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旅支度

 目の細かい布で愛用の、とは言ってもここ数年は使っていなかったワンドを磨きながら、僕は考えた。

そういえば、なにを着ていこう。

ここ5年間というもの、僕は家どころか部屋からもほとんど出ていない。

だから最近買った外出用の服というものを持っていないのだ。

現に今着ている服は、だいぶくたびれた部屋着だ。

こんな格好で女の子と話していたかと思うと、かなり恥ずかしくなってきた。

まあいい、相手だってあまりいい服は着ていなかったわけだから、よしとしよう。

しかし困ったことになったぞ。

魔王退治の旅に出るのに、着ていく服がないなんて。

お前はなにを言っているんだとツッコまれかねない状況だが、事実なんだから仕方がない。


僕はクローゼットの中身とにらめっこして、しばらく悩んだ挙句、5年前に買った服を着ることにした。

ホコリがひどいのでブラシをかける。

舞い上がったホコリを吸い込んでしまい、僕は激しくせき込んだ。

せきが治まってから、取り出した服を改めて眺めてみた。

引きこもっていたせいで世間の今の流れがわからない僕にとっては、果たしてこれが流行遅れなのかどうなのか判断しかねる。

結局は、くたびれた部屋着で出かけるよりはましだろうと、自分を無理に納得させた。

試しに着てみたが、この5年間でそんなに体形が変わったわけでもないらしく、着用に問題はなかった。

多少体に合わないという点は、この際無視しよう。

僕はベッドの上に放り出して置いたワンドを再び手に取って磨き終わると、寝巻に着替えてベッドにもぐりこんだ。

旅に出るとしても、一体なにが必要なんだろうか?

まあいいや、明日ナギさんに尋ねようか。

 

 次の日は使用人に起こされた。

日はまだそんなに高く昇っていなくて、小鳥のさえずりが聞こえる。

こんな時間に起きているのは、いつ以来だろうか。

ここしばらくは、いつも昼前か昼過ぎに起きていた気がする。

昨日出しておいた服に着替えて、顔を洗う。

客間に行くと、ナギさんと両親は既に席についていた。

ナギさんがおはようと言ったので、僕もあいさつを返して、昨日の疑問をぶつけてみた。

「ねえ、旅の支度って、なにを持っていけばいい?」

 ナギさんは少し考えてから言った。

「とりあえず、数日分の着替えがあればいいかな。

ご両親に軍資金をいただいたから、町で必要なものを揃えようか」

「わかった」

 僕は軽くうなずいた。


買い物というのも、久しぶりだ。

最後に買い物をしたのは、おそらく5年前だ。

わずかばかりの退職金で、なにか魔法書を買った記憶があるが、どの本だったか、もうタイトルすらも思い出せない。

僕はどれだけ、世間に取り残されて生きてきたんだろう。我ながら情けない。

「ダグラス、どこか具合が悪いの?」

 心配そうな母親の声ではっとした。

僕はまだ、朝食に手を付けていなかったのだ。

グラスに注がれた牛乳を飲みながら、ナギさんの方をちらりと見る。

彼女は真顔でパンをちぎっていた。

ここで落ち込んでいる場合じゃないな。

これは僕が、人生を取り戻すための旅立ちだ。

久々の両親との朝食だが、僕は急いで食べた。

食後に出されたベリーをいくつかつまむと、フィンガーボウルで指先を洗ってから部屋に引き返した。


 ナギさんは数日分の着替えと言っていたけれど、外に着ていけそうな服は、あいにく今身につけているやつぐらいしかない。

僕は下着類を数点、小さめのカバンに詰め込んで外に出ることにした。


 「つらくなったら、いつでも戻ってくるのですよ」

 母親は出がけにこう言ったが、なんとなくだけど、もうこの家には帰ってこないだろうという気がした。

それがいい予感なのか、それとも悪い予感なのかは、よくわからない。

万が一のことも頭に浮かぶけれど、この際その可能性は考えないようにした。


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