルで汗を拭いていたが、絞り切れていなかったのかもしれない。


「……濡れてるわ」

「あ? ああ、このくらいすぐに乾く」

「服まで濡れちゃうわよ」


 手を伸ばし、前髪から今にも落ちそうだった水滴を指で払う。指先に微かに触れたヴァンのひたいは、少し体温が高いようだ。夏の気温のせいだろうか。それとも――


「熱があるの?」

「ねえよ。いつもこんなもんだ」

「そう……」

「なあ、あんまり心配しすぎるなよ。調子はいいって言っただろ? なんも問題はねえ。護衛として、コイツだって振り回せるぜ?」


 コイツ、とヴァンは腰に佩いた剣を軽く叩く。シェリーは小さく、首を横に振った。


「……剣を振り回すようなことにならないのが一番ね」

「そりゃ言えてらぁ」


 そう言って彼は笑った。


 心配や不安がなくなったわけではないが、本人がこの調子なのだ。心配を口にしたところで、彼の返答は一貫して変わらない。だとすれば、これ以上は押しつけになってしまう。シェリーは肩を竦めながら笑みを返した。


「オヤジーーー! メシーーッ!」


 鎧馬の世話を終えたライルが、声を上げて駆けてくる。ヴァンは一歩、シェリーから距離を取ると、眉間の皺を深くして「うるせえ!」と大声を上げた。


「やかましいんだよ、叫ぶな!」

「なっ!? オヤジだって叫んでる!」

「大人はいいんだよ、大人は!」

「むちゃくちゃだ!」


 クラム親子は互いに怒鳴り合いながら、少し早めの昼食の支度をはじめた。慣れた手つきでヴァンが薪を組んで火を起こす。手伝おうとしたシェリーを「いいから座ってろ」「や、休んで、てっ!」と制止するふたりは、やはりよく似た親子だった。


 ライルは荷物の中から、包みにくるまれた固焼きの丸パンを三個出した。そして同時に取り出したベーコンの塊を三等分し、木に差して焚き火で炙っている。燻製された豚の脂の香りが鼻腔をくすぐった。それからパンを横から切って二枚にして断面を火にかざす。少しすると、ベーコンの匂いの中に小麦の香りが加わった。


 昼食は焼いたパンの間に炙ったベーコンを挟んだものだ。彩りもなければ栄養も偏っているが、この場に気にする人間はいない。外で食べると、より強い香りを感じた。さっくりとしたパンの歯触りと、舌に広がる脂の膜の感触。味こそしないものの、咀嚼して飲み込む。


「外で食べるのって、家で食べるのと何か違うわね」

「そ、外のほうが、いい……?」

「んー……どっちがどうってわけじゃないけど、気分が変わるのはいいと思うわ」

「ベーコン! 家でも、外でも……うまいよっ!」


 ヴァンが呆れたようにフンと鼻を鳴らした。ライルはそれを気にした様子もなく、大きく口を開けてパンにかぶりつく。頬を膨らませて食べる息子に、普段なら『口に入れたまま大声出すんじゃねえ』とでも言いそうなものだが、それをしないところを見ると、彼自身もこの状況を楽しんでいるのだろう。


(前は、ヴァンさんが冒険者見習いのライルくんをつれて回っていたそうだし……)


 薪が爆ぜる音がした。川のせせらぎと、鳥の声――どことなく、穏やかな空気が流れているのを感じる。シェリーは食べる手を止めてクラム親子の会話を聞いていたが、パンの間から落ちそうになっていたベーコンに気づいて、慌てて口に運んだ――






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