野宿の一夜
「今日はここまでかな。
ここで野宿だね」
沈んでいく太陽を見ながら、ナギさんが言った。
そうだった。野宿の可能性を、僕は全く考えていなかった。
でも確かに、ソーサリーからテンプルまで、不眠不休で歩き続けるわけにはいかない。
どうすればいいんだろう?
「つっ立ってないで、枯れ枝や枯葉を集めるのを手伝ってくれる?
できるだけ乾いたものがいいな」
ナギさんがもう見慣れたあきれ顔で僕を見ていた。
状況を理解していない僕を見かねたのか、彼女は続けた。
「モンスター除けに、夜通し火を燃やし続けるの。
それで、交代で火を見張ろう」
そういう意味か。僕はやっと合点がいって、なるべく乾燥した枯れ枝や枯葉を集め始めた。
ある程度枯れ枝や枯葉が集まると、ナギさんはその小山に火打石で火をつけた。
あたりを見ると、もう一番星が輝いている。
星を指して、ナギさんは言った。
「あの星が一番高いところに来るまで、あたしが火の番をするよ。
ダグラスはしばらく寝ていて。順番が来たら起こすから」
「わかった。ありがとう」
僕はそう返すと、その場に横になった。
しかし疲れているはずなのに、眠気はなかなか訪れない。
当たり前だ、昨日までふかふかのベッドでしか眠ったことのない人間が、そう簡単に野外で眠れるはずがない。
しかもここは、火を燃やしているとはいえ、いつモンスターに襲われるかわからない場所だ。
でもナギさんとなにか話をすることもできそうにないし、彼女に心配をかけたくもないので、僕は目を閉じてこれまで読んだ本の内容について考えていた。
魔法の分類、系統、それぞれの特性、魔法史に名を残した偉人達。
単語がバラバラに頭に浮かぶだけで、深く考えることはできない。
やっぱりこの先のことが不安だ。
ナギさんがいくら強いとは言っても、大型のモンスターが相手となれば、どうなるかわからない。
僕は気づかれないように大きく息を吐いた。
そうすると緊張がほぐれたのか、今まで意識していなかった疲労感が一気に押し寄せてきた。
「ダグラス、起きて。時間だよ」
ナギさんの声がした。
僕はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
環境が変わったとはいえ、疲れていたのだから当然と言えば当然だ。
僕を揺り起こすナギさんの手つきは、ひどく優しい。
彼女がいつもそうなのか、僕に対する思いやりからそうしているのかはわからない。
だけど、できれば後者だと思いたい。
旅の仲間が自分を思いやってくれていると考えた方が、なんとなくうれしいからだ。
僕はゆっくりと起き上がって言った。
「どうすればいい?」
「ただ火を見張ってくれればいいよ。
でももしも、周囲に燃え広がりそうだったら、その時は急いで消して。
土をかけてもいいけど、あんたの場合は、水の魔法の方が早いかも」
ナギさんはそれだけ言うと、夜明けまでよろしくと付け足してさっさと横になってしまった。
僕は不安だった。なにしろ野宿なんて初めての経験だ。
もしもモンスターが襲ってきたら?
火が燃え広がってしまったら?
心配の種は尽きない。
でもナギさんは、もうすでに小さな寝息を立てている。
そうだ、彼女だって疲れているんだ。
しかも僕とは違って、ひとりでソーサリーまで旅をしてきたんだ。
その間に野宿をしたときは、ろくに眠れなかったに違いない。
なるべくこの人に迷惑をかけてはいけない。
僕は夜明けまで、ひとりで持ちこたえなければいけない。
あたりは真っ暗で、視界は恐ろしく狭い。
今にも暗闇から、モンスターや盗賊が出てきそうだ。
火にあたっているはずなのに、僕は寒気がした。
ぼんやりと空を眺めてみるが、星はまたたくばかりで少しも動いていないように見える。
時間が過ぎるのが、ひどく遅く感じる。
ナギさんを起こしたい。そしてなにか話をして、夜明けまでの時間をやり過ごしたい。
僕は何度も、そうしたい衝動にかられたが、必死にこらえた。
頼みの綱のナギさんが、翌朝に寝不足だということになれば、まともに戦えない可能性が高い。
そうなったら僕らふたりきりのパーティは、かなりまずいことになる。
絶対にダメだ。
しっかりしろ、ダグラス・ソーンダイク。
僕がそんな風にひたすら考えていると、空の下の方がほのかに明るくなってきた。
本当は朝日が昇るまで待った方がよかったのだろうけど、僕はこれ以上耐え切れなくなって、ナギさんを揺り起こした。
「んー、おはよう。大丈夫だったみたいだね」
ナギさんは大きく伸びをしながらそう言った。
それから彼女は、道具袋の中を探って携帯食を出した。
僕は差し出されたものをそのまま受け取り、今度はかぶりついた。
緊張感が一気にほどけて、空腹感がひどかったのだ。
ナギさんは慣れた調子で携帯食を食べ終わってから、僕に言った。
「よく頑張ったね。
本当はあたしがずっと起きていられたら、よかったのかもしれないけれど。
でもさすがに寝不足で歩くのは、あたしもツラいからね」
「無理しなくていい」
僕はなんと返したらいいのかわからず、ぶっきらぼうにそう言った。
色々教えてもらったのだから、もう少し感謝したほうがよかったかもしれないと、言ってから後悔した。
ナギさんはやはり、僕の後悔など知らないような顔で、ひと晩中燃やしていた焚火に土をかけていた。
「じゃ、行こうか」
火を消し終わって、ナギさんが言った。
あたりは少しずつ明るくなり始めている。
僕もようやく腰を上げ、彼女の後に続いた。