2,妻からのメッセージ
由加の欲しいものを当ててください。
僕は、妻の由加が家を出る前に買い物をして欲しいと言っていた事を思い出した。
芳しい香りが漂うコーヒーの入ったカップをテーブルの上に置くと、その隣にある由加の書き殴ったであろうメモ用紙に目を落とした。
『玉ねぎ、にんじん、豚こま・・・Q P?』
(Q・・・P・・・?)
これはなんだ?
何を買ってきて欲しいのだろう。
椅子に座り、コーヒーを飲みながら考えた。
QP・・・キューピー・・・キューピーマヨネーズ、か?
急いでいたから、アルファベットで書いたのだろうか。
テレビの上の壁掛け時計を見ると、8時を指していた。
グレーの上下のスウェットから、白いシャツと黒いズボンに着替えた。そういえば、小腹が空いた気がする。
何か食べようと思い、冷蔵庫の扉を開けた。卵を焼こうと思ったが、あいにく切らしていた。
しょうがないので、ウインナーを焼き、レタスを千切って、皿に乗せた。マヨネーズを冷蔵庫から取り出し、レタスに掛ける。マヨネーズは昨日開けたばっかりで、まだたくさん残っている。
(備蓄でもう一つ欲しいのか?予備を買うなんて、いつも無い無いと騒ぐ由加らしくないけど。)
スマホを眺めながら食事を済ますと、食後のコーヒーを入れ直し、もう一杯ゆっくりと飲んだ。
空になった皿を流し場へ持って行き、洗い物をする。歯を磨き、リビングへ戻る。時計の針は9時を指していた。
近所の一番早く開店するスーパーは9時からである。
僕は歩いて買い物に向かった。
由加の書いたメモ用紙を取り出し、もう一度眺めた。
(玉ねぎ、にんじん、豚こま、キューピーだな。)
* * *
夕方。仕事から帰ってきた由加は手を洗うと、すぐにキッチンに向かった。
そして冷蔵庫を開けると、僕に怒鳴ってきた。
「拓実、買ってないじゃん!」
「え?なにが?」
「朝、買い物を頼んだでしょ!ちゃんとメモしたのに、見なかったの?それとも買い忘れちゃったの?言ってくれたら帰りに買ってきたのに!」
「ちゃんと全部買ったよ。」
「だって、卵が無いじゃない!」
「・・・え?卵なんて書いてなかったよ。」
「えぇ?じゃあ何を買ってきたの?」
僕は買ったものを思い出した。
「玉ねぎ、にんじん、豚こま、マヨネーズ」
「え!?マヨネーズは頼んでないわよ。」
「だってメモに書いてあっただろう。」
僕はズボンのポケットに入れっぱなしになっていたメモ用紙を由加に見せた。
「・・・玉ねぎ、にんじん、豚こま、卵って書いてあるじゃん。」
「卵なんて、ないよ。ほら・・・」
僕が指をさしたQPの文字を見て、由加は突然笑い声をあげた。
「それ、卵だから!漢字で卵って書いたの!!」
「ええっ!!?これはQPでしょ!?」
「いやいや。マヨネーズが欲しかったら、QPじゃなくてマヨネーズってちゃんと書くし!っていうか、突然アルファベットでキューピーって書かないわよ。どうしちゃったの、拓実!?」
「いやー・・・これは卵って字には見えないなぁ。」
僕は眼鏡を掛け直し、もう一度由加の書いたメモを見た。
やはりQPである。
読んで頂き、ありがとうございました。
5月23日まで、思いついた事を連載していこうと思います。