久々の外出
ナギさんは門の外で待っていた。
僕はやっとの思いで声をかけた。
「ごめん、遅くなった」
「別にそんなに長く待っていたわけじゃないから、いいよ。
それよりも、この町の案内を頼んでいいかな?
どうもこんなにぎやかな場所には、まだ慣れなくて」
「わかった」
僕はふたつ返事で引き受けた。
5年の間に町が大きく変わっている可能性は、おそらくそんなにないだろう。
僕は尋ねた。
「まずはどこへ?」
「まずは道具屋。
それから防具屋かな」
「多分、こっちだ」
僕は記憶を頼りに進んだ。
ナギさんは少しだけ不安そうな表情をしながらも、ついてきている。
僕たちふたりは、町の人にはどんな風に見えているんだろうか?
勇者一行に見えるはずはない。
それだったらふたりとも、もっとましな格好をしていると思う。
まさかつき合いたてのカップルかも、と不意に考えてしまって、僕は慌てて首を振った。
いやいや、一体なんということを。
僕らは昨日、出会ったばかりだというのに。
大きく息をついて周囲を見回すと、ちょうど道具屋の前に着ていた。
僕は薬瓶が描かれた看板を指しながら言った。
「着いた」
「ありがとう」
ナギさんはそう答えると、さっさと道具屋のドアを開けて中に入ってしまった。
僕も後に続く。
そういえば学生時代の異性にもてる男友達は、どの彼女も買い物が長くて、とぼやいていた。
僕はずっと、それはノロケだろうと思っていたけど。
でも、ナギさんも買い物が長いんだろうか?
女性の買い物につき合った経験がない僕には、まるで予想がつかなかった。
店内に視線を走らせてナギさんを探すと、彼女はカウンター越しに店員となにか話している。
その会話に加わるすべを知らないから、僕はぼんやりと棚に並べられた様々な商品を眺めていた。
昔からある薬や道具の類は見ればわかるが、初めて目にする品物も結構ある。
引きこもっていた間に、こうして世の中は進んでいたのか。
そう考えて僕がうなだれていると、背後からナギさんの声がした。
「お待たせ。じゃあ、次は防具屋までよろしく」
振り返ると、彼女は左手に買った商品が入っているのであろう麻袋を下げ、右手でドアを開けようとしていた。
僕は慌てて店の外に出ると、ドアを開けてあげた。
「うん……、ありがとう……」
ナギさんは少し戸惑ったように言った。
僕にとっては、意外な反応だった。
ある程度の身分がある男ならば、女性には親切にするのがマナーだと、家庭で教わるはずだ。
なんだか調子が狂う。
まあ僕の場合、親切以前の問題だという自覚は、一応ある。
「で、防具屋へはどっちへ行けばいいの?」
視線を感じたのでナギさんの方に目を向けると、彼女は僕をじっと見ていた。
「こっち」
僕は慌てて目をそらしてそう言うと、いかにも考え事なんてしませんでしたよ、という感じで歩き出した。
そういえばナギさんがどういう人なのか、まだ尋ねていない。
でも、どうやって聞き出せばいい?
聞き出した結果、ソーンダイク家を丸ごと欺いているペテン師だと発覚したらどうする?
いや、疑うのはやめよう。
仮にも、僕を引きこもりから脱却させてくれた恩人には違いないんだから。
「回復役が今のところいないから、体力の回復剤を多めに買っておいたよ。
それから、主にあんた用になると思うけれど、魔力の回復剤も。
あとはどっちかが倒れたときのために、気付け薬をひとつ。
この町の物価がどれぐらいなのか、まだよくわからないけれど、それぞれの得意分野を伸ばすアクセサリーぐらいは、装備しておいた方がいいと思う。
あ、そうだ。状態異常が怖いから、万能薬もいくつか買ったんだった。
それと数日分の携帯食」
ナギさんはさっきの道具屋で買った商品と、これから防具屋で買いたい装備について、矢継ぎ早に説明している。
僕との間に流れる沈黙に耐え切れなくなったらしい。
いくらおしゃべりが苦手とは言っても、僕にとってもこの沈黙はきつい。
次の仲間はコミュニケーション能力の高い人がいいなあと、淡い期待を抱いてみる。
ああ、やっぱり駄目だ。そういう相手とすら話せないのが、僕なんだから。
僕はため息をなんとかこらえ、いつもより少し大きめの歩幅で歩き始めた。
なんとなくだけど、ここでナギさんを不安にさせてはいけない気がする。
僕には彼女を案内する使命があるのだ。
待てよ。
昨日も考えたことだけど、なんでナギさんは僕のところに来たんだろう?
勇者のお供ならば、なにもわざわざ引きこもっていた魔法使いでなくてもよさそうなのに。
さすがの僕も、自分がこの国で一番優秀だなどと、うぬぼれてはいない。
僕よりすごい魔法使いは、王宮や魔法研究所にごまんといるだろう。
もしかして勇者が複数いて、僕より優れた魔法使いは、そちらに連れていかれてしまったんだろうか?
謎は深まるばかりだ。
「ねえ、もしかしてあれが防具屋?」
大股で歩いていたつもりの僕に、楽々とついてきていたナギさんが声を上げた。
目を凝らして見ると、確かに彼女の視線の先には、鎧を描いた看板が見える。
ナギさんの視力が高いのか、僕の視力が低いのか。
おそらく後者だろうな。
引きこもっていた間は、ランプのかすかな明かりを頼りに、夜通し本を読んでいたわけだから無理もない。
そしてまた、時の流れが身に染みる。
あの店は僕の記憶の中では、今の場所よりもう少し奥まった通り沿いにあったはずだ。
いつの間にか、移転したんだろうな。
そこまで考えて、僕はまだ返事をしていないことに気づいた。
「合ってる。
そのまま進めばいい」
そういいながら僕は、ナギさんを導くように彼女の前を歩き、店のドアを開けた。
「うん、ありがとう」
そう言うナギさんの顔には、やっぱり不思議そうな表情が浮かんでいる。
ひょっとして彼女も、恋人がいた経験がないんだろか?
まあいいや。僕は人と話をすることは苦手だけど、誰かと比べられて困るような悪い人間ではない。
ナギさんはそんな僕の自己弁護など気にも留めず、店内を進んでカウンター越しに店員と話し始めた。
本当に彼女は、僕の考えに気づいていないんだろうか。
気づかれたうえで無視されているとしたら、かなり恥ずかしい。
僕がそんな風にひとりで思い悩んでいると、肩にポンと手を置かれた。振り返ると、ナギさんが左手に布の小袋を持って立っていた。
彼女は、なんの考えも込めていないような調子で言った。
「この先の旅に、いくらかかるかわからないけれど、攻撃力を上げるブレスレットと、魔法力を上げるペンダントを買っておいたよ。
早速、お店の外で装備していこうか」
僕は飛び上がりそうになった。
女性に触れられたのなんて、一体いつ以来だろう?
学生時代に、性別に関係なく友達が多い女子に声をかけられたときが、最後だった気がする。
僕は照れ隠しのように急いでドアを開け、ナギさんが店の外に出るのを待ってから、自分も出た。
ナギさんは相変わらず、僕の動揺には気づいていない様子で、さっきの布袋の中を探っている。
そして、はいと言って僕にペンダントを差し出した。
トップには古代から伝わる、魔術的な紋章が刻印されている。
小さな知恵の輪のような留め具を外して、僕はペンダントを首にかけた。
気のせいかもしれないけれど、少し力がみなぎってくるような感じがした。
「いよいよ、テンプルに向けて出発だね」
ナギさんの言葉に、僕はうなずいた。
30年間暮らした家どころか、生まれてからずっと住んできたソーサリーの町とも、しばしの別れだ。
僕の全身に、かすかな緊張が走った。
ふと僕は、この町の守護神である知恵女神エピスティアの神殿に参らなくてもいいのかと考えたが、道に迷うのも嫌なのでいいやと思った。
もともと信心深い方ではない僕は、神殿へと至る道の記憶があいまいなのだ。