ランドルフ様のお手紙
ランドルフ様が用意してくださった宿は、僕らがこれまで泊まってきたような安宿とは、明らかに格が違う。
清潔感のある広い受付。
ロビーにはきっとふかふかなんだろうなと思わせるような長椅子と、おそらくは天板が大理石製のテーブルのセットがいくつも並んでいる。
働いている人たちはパリッとした制服を着こなしていて、所帯じみた感じがまるでしない。
僕はその様子にすっかり面食らってしまった。
ナギさんもすごいねとつぶやいて、あたりを見回している。
僕らが立ち止まっていると、もう若くはなさそうだが品のある男性従業員がこちらに近づいてきた。
「お帰りなさいませ。
ご予約の方でしょうか?」
ナギさんは戸惑いのあまり、とっさに声が出せないようだ。
代わりにステラさんが応じた。
「こんにちは、私たちはナギ・エイベル一行です。
王宮から話が来ているはずですので、ご確認をお願いいたします」
「かしこまりました。
あちらにおかけになってお待ちください」
従業員は長椅子のひとつを手で示した後、さっさと行ってしまった。
僕らは彼の指示通り、腰かけて待っていた。
僕の見立て通り椅子はふかふかで座り心地がよかったが、場違いなところに来てしまったかもしれないという緊張と、もしも話が通っていなかったらという不安とで、くつろぐのは難しかった。
僕らが黙って互いに見つめ合っていると、先ほどの従業員が戻って来た。
「お待ちしておりました。ナギ・エイベル様にダグラス・ソーンダイク様、ステラ・マクレーン様。すぐにご案内いたします」
僕らは彼の後に従って歩き、やがて客室に通された。
廊下には雲の上を歩いているかのような感触のじゅうたんが敷き詰められ、ところどころに手入れが行き届いているのであろう観葉植物が置かれていた。
そして通された客室は、もっと見事だった。
日差しが差し込む大きな窓に、上品な布地でできたカーテン。
暖炉は頑丈そうでありながら、部屋になじむように装飾がなされている。
暖炉のある部屋を挟むように寝室があり、各寝室には2台ずつ天蓋付きのベッドが置かれていた。
ここの1泊の宿代で、今までの宿に10日以上泊まれるのではないだろうか。
「では、こちらで失礼いたします。
どうぞごゆっくりお過ごしください」
そう言い残して従業員は立ち去った。
ステラさんはお礼を言い、彼が立ち去ったのを確認してから大きく息を吐いて言った。
「なるほど、そういうことなのですね」
「えっ、『そういうこと』ってなに?」
ナギさんはまるでピンと来ていないらしい。
そういう僕も、どういう意味なのかわからない。
ステラさんはため息交じりに言った。
「つまりランドルフ様は、私たち以外に手紙の内容を知られたくないとお考えなのですよ。
それで壁が厚い、こういう立派な宿を用意したというわけなのです」
「なるほどね。
ねえ、さっそく手紙を読んで聞かせて」
ステラさんは軽くええと返事をしてから、手紙を広げて読み始めた。
「わが娘、ナギへ
魔王討伐とゲイルの救出、ご苦労だった。
といっても、本当は討伐すべき魔王などいなかったのだろう。
魔王騒ぎの真相は、ウイズダム殿が話してくれたはずだ。
今回は不肖の息子、ゲイルが迷惑をかけてすまなかった。
それは素直に詫びよう。
だが今回の騒ぎのおかげで、私はこれまで顔も知らなかったお前に会うことができた。
ウイズダム殿は感づいていたかもしれないが、私はお前に会いたくてお前を勇者に任命したのだ。
そのせいでお前がガブリエラとチャリス殿から雑な扱いを受けてしまったことは、謝っておく。
お前は母親であるラナの心配をしているかもしれないが、彼女がこのまま年金を受け取り続けられるようにしておくので、そこは安心してくれ。
実は私にはもうひとつ、お前に謝るべきことがある。
お前の剣の師匠、オズワルド・メイスンの件だ。
お前はなぜ、都合よく元冒険者が自分の住む村にいるのか疑問に思ったことはないだろうか?
私が倒したとされる24年前の魔王の正体が、そのオズワルドだ。
彼は私のよきライバルだった。
だがあるとき、私を出し抜きたいという欲望に負けて、盗賊の仲間に頼んで王宮から願いのカギを盗ませた。
そして権力を手に入れたいと願った結果、魔王と化してしまったのだ。
私は聖職者の仲間に頼み、浄化の魔法で彼を元の姿に戻した。
その後彼の身柄をどうするかという話になり、私は罪を問わない代わりにラスティックに軟禁すると決めた。
私が身ごもらせてしまったラナと、生まれてくる子供のことを伝書鳩で報告するようにという条件付きだ。
今は亡きラスティックの先代村長は、すべてを知ったうえで受け入れてくれた。
私は先代村長に、生まれてきた子に剣のけいこをつけさせるよう頼んだ。
もちろん師匠はオズワルドだ。
これが24年前の魔王騒ぎの真相だ。
ラスティックに戻ったら、ラナに元気な顔を見せてやってほしい。
彼女にとって、お前は唯一の家族なのだから。
お前たち母娘が健康でいられるよう、ずっと祈っている。
先代勇者にしてお前の父、ランドルフから愛を込めて」
手紙の内容を聞いていたナギさんの口はだんだん大きく開いていき、しまいにはあごが外れそうなほどになった。
彼女はしばらくなにも言えないでいたが、やがてとぎれとぎれに言葉をつないだ。
「えっ、これ、本当なの?
その、し、師匠が元魔王で、それで、えっと」
「ランドルフ様もなかなかしたたかですね。
言い方は悪いですが、さすが一介の冒険者から女王陛下の夫君になられたお方です」
ステラさんはすっかりあきれ顔だ。
僕はなんだか、ナギさんがかわいそうになってきた。
腹違いの弟が起こしたいざこざに巻き込まれたばかりか、母方の祖父母の仇に見張られていたなんて。
真相があまりにも想像の斜め上過ぎて、かける言葉が見つからない。
「あーあ、あたし、どんな顔でラスティックに帰ればいいんだろう。
まさかこんな話、お母さんに話せないよ」
ナギさんは頭を抱えている。
ステラさんは優しい声で彼女に問いかけた。
「そのお母様に元気な姿を見せてあげるつもりで、帰ればいいのではないですか?
お母さんはあなたが出発するとき、なんと言っていましたか?」
「そうだなあ、無事に帰ってきてねって言っていたかも」
「ならばそれがお母様の願いなのですよ。
私もテンプルに戻って、落ち着いたころに父に会いに行くつもりです。
ダグラスも、ウイズダムさんのところからご両親に手紙を書きますよね?」
僕は自分でも心配になるぐらい頼りない声で、そうしようかなとひと言だけ返した。




