第三話③「まさかの正体」
アイリスやシャルロットさんはもちろん村人さんにも一切の被害を出さずに第三騎士団を倒すというミラクルを達成したのはいいけれど、そこから先が大変だった。
意識の無い騎士団全員、しかも金属鎧を着た男性を窪地から引き上げるのには相応の体力がいる。
窪地の底は深いぬかるみになっているし、斜面は急だしで、村人さんたちの協力が無かったら正直引き上げるのは不可能だっただろう。
はあ? 敵でしょ?
どうフォローしても犯罪者なんだから窪地の底に放置しておけよ、なんだったらとどめを刺しとけよ。
という意見は大いに理解できるけど、なんせ僕は平和主義の現代日本人だからさ。
意識のないとこを魔物に襲われて死なれちゃっても寝覚めが悪いし。
それに、彼らによって被害を受けた人たちを特定するってのも大事だと思ったから。
だって、被害範囲がわからないと賠償も保証もないでしょ?
というわけで僕が選んだのは、騎士団全員の手足を拘束して『無力化』することだった。
『ねばねばの縄』は普通の縄よりも頑丈だし、『ねばねばの縄』で縛られている人同士をくっつければひとつの大きな塊みたいになるので、一人一人が勝手に動くことが出来なくなる。監視するのも楽だし、コスパ的にもいいことずくめ。
「……ふう、ひとまずはこんなもんかな」
スキルの連発で疲労した僕がハアハアと息を切らし、顎から滴る汗をぬぐっていると……。
「……すごい。ホントにたった二人で倒してしまうなんて……」
傍にいたシャルロットさんが、大きな胸に手を当てたまま呆然としたようにつぶやいた。
「たしかにここへ来ていたのは一部ですけど、それでもあの第三騎士団を……」
「たまたまですよ。たまたま罠を張るのにちょうどいい地形があって、暗闇の中でこの人たちが無策に突っ込んで来てくれたおかげです」
それは半分は照れ隠しだったけど、半分は本音だった。
実際これが昼間で、騎士団側に一人でも慎重な人がいれば事態は変わっていたはずだから。
窪地を迂回されただけでも、こちらの計画すべてがパーになるところだったから。
一方アイリスは、そんなのお構いなし――
「謙遜なんてしなくていいわよヒロ。あたしたちは最高のパーティなんだから」
最高のタイミングで魔法を放ち活躍出来たことが嬉しいのだろう、得意満面でささやかな胸を反らしている。
「ほらヒロ、胸を張りなさい。あたしたちが頑張ったんだってこと、強いんだってことをどんどんアピールしていきなさい」
「アイリス……」
僕はちょっと感動した。
こういう素直なところが彼女の美点だなと、つくづく思った。
だってさ、僕なんかはこんな時、「あの時もっと上手く出来なかったかなあ~?」とか後から色々考えちゃって、素直に喜べないもん。幸せの最高点に到達出来ないまま、静かに終わっちゃうもん。
「な~によ、問題ある?」
「ないよ、ないない。すべて君の言う通りさ」
挑みかかるような彼女の視線に、僕は両手を挙げて全面降伏の意を示した。
ともあれ、騎士団退治は終わった。
戦いは僕らの勝ちで、あとはこのことを然るべき機関に報告するだけ。
せいぜい証言や書類手続きとかが面倒なぐらい。
……などと思い、ホッとしてしまったのがいけなかった。
僕のスキル『粘液』には、『緊張すればするほど威力が上がる』という特性がある。
それは裏を返せば『油断すればするほど威力が下がる』ということでもあって――
「おのれ……まさかこんな所に贄がいるとはな! だが、このままやられるわけにはいかん!」
まさかの事態が起きた。
騎士団長が、手足の動きを封じていた『ねばねばの縄』を引きちぎるなり立ち上がったのだ。
しかもこの騎士団長、どうやら人間ではなかったらしい。
みるみるうちに姿を変え、巨大化し、二足歩行するコウモリ人間といったような外見になった。
「あ……悪魔貴族!?」
シャルロットさんが悲鳴を上げる。
「こ……これが悪魔貴族っ?」
僕も驚き、硬直した。
魔王軍を構成する下っ端モンスターは魔物、支配階級の特別な個体は悪魔貴族と呼ばれる。
人語を解し魔法を使うことのできる、魔王軍の中でも数少ないエリート層なのだが、それがまさか騎士団長に成りすましていただなんて!
「ズタズタにしてやる! まずはそこの女……憎き貴様からだ!」
僕らの硬直に乗じる形で、悪魔貴族は動き出した。
鋭いかぎ爪を振り上げると、成りすましを見破るきっかけになったシャルロットさんに振り下ろした。
「きゃああああーっ!?」
「危ない!」
僕はとっさにシャルロットさんに覆いかぶさった。
ぎゅうと抱きしめ、悪魔貴族の攻撃から庇うことに成功した。
けれどあまりにとっさの出来事だったので、『粘液』を発動させて身を守ることまでは出来なかった。
結果として僕は皮鎧ごと背中をザクリと抉られ――
「あっ……ぐうぅぅっ?」
思わず悲鳴が出た。
背中なので傷口は見えないけど、たぶん肉が切れて血が出てる。
骨まで達するほどのものではないだろうけど、泣きそうなほどに痛い・痛い・痛い・痛い!
「ヒロ!」
アイリスが、慌てて僕に駆け寄って来た。
「大丈夫!? ああ……こんなに血が!?」
顔を真っ青にし、目尻に涙を浮かべながら問いかけてくる。
が――今はそれどころじゃない!
「僕は大丈夫! それより悪魔貴族が……っ!」
悪魔貴族はかぎ爪を振り上げ、村人さんたちとにらみ合っている。
まさに一触即発という状況――
「……ん? 思ったより動きが鈍いような?」
僕は首を傾げた。
悪魔貴族の動きが、思っていたよりも断然鈍い。
本来なら圧倒的弱者である村人さんたちを警戒し、自ら後ろへ下がるような気配すらある。
「そうか……まだダメージが抜けきっていないんだ!」
アイリスの爆裂魔法により生じた熱衝撃波によってシェイクされた脳のダメージがまだ回復していないんだ。
足元がふらふらし、視線が定まらない様子なのはそのためだ。
ようーっし、それならいけるぞ!
「喰らえ――『ねばねば』!」
頭を狙って投げつけた『ねばねば』は、外れて足元に命中した。
けど、それが逆に功を奏したらしい。
悪魔貴族は足をもつれさせ、片膝を着いた。
よし! 今がチャンスだ!
「撃って! アイリス!」
「う……うん! フレイみゅ……『炎の矢』!」
アイリスの魔法は、二発目で無事完成。
風を切って飛ぶと、悪魔貴族の顔面に命中し燃え上がった。
「ぐ……あっ!? あ……っ!」
悪魔貴族は顔面を抑えて七転八倒、苦しみの声を上げた。
「『炎の矢』『ひゅれいむ』『ひゅ……ふゅっ』『炎の矢』!」」
時々失敗を挟む『らしさ』を見せつつも、アイリスは構わず魔法を連発。
しつこく悪魔の顔面を狙い続けた。
その甲斐あってだろう、五発目を数えた頃には悪魔貴族の動きは明らかに鈍くなり、十発目の時点で完全に動かなくなった。
名付けて『潤沢な魔力を利用した、時々開き直り飽和攻撃』なーんて。
「お、終わったあ~……」
ともかく極度の緊張から解き放たれたアイリスは、その場にへなへなと座り込んだ。
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