ウイズダム大先生
次の日はウイズダム先生の住む塔に行く方法を聞き込みした。
尋ねたどの相手も、昨日の給仕人同様いい顔はしなかった。
だけど今更引き返すわけにはいかない。
道がわかると、僕らは目的地に向けて出発した。
雪は降っていないが、やっぱり寒い。
町からは3人分の足跡が伸びている。
道は一応あるし弟子たちが来ているという話だから、塔と外界は全く交流がないわけではないだろう。
現に男物の靴らしい足跡がひとり分、向こうから伸びている。
件の年かさの弟子だろうか。
僕らは魔王討伐の一行だ。
ふんぞり返った先生の弟子なんか、こわがっている場合じゃない。
そう思いながら歩いていると、日が高くなる前に塔の前にたどり着いた。
重厚な金属製の扉をナギさんがノックして、痛そうに手をさすった。
中からの反応はない。
僕らは顔を見合わせ、すみませんと大声で言ってから中に入った。
外はそれなりに日差しがあったが、塔の内部は薄暗い。
中の様子に、僕は息をのんだ。
分厚い魔法書が、ぎっしりと本棚に並んでいる。
その本棚にしたって、ところどころに梯子がかけてある。
何冊並んでいるか数えていたら、日が暮れてしまいそうだ。
僕らは明り取りの窓から漏れる光を頼りに進んだ。
迷路のように並んでいる本棚の間を縫うようにして進むと、金属製の階段が見えた。
先頭にいたナギさんが登ろうと足をかけた瞬間、後ろから声がした。
「お前たち、なにしに来た」
振り返ると、ひどく痩せた褐色の髪の男がこちらをにらみつけていた。
その暗い青色の目は、怒りの色に満ちていた。
彼の後ろには、数人の弟子がいるのがぼんやり見える。
「えっと、あなたは?」
階段から足を下ろしたナギさんがためらいがちにそう尋ねると、男は鼻を鳴らして答えた。
「僕はウイズダム先生の一番弟子、シリル・バリントンだ。
お前ら、なにしに来た」
「ウイズダムさんから聞いていませんか?
王宮から任命された勇者一行が来るって。
あたしがその勇者、ナギ・エイベルです」
「さあ、そんな話は知らない。
さっさと帰れ」
「いや、困りますよ。
あたしたちにも目的がありますから」
そうやって男とナギさんは押し問答を続けた。
これでは埒が明かない。
でも妙だ。ウイズダム先生の一番弟子というには、彼は若すぎる。
それに先生の一番弟子は、今現在王立魔法研究所の所長をしていなかったか?
でもそれを指摘すると、火に油を注ぐ結果になるだろう。
ちらりとステラさんを見たが、彼女もどうしたらいいかわからない様子だ。
ここで僕らが口出ししても、状況を好転できるとは思えない。
そうやってどのぐらいの間、膠着状態が続いていたかわからない。
そろそろどちらかが根負けするか、怒りに任せて手を出すんじゃないかと思われたとき、不意に力強い声が響いた。
「こらっ、シリル!
お前、なにをしている」
その声にシリルは身をすくめた。
その場にいた一同が、声のした方を一斉に振り向く。白髪もひげも長く伸ばした長身の人物が、そこには立っていた。
間違いない、この人がビンセント・ウイズダム先生その人だ。
もう80歳近いはずだが、腰は曲がっていない。
いつか学園で講義していたときよりも、もっと英知を感じさせる。
先生はナギさんに近づき、深く頭を下げて言った。
「ナギ殿、私の不肖の弟子が迷惑をかけて申し訳ない。
私がこの塔の主、ビンセント・ウイズダムだ」
「い、いえ、大丈夫です。
ウイズダムさん、今までどこにいたんですか?」
ナギさんがそう尋ねると、先生はひげをなでながら答えた。
「いや、ちょっと手紙を出しにアルブムまで行っていた。
シリル、お前、アルブムで随分偉そうにふるまっているようだな」
「は、はい、すみません!」
先生ににらまれて、シリルはさっきまでの気迫が嘘みたいに平身低頭した。
こいつは。
やっぱり先生の一番弟子だとホラを吹いていたんだな。
本当に魔法使いの風上にも置けない。
先生はそんな弟子をしり目に、金色のカギを懐から取り出してナギさんに渡した。
「ランドルフから話は聞いている。
君の目的は、この『願いのカギ』だろう?」
「あれ、『願いのカギ』はゲイル王太子が持って行ったはずでは?
どうしてここにあるんですか?」
「もしもの時のために、複製しておいたのだ。
握りしめて、魔王のもとへ導いてくれるよう願えば、魔王のもとへ行けるぞ」
「なんだか信じられませんが、ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。幸運を祈っている」
「はい、必ず魔王を倒してきます」
「では、行ってきなさい」
「ありがとうございます。
行こう、ふたりとも」
僕とステラさんは、ナギさんにせかされて塔の外に出た。
シリルが恨めし気にこちらをにらんでいたが、そんなことを気にしている場合じゃない。
いよいよ魔王のところに行くのだ。
塔の入り口から少し離れたところで、ナギさんがカギを両手で包んで祈り始めた。
「どうか、あたしたち3人を魔王のもとへ連れて行ってください」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、カギは金色に光りだしてその光が僕らを包んでいった。
と、そこまでで僕の意識は途切れた。




