初めて尽くしの旅路
「はあ、はあ。ちょ、ちょっと休憩」
どれほど歩いたかわからないが、僕は早くも弱音を吐いていた。
太陽はまだ、それほど空高く昇っているわけではない。
おそらくは昼前なのだろう。
「ええ? また? さっき休んだばっかりだよ?」
ナギさんは驚いたような、あきれたような顔をしている。
彼女が言うことはもっともで、確かに少し前に休憩したばかりだ。
でも5年間も引きこもっていた人間にとって、ずっと歩きっぱなしは結構こたえる。
しかも僕が着ている服は、かっちりした作りのやつで、あまり運動には適していない。
もともとインドア派な僕は、そもそも運動用の服なんて、持っていたためしはないんだけれど。
「しょうがないなあ。じゃあここで、早めのお昼かな」
ナギさんはそう言いながら、座り込んでしまった僕に携帯食を手渡した。
僕はうなずく気力もないままに受け取り、げっ歯類のようにちびちびとかじり始めた。
食べられなくはない味だが、そんなにおいしくもない。
次にまともな食事にありつけるのは、一体いつだろう。
僕は軽い絶望を覚えた。
希少な本を読めるならば、どんな状況にも耐えるつもりだったが、こんなにしんどいとは思わなかった。
疲労感で頭がうまく働かないが、僕はこれまで習った地理と神話学の知識を総動員していた。
ここクロックフォード王国は内陸国で、僕が生まれ育ったソーサリーの町は国の南西に位置する。
王都カルディアは、パイアス山系という高い山々に囲まれている。
山々の山頂にはそれぞれ大神殿があって、その神殿都市はすべて異なる神の聖地とされている。
つまり王都は、「神々に護られた地」というわけだ。
目的の町、テンプルがあるのはクラフト山で、この山はパイアス山系の中でもっとも低い。
さらにそこまでのルートには街道が整備されていて、比較的楽な旅路らしい。
それゆえテンプルは、「信仰の入り口」とも呼ばれている。
テンプルの大神殿にまつられているのは、テクナルトという職人を護るとされる神だ。
この神は、主要七神のひと柱である技術神クントスの従者とされている。
またテクナルトは、芸能の神であるカルフェスタスの盟友だとも言われている。
このふた柱の神々に自分たちをなぞらえた飲み友達の男ふたりが、祭りの夜に大いに酔っ払い、間違えて互いの家に帰って、それぞれ友人の妻とちぐはぐなやり取りをする、という筋書きの『悪友』と題された喜劇があると、確か神話学の先生が言っていた。
ソーサリーとテンプルの間の街道には、フォート川という大きな川が流れているはずだ。
まだその川が見えないということは、一体後どれだけ歩けばいいんだろう。
見当もつかない。
早くも気が遠くなってきた。
僕がそんな風に考えていると、草むらがガサリと音を立てた。
そして小さな影が複数、僕らの目の前を横切った。
キラーラットだ。しかも3体もいる。
小型のモンスターだが、こいつにかみつかれれば致命傷になりかねない。
どうする?
獣系のモンスターだから、炎には弱いはずだ。
それならば、炎系の魔法を浴びせてやろう。
そう考えて僕はワンドを構え、呪文を詠唱しようとした。
そのとき、不意にナギさんの声がした。
「なにしてるの? もう倒したよ」
見ると、キラーラットは3体とも斬られて倒れていた。
ナギさんは剣に付いた血を布で拭いながら、不思議そうな顔でこちらを見ている。
やっぱりこの人は強い。
しかもあれだけ歩いても、疲れた素振りひとつ見せない。
実は、山奥に暮らす賢者か武闘家の娘なんだろうか?
「じゃ、先を急ごう」
ナギさんに促されて、僕は慌てて歩き出した。
そうだ、へばっている場合じゃない。
この旅は一体どれだけ続くか、わからないのだ。
それから僕らは歩き続け、キラーラットやホーネットといった小型のモンスターに何度か遭遇した。
ずっとナギさん任せだと、さすがに足手まといだと思われそうなので、敵が現れてから考え込むのはもうやめた。
狙いさえ外さなければ、属性による相性はそんなに気にしなくてもいい、ということがだんだんわかってきた。
ただし、戦っても歩いても僕はかなりの疲労感に襲われて、そのたびに休憩をお願いしては、ナギさんにまたかと言われたけど。
そうしているうちに太陽は傾いていき、やがて空には夕焼けが広がっていった。