5、差出人のない手紙
誰からの手紙か推理してください。
高校3年生の由加は、待ち合わせに遅れそうになっていた。
走って駅の改札出口を出ると、少し離れた所に早川拓実が立っていた。
由加は急いで早川の所まで走っていく。駅の時計は11:30を指していた。
「ごめん、待った!?」
「そんなに待ってないよ。待ち合わせの時間ピッタリに来たんだし、気にしなくていいんじゃない。」
「今11時半!? 間に合って良かった! ここに来る前に、友達とカラオケに行っててさ! 遅刻するかと思って走って来たのよ。」
息を切らしながら由加は笑顔で返事をした。
「早川くんが遊ぼうって誘ってくれるなんて、初めてよね。何か用事があるの?」
「もう卒業だし、薮下さんと会う事も殆どないだろうから、最後にご飯でも一緒にどうかなと思って。」
「最後って、卒業してからもまた会えばいいじゃない!」
「・・・そうだね。」
早川は笑うと、どこか思い詰めた表情をしていた。由加は「あれ?」と思ったが、早川に何を食べたいか聞かれ、深く考える事は無かった。
2人はファミレスに入り、ハンバーグを頼んだ。それから大学ではサークルに入るのか、高校の同級生や先生の話をした。途中で由加はお手洗いのため席を外し、戻ってきた時には2人分のハンバーグがテーブルに置かれていた。
「わぁっ! 美味しそう! 待っててくれたの? 先に食べてても良かったのに。」
「それほど待ってないよ。」
「そう。・・・でも、ありがとう!」
由加と早川はハンバーグを食べ終えた。由加はハンバーグの値段が1200円だったのを思いだし、財布に入っているか確認しようとバッグの中を見た。
すると、バッグの隅っこに、見慣れない白い物が見えた。白い封筒だった。入れた覚えがない。
手に取ってみると、宛名には「薮下さんへ」と書かれていた。裏を見ると差出人の名前がない。
封を開けると、一言だけメッセージが書かれた便箋が入っていた。
『好きです』
「うわぁ!!?」
由加が大声を出すと、向いに座ってる早川が飛び上がった。
「どうしたの?」
「て、てが、手紙がいつの間にかバッグに入ってて・・・・・・私の事を好きって書かれてるけど、差出人の名前が書かれてないから、誰が書いたのか分からなくて。」
「・・・」
早川の表情が曇った。由加は気付かずに話を続ける。
「いつの間に入ってたんだろう。朝カラオケに行った時に、光雄と康二が居たんだよね。もしかして、どっちかがバッグに入れたのかしら。」
「光雄と康二って、同じクラスの?」
「そうそう。あとハルちゃんも居たんだけど。私達同じ中学でさ。でもまさか、光雄と康二のどっちかが、私の事を好きなの? そんな素振り、少しも無かったのに。」
早川の元気がなくなるが、由加はそんな事には気が付かずに必死に考えている。
早川は重い口を開けた。
「薮下さんは2人のことが好きなの?」
「友達としては好きだけど、恋愛対象では無い・・・かな?」
腕を組み、宙を睨んで考える由加。
「いつ手紙を入れたんだろう。カラオケに行って、みんなで歌って、2回くらいトイレに行ったから、その時かな。でも、みんなの居る前で手紙を入れたりするかな。」
「選曲したり、テレビ画面を見ながら歌うことが多いし、やろうと思えば出来るんじゃない。」
「そっか! じゃあ、どっちが入れたのか連絡してみようかな。」
由加は携帯を出すと、目にも止まらぬ速さで2人にメールを送った。早川が驚いて見ている。
すると、すぐに光雄から返事が返ってきた。
『俺じゃないよ 由加の事が好きなんて、そいつ変な奴だな』
「別に変じゃないでしょ!!」
由加が1人でメールにツッコミを入れると、早川はクエスチョンマークを頭上に浮かべて由加を見ていた。由加は早川に顔を向けて不機嫌そうに言った。
「光雄じゃないって!」
2人は会計を済ますと、近くをぶらぶらと歩いた。満開の桜が咲いている公園を見つけて、中に入りベンチに腰掛ける。
「光雄じゃないとすると、康二が手紙を書いたのかな。康二、私の事が好きだったんだ。でもアイツはだらしないから絶対付き合わない。」
すると携帯が鳴った。メールを着信したようだ。由加が確認すると康二からだった。
『ゴリラ女にそんなことするか! でも誰が由加を好きか分かったら教えて』
と書かれていた。
「ちょっ・・・早川くん! 康二でもないって! でも、だとしたら、この手紙は一体誰が入れたのかしら?」
「他に薮下さんの事を好きそうな人は居ないの?」
由加は驚いて早川の顔を見た。
「そんなの分かる訳ないでしょ。でもバッグに手紙を入れるタイミングがあるのは、ハルちゃんかカラオケの店員さんだけになったわ。」
「店員は流石に無いんじゃない?」
「そ、そっか・・・それもそうだよね。」
暫く沈黙が続き、早川は由加の顔を覗き込んだ。由加は思い詰めた顔をしていた。
「・・・ねぇ、早川くん。親友だと思ってた子が、自分を好きだって分かったら、どうする?」
「え?」
由加は意を決したように、口を開いた。
「ハルちゃんだ!! ハルちゃんが、私の事を好きなんだ。そりゃ私もハルちゃんが大好きだけど、友達として好きな訳で。私、女の子を好きになれるかな・・・・どう思う、早川くん!?」
「えぇ・・・? それは薮下さん次第だと思うけど。」
突拍子も無い事を相談されて、早川が困ったように返事をした。
由加は再び携帯を取り出し、ハルちゃんにメールを送ろうと文章を考えていた。
「とりあえず、今すぐ確認しないと!」
すると早川が由加の手を止めた。
「・・・早川くん?」
「薮下さん、落ち着いて。整理して考えてみよう。」
「なんで止めるの?」と由加は思ったが、携帯をバッグにしまい、早川と一緒に、もう一度考えてみることにした。
「まず、午前中に4人でカラオケに行った。それから、僕と会って、食事をした。」
「うん。」
「メールをして、差出人は光雄くんと康二くんでは無い事が分かった。それで、手紙はいつ見つけたんだっけ?」
「ハンバーグを食べた後。」
「手紙にはなんて書いてあったの?」
「好きです。だけ。」
「うん。宛名はなんて書いてあった?」
「薮下さんへ・・・」
由加はハッとした顔になった。
「もしかして、一昨日一緒にデザートを食べに行った栗本健が差出人!?」
「栗本健!?」
早川は驚いた。
「でもあの時、ハルちゃんも一緒に居たわ!」
「・・・薮下さんは男友達が多いんだね。ちなみに、ハルちゃんと栗本くんも含め、みんなは薮下さんの事をなんて呼んでるの?」
「うん? 由加とか、薮下とか。ゴリラって呼ぶ奴もいるけど。」
「じゃあ、『薮下さん』って呼んでるのは、誰かな?」
「えっ・・・と。」
由加は驚きを隠せなかった。
「は、は、早川くんだ!!」
「・・・当たり。」
早川は返事をするや否や、恥ずかしそうに俯いてしまった。そんな早川に、由加は一気に想いをぶつけた。
「ええー!? なんで早く教えてくれなかったの!? みんなにメールしちゃったし、ハルちゃんと交際する事を真剣に考えちゃったじゃん! っていうか、なんで手紙!? 私たち、今まで一緒に居たよね! 直接言えば良くない!?」
「・・・・・・恥ずかしかったから、手紙を入れたんだ。本当は顔を見て告白しようと思ったけど、そんな勇気は出なくて。そういう時のために予め手紙を準備してたんだ。悪いと思ったけど、薮下さんがトイレに行ってる間に、バッグに入れさせて貰った。すぐに見つからないように入れたつもりだったんだけど、まさかあんなに早くに見つかるとは思ってなかったよ。」
「そうだったんだ。・・・ところで、私のどこが好きなの?」
「明るくて、話していると楽しいし・・・何より、かわいいから。」
由加は一気に顔が熱くなるのを感じた。
「はっ・・・初めてそんな事を言われた!! ガサツとか、ゴリラ女とかはよく言われるんだけど。」
早川が吹き出した。
「それで・・・薮下さんの返事を、聞いてもいいかな?」
「返事?」
由加の心臓が飛び跳ねた。
「だから、僕を好きか、どうか・・・」
由加の思考は停止した。
公園の桜の花が、風に吹かれて揺れていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
ちなみに、由加は追求しませんでしたが、差出人の名前が書かれていなかったのは早川のうっかりミスです。手紙を書く時に緊張して宛名を書き忘れています。
5月23日まで、思いついた事を連載しようと思います。