ゲイル王太子
視界が回復しても、真っ白な光景が広がっていた。
まだ異空間にでもいるのだろうか。
いや違う。
ここはウイズダム先生が住む塔の真ん前だ。
薄曇りの空と、雪が積もった地面が広がっている。
ナギさんとステラさんが近くにいるのを確認できて、僕はひとまず安心した。
「カギ、壊れちゃった」
ナギさんは困り顔だ。
彼女が差し出した手のひらには、真っ二つに折れて輝きを失ったカギが載せられていた。
ステラさんはナギさんを慰めるように言った。
「役目を終えたということでしょうね」
まあ元の世界に帰れたことだし、今更カギが壊れてしまっても別に構わない。
現に僕らはここに3人とも揃っている。
いや、ひとり多い。
僕より少し背の低い、金髪に水色の目をした青年。
この姿、いやお姿には見覚えがあるぞ。
ナギさんは青年に近づき、おずおずと尋ねた。
「あの、あなたはもしかしてゲイル王太子ですか?」
「ああ、私は確かにクロックフォード王国の王太子、ゲイル・アレクサンダー・クロックフォードだが、あなたたちは一体なに者だ?」
問いを問いで返した青年に、ナギさんは恭しく答えた。
「申し遅れました。
あたしはナギ・エイベル。
あなたの腹違いの姉であり、王宮より魔王討伐の命を受けた勇者です。
このふたりは魔法使いのダグラス・ソーンダイクに聖職者のステラ・マクレーン。
あたしの仲間です」
彼女の言葉に王太子の表情は次第に驚きに変わり、やがてそのお顔は真っ青になった。
王太子は声を張り上げて深々と頭を下げた。
「まさか私に姉がいたとは。
いやそんなことよりもナギ殿、本当に申し訳ないことをした!
あなたが望むのならば、私はあなたのもとにひざまずいても構わない!」
ナギさんは王太子のその態度にうろたえ、ようやく言葉を絞りだして言った。
「ちょ、ちょっと、顔を上げてくださいよ。
一体、ゲイル王太子がなにをしたというのですか」
僕はこの一部始終を黙って見守っていたが、さすがの寒さに思わず大きなくしゃみをしてしまった。
ナギさんとステラさん、王太子の視線がこちらに集まる。
僕は小さく、ごめんと言った。
ステラさんが見かねて言う。
「まあ、こんなところで立ち話もよくないでしょうから、まずはウイズダムさんに帰ったことを報告しませんか?
詳しい話はそれからでも遅くはありませんよ」
「ウイズダムさーん、戻りましたよー!」
ナギさんはそう声を張り上げながら、塔の扉を開けた。
僕とステラさん、王太子が彼女に続く。
声を聞きつけて、ツカツカツカとやせた人影がこちらに近づいてきた。
シリルだ。
彼はお前ら無事だったのかと残念そうにつぶやいたが、王太子のお姿を認めて絶句した。
魔王城に行く前の屈辱を晴らす好機と見たのか、ナギさんは彼に微笑みを返した。
「そういうことです。
ウイズダムさんを呼んできてください」
「仕方ないな」
シリルはやられたと言わんばかりの顔で立ち去った。
少し待つと、ウイズダム先生がやって来た。
先生は僕らの方をまっすぐ見て言った。
「シリルから話は聞いたぞ。
君たち、うまくやったみたいだな。
ゲイル王太子、お久しぶりです。
どうぞこちらへ。
ナギ殿たちも一緒に来なさい。
なにがあったか、話を聴こう」
ゲイル王太子は戸惑い顔ではいと答えた。
ナギさんが王太子をなだめるように言う。
「王太子、あたしたちに話があるんですよね。
行きましょう」
小声でああと答えた王太子を伴って、僕らは先生の後について行った。
連れてこられた部屋は、おそらく先生の書斎なのだろう。
頑丈そうな机と椅子がひと組と、応接セットがひと組。
あとはひたすら、魔法書が並んでいる。
本棚に収まりきらないのか、床のそこかしこにも本の山ができている有様だ。
先生は僕たちを応接セットに案内し、座るよう促した。
僕らが腰を下ろすと、ゲイル王太子を見据えて先生は言った。
「ゲイル様、『願いのカギ』を返してはいただけませんでしょうか?」
王太子はためらいながらもうなずき、懐から出したカギを先生に手渡した。
カギの見た目は、壊れる前の複製品と全く同じだった。
ナギさんはその様子を見届けると、申し訳なさそうに壊れたカギを先生に差し出した。
「あの、ウイズダムさん、あたしが持っていたカギ、壊れちゃいました」
先生はその言葉に鷹揚にうなずき、壊れたカギを受け取った。
「それは構わない。
しょせん複製品だからな。
本物のカギはこうして今、ここに戻って来た。
それで十分だよ」
「そうですか。ありがとうございます」
先生はナギさんのお礼にまた大きくうなずいた。




