プロローグ
これが初の投稿作品になります。
これから少しずつ書いていくので、読んでいただけたら幸いです。
俺の名前は秋民 守、市役所に勤め始めて3年目になる。
よく「安定しているから」という理由で公務員を目指す人がいるが、俺の場合は違う。
小さい頃から母と一緒にボランティア活動に参加していて、「誰かのために何かをする」ことが当たり前になっていた。もちろん、最初はボランティアなんて乗り気ではなかったが、誰かに感謝されるたびに、こういうのも悪くないと感じ始めたのだ。そんな俺にとって、市民の役に立つことでお金がもらえる市役所の仕事は天職のように見えたのだ。
1年目は窓口業務を担当し、市民の方からはクレームや嫌がらせのようなこともあったが、俺の対応に「ありがとう」と言ってくれたり嬉しそうにしたりする姿を見て、この仕事を選んでよかったと思った。ところが、3年目から配属が変わり、俺は市長と共に仕事をすることが多くなった。この市長が俺を悩ませ続けることになる。
市長は表向きは人柄も良く、市民のための仕事もそれなりにこなしていた。しかし、市役所の職員に対しては全く別の顔を見せていた。「市長室がせまい、広くしろ」「市長専用のエレベーターを作れ」といった無茶な要望をしたり、機嫌が悪いときに市長室をノックするだけで怒鳴られたり、パワハラやセクハラともとれる発言を日常的にしたりと、かなりの我儘ぶりである。
時には、市の視察先で店の商品をおねだりし、お土産を堂々と要求することもあった。もちろん、そのお土産は市長が全て持ち帰ってしまった。
そんなことが続き、俺は課長に相談した。
「課長、市長の我儘な言動、あれは許されるんですか?」
課長は、少し困りつつも真剣な顔で答えてくれた。
「いいか、俺たち職員は公務員試験を受けて、合格してこの仕事についている。言い方を変えれば、試験にさえ通れば誰でもなれる。だが、市長は違う。選挙で何万人もの人々を味方につけ、選ばれた人間なんだ。市長の後ろには、市民がいると思わなきゃならない。」
そう言われてしまうと、俺には何も返す言葉がなかった。そう、俺は単なる市の職員であり、市長は選ばれた人間なのだ。でも、こんなのって許されるのか?
俺は多くの人々の役に立つために働き始めたのに、今では市長の我儘を叶えるために日々奔走している。このままこの仕事を続けるべきかどうか、悩みながら過ごしていたある日のことだった。
『市長からお昼ご飯の注文だ。いつものおにぎりを3つ。飲み物も忘れずに頼む。』
仕事用の携帯に、課長からのメールが届いた。これもいつものことだ。自分のお昼ぐらい自分で用意すればいいのに、と言いたいところだが、遅くなって怒られるのはごめんだ。
俺は市役所から少し遠いコンビニに走る。近くのコンビニには市長が好むおにぎりが売っていないのだ。市役所からコンビニまで急ぎ足で歩いていると、カラーコーンで区切られた場所が目に入った。ここは、数日前の地震で道路に穴が開き、まだ補修されていない場所であった。市の職員としては、少しでも早く市民が困っているこの穴を塞ぎたいが、市長の我儘を叶えてることに時間がとられ、それもできない。
歯がゆい思いをしながらも、俺は急いでコンビニに向かう。
「よかった。まだおにぎりが残ってるぞ。」
商品棚を見て安堵した俺は、おにぎりを取ろうと近づいた。しかし、あと一歩というところで、他の人の手がおにぎりを掴んでしまった。その人の顔を見ると、お昼を買いに来たのであろうサラリーマンのようだった。このままではまずい。
「あの、すいません。そのおにぎり、譲ってもらうことはできませんか。」
突然声を掛けられたサラリーマンは、驚いたようにこちらを向いた。
「そのおにぎり、どうしても仕事で必要なんです。」
おにぎりが必要な仕事って何だ??そんな困惑の表情を見せながらも、サラリーマンはおにぎりを譲ってくれた。ありがたい。これがなければ小一時間怒鳴られるところだった。
「本当にありがとうございます!」
俺はサラリーマンに何度も礼を言い、コンビニを出た。
急いで市役所まで戻ろう。歩き始めたと同時に、課長からのメールが届いた。
『今日のお昼、やっぱりサンドイッチに変更だそうだ。』
俺は体の力が抜けてしまった。幸い、すぐにサンドイッチを買うことができたが、俺の頭の中は混乱していた。
市民の方が食べたかったであろうおにぎりを譲ってもらい、そのおにぎりを無駄にしている。俺の仕事は一体何なんだ?市民のために、みんなを助けるために働いているのではないのか?
おにぎりとサンドイッチが入った2つの袋を持ちながら、俺は自問自答しながら歩いていた。俺は、目の前がよく見えなくなるくらい考えすぎていたのだ。
「ガコッ」
突然、何かにぶつかった音がして俺はハッとした。俺がぶつかったのは、道に空いた穴を塞いでいるカラーコーンだった。しかし、考え事をしていた俺の足は、すぐには止まらなかった。
「え?う、うわあああああああ」
俺は、地震でできた穴に落ちてしまったのだ。
俺の意識はそこで途切れてしまった。