3.今後は使うべきじゃない理由【表】
翌朝、物は試しとばかり、早速通路を使って出勤した俺は、社の入ってるフロアのトイレで身だしなみなどを念入りにチェックした後、オフィスに入る。
俺が一番乗りだと思っていたのだが、そこには先に出勤していた班目谷が真剣な面持ちで立っていた。
「あ、先輩、おはようございます」
「おう、おはよう」
「……先輩、昨日俺が自販機から出てきたとき、俺のスニーカー見ましたか?何か変じゃなかったっすか?」
「……左右バラバラだったな」
「ああ、やっぱり、そのときからだったんすね……あれ、俺のスニーカーじゃないっす。いや、正確に言うと右は俺のスニーカーでしたけど、左は俺のじゃなかったっす。あんなスニーカー見たことも無いっす」
「……どういうことだ?」
「言った通りっすよ……それで俺、原因を考えたんすけど……あの『近道』で人に会ったことはないんすけど、人が居る気配や、ドアを開閉したっぽい音が聞こえることはあったんす。で、昨夜たまたま俺と同じタイミングであの『近道』を利用した人がいて、目的地に出る際にあの建物の『システム』がバグッてスニーカーが片方交換されて出てきた……ってことじゃないかなって」
しばしの沈黙の後、俺は班目谷に言った。
「俺から言えることは二つ。お前は、いや俺もだな、運が良かったということだ。そしてあの通路は今後絶対に使うべきじゃないってことだ」
「はあ!?運が良かったってどういうことっすか!あれって俺の持ってるスニーカーで一番高かったんすよ!」
「ああ、そこをこれから説明する。まずお前は今回起きたことを――原因がシステムのバグ何かは分からんとして――『交換』だと思っているだろ?」
「思ってるも何も実際そうだったんすよ。左のスニーカーは絶対俺のじゃないっす」
「で、お前はどこかの誰かがお前の左のスニーカーを履いてるとこを見たのか?そいつの右のスニーカーはお前がいつの間にか履いてた左のスニーカーと対になるものだったか?」
「え?や、もちろん、そんなものは見てないっすけど?」
「だろう?昨夜通路を通って起きたことで確実に分かることは、第一には『お前の左スニーカーがどっかに行っちまったこと』、第二には『どっかから来た左スニーカーがお前に履かされたこと』だ」
「ええと……?」
「例えばだ、お前のスニーカーがどっか亜空間にでも飛んでっちまって、どっかの靴売り場から別のスニーカーがお前の足に飛んできた可能性だってあるだろ?『交換』だったとは限らんわけだ」
「まあ、そうっすけどね。俺の被害は何も変わらないっすよ」
「今回はな。でも『交換だった』場合と『交換じゃなかった』場合では今後予想される被害の度合が全く違う」
「はあ?」
「例えばだ、スマホが『交換』されたのなら、大きなトラブルになる可能性は低い。お互いに弱みを握ってるようなもんだからな。ロックは掛かっていても、警察や友人やショップを頼るなりして、とにかく何らかの方法で『交換』されたものを互いに取り戻そうとする可能性が高いだろう」
「ええ、まあそうでしょうね」
「でも相手のスマホが移動せず、お前のスマホだけが相手に移動してしまったら?そしてそいつが知識と悪意を持った奴だったら?」
「うーん……」
「財布やそこに入ってるカードなんかも同様だ。あと、服なんかどうだ?今回のスニーカーみたいに別の服を着て出てこられればいいが、自販機から出た途端にお前の服だけがどっかに飛んで全裸になっちまったら?自販機の扉を閉める前に通路に戻れたとして行くことも戻ることもできない。その際ポケットのスマホも飛んでたら助けを呼ぶこともできない。全裸でいるとこを見つかったら?」
「社会的に終わりっすね」
「それで逮捕なんかされたら間違いなく馘だぞ?」
「確かに『交換だった』場合と『交換じゃなかった』場合じゃ全然違うっすね……」
「そうなる可能性もあったってことだ。その前に気付けたんだから、運が良かっただろ?」
「はあ、いい近道見つけたと思ったのになあ……ま、確かにもう使わない方がいいっすね」
「ま、お互い変わった経験が出来てラッキーだった、くらいに思うことにしようや」