そうだ魔導屋、行こう
朝になり目覚めると、俺は今までにない感覚を味わった。
「体がーーー軽い?」
市役所勤めだった頃は、朝起きても体がだるく、仕事が始まることが憂鬱で仕方がなかった。
だが、異世界で迎えた初めての朝は、体が完全に回復し、気分もリフレッシュしていた。昨日のツノスライムから受けた足の傷も、完全に治っている。これはこの豪華な部屋のおかげなのか?
俺はルカンダが用意してくれた新しい服に着替え、朝食を食べるために部屋を出た。宿屋の入り口に向かうと、ルカンダの姿が見えた。
「ルカンダ、おはよう!ルカンダが用意してくれた部屋はすごいね!一晩寝たら傷も治ってすっかり元気になったよ!」
「マモル様、おはようございます。よく眠れたようでよかったです。でも、どんな部屋でも、傷が治るのは同じですよ?」
ルカンダによると、この世界では一晩眠るとほとんどの怪我は治り、体力も完全に回復するらしい。ただ、魔物からの呪いや致命傷、病気などは回復しないようだ。寝るだけで元気になるなんて、素晴らしいことだなぁ。
「マモル様はまだこの街をあまりご存じないんですよね?よかったら一緒に朝食を食べに行きませんか?街もご案内しますよ!」
「ありがとう、お願いするよ」
街のことを知れるのはありがたい。きっと、元の世界とこの異世界は、まだまだ違うところがあるのだろう。少しでも人の役に立てるよう、早くこの世界のことを覚えておきたい。
ルカンダが案内してくれたのは、食堂、というよりも酒場がメインのようなお店だった。事実、朝からすでにお酒を飲んでご機嫌な人がいた。ルカンダによると、お酒を飲んで酔っ払っても、小一時間もすれば完全に酔いが醒めてしまうのだという。当然、二日酔いなどという言葉は聞いたこともないそうだ。
朝食を済ませると、いろいろな店が集まった通りに案内された。元の世界で言うと商店街のような感じだ。食料品を売っている店や雑貨を売っている店、本屋などはすぐに理解できたが、売られている物がよく分からない店もあった。不思議な植物?のような物を扱っている店や、魔物の素材なのだろうか、何かの牙や爪、鱗などがならんだ店もある。ルカンダによると、魔法の研究や装備品の材料などに使われるのだそうだ。
「あっ、ここから近くに魔導屋さんがあるんですよ。行ってみますか?」
魔導屋に行けば、スキルのことを教えてもらえるんだったな。俺たちはすぐに魔導屋に向かった。
「ここが、魔導屋?本当に入っていいの?」
案内された店は、見るからに怪しい。店の壁や屋根には、魔力が込められていそうな模様がびっしりと描きこまれ、晴れた朝だというのにこの店の周りだけなぜか薄暗く感じられる。ここは魔物の巣です!と言われたら信じてしまいそうなくらいだった。
「大丈夫ですよ!ここのご主人、とってもいい人なんですよ!」
ルカンダは、俺の不安を明るく笑い飛ばした。そうだよな。俺がこの世界に来てから出会う人はみんないい人ばかりだ。
封印された扉のような見た目のドアを開け、中に入った。店の中には、クエスト屋にあった物とは少し違うデザインの巻物や、神秘的な宝石のような物が所狭しと並べられている。店の奥には、店主と思われる、大きな帽子をかぶった人が座っている。俺は、その人に声を掛けた。
「はじめまして、俺はマモルといいます。昨日この国に転移して来ました。クエスト屋のシュルンから、こちらに来ればスキルについて教えていただけると聞いたのですが。」
帽子を動かすことなく、顔を下に向けたまま店主と思われる人は答えた。
「ほう、お前さんが転移者か。ファボロのやつもうまくやったようだな。ふむ、スキルについて知りたいのだな?」
喋り口調は老人のようだが、声はまるで子どものようだ。どんな人なのか気になるが、相変わらず、帽子で顔は見えない。
「どれ、手を出してみなさい。お前さんの情報を、ワシにも共有させてもらうよ。」
そう言うと、店主は引出しから小さな光る石のような物を取り出し、俺にその石を握らせた。店主も同じように光る石を握ると、ウンウンと頷いて言った。
「なるほどなるほど。【オネダリ】というスキルか。ふうむ、今までに聞いたことのない、珍しいスキルのようじゃのう。」
すごい!まだスキルの名前を伝えてもいないのに、本当に俺の情報を共有しているようだ。後で教えてくれたが、この光る石を握ることで相手のステータスを見ることができるそうだ。
「スキル【オネダリ】は、お前さんが口に出した願望を、相手に叶えさせるという力を持つようじゃな。言葉の通じない魔物相手でも、声さえ届けばスキルは発動するようじゃ。」
なるほど、確かにスライム相手にスキルは効いていた。だけど、ツノスライムに効かなかったのはなぜなのだろう。
「ふむ、スキル【オネダリ】はまだレベル1の状態じゃな。お前さん自身のレベルとは別に、スキルレベルというものがある。スキルレベル1では、自分と同じか自分より弱い相手にしか効果はないようじゃ。」
店主は、さらに付け加えて教えてくれた。
・人でも魔物でもスキルの効果がある。
・レベル1では、簡単な願望しか叶えられない。
・スキルレベルが上がることで、自分より強い相手にもスキルが効くようになったり、叶えられる願望も大きなものになったりする。
なるほど!ツノスライムは俺よりもレベルが高いから、効果がなかったんだ。そして、最初のスライムに「消滅しろ」と願ったが、願望が大きすぎて叶わなかったんだ。
ここまでの説明を聞いて、ルカンダは思いついたように言った。
「分かりました!私、マモル様のスキルのおかげでツノスライムを倒せたんです!」
ルカンダがツノスライムを倒したとき、確かに俺は「誰かツノスライムを攻撃してくれ」と叫んでいた。その声を聞いたルカンダが、俺の願望を叶えてくれたということらしい。
「わたし、怖くて攻撃なんてできそうになかったんです。でも、マモル様の声を聞いた瞬間、体が勝手に動きだしたんです!」
俺とルカンダは店主に礼を言って店を出た。このスキル、使い方を工夫すればうまくクエストをこなすことができそうだぞ。
魔導屋の主人の名前が出てきませんでしたが、カーレという名前です。
年齢は(今のところ)不明です。