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国境付近の町アルブム

 王都に来る時と同様に、僕らはパイアス山系をふもとから抜けていった。

その道のりだけで、既に7日はかかっている。

村に泊まったり野宿したりを繰り返しながら、ひたすら北上を目ざす。

時折北からひどく冷たい風が吹きつけてくる。


そのまま数日間進むと、道が上りに差し掛かって地面に雪が交じり始めた。

パイアス山系を抜けてから10日後には、一面の雪景色。

こうなると野宿をするにも洞窟を探さなければいけないし、火を起こすにもコツがいる。

靴も雪に対応したものに履き替えた。


王都の図書館で調べた内容が、役に立っている。

逆を言えば僕はほんの少し前まで、雪が降る地域での過ごし方を知らなかったということだ。

いままでせっせと蓄えてきた知識なんて、本当に限られたものだったと僕はまた思い知らされた。

学園の同級生が世間知らずの金持ちだと僕をののしったことがあったが、あれはあながち外れでもなかった。


「ねえ、チャリスさんの任命状、焚き付けにしちゃっていいかな?」

 ナギさんがそう言うと、ステラさんが慌てて止めた。

「やめてくださいよ、縁起でもない」

「冗談だって」

 ナギさんはそう言って肩を少しすくめた。


そうだ、魔王を倒したらまた王都に行く必要がある。

ウイズダム先生に「願いのカギ」を借りたら、いよいよ最終決戦だ。

魔王というからには、きっとドラゴンの何倍、いや何十倍何百倍も強いのだろう。

そう考えて僕は身震いした。

ナギさんが気づいて、声をかけてくれた。


「どうしたの、寒い?」

「いや、魔王がどれだけ強いのかと思って」

 僕の返事に、ナギさんのみならずステラさんも戸惑っている様子だ。

魔王と戦った経験がおありのランドルフ様がなにか情報を下さればよかったのにと思ったが、24年前の魔王と今回の魔王が同じ存在だとは限らない。


「魔王がどれだけ強いのか、あたしも知らない。

でも、行くしかないよ。

そしてゲイル王太子も助けなきゃいけない」

 炎に照らされたナギさんの顔は、決意に満ちている。


彼女の言うとおりだ。

ここまで来たら、もう後には引けない。

それに女王陛下ご夫妻のひとり息子でいらっしゃる王太子が行方不明となれば、この国の存亡にもかかわる。

ドラゴンのときと同じように、魔法書のために僕は王都への再訪を願おう。


 それからまた雪の山道を僕らは歩いて行った。

街道が整備されているのがまだ救いで、こんな場所を案内人もなしに進むのは本当に命知らずな行為だ。

王宮側も案内人のひとりぐらい用意してくれたらよかったのにと、僕はまたぼやきたくなった。

嫌われ勇者一行は、本当に楽じゃない。

そんなことを考えながらひたすら進んで、もう5日かけてようやくアルブムにたどり着いた。


 豪雪地帯の町がどんな感じなのか僕は想像もしていなかったけど、雪が積もっている以外はそんなにほかの町と大差ない。

あえて違いを上げるとすれば、建物の屋根が鋭角で窓が小さいことや、雪かきや雪下ろしをしている人以外は外に出ていないことぐらいだろうか。

後者については、防寒着を着ていても身にこたえる寒さなのだから仕方がない。


僕らはまず暖かい食事をとろうということで意見が一致し、食堂を探した。

町を歩いていると、西側の城壁の外に石造りの頑丈そうな塔が見えた。

あれがきっと、ウイズダム先生がいる塔だ。

『みならいまほうつかいベルジリオのぼうけん』の主人公ベルジリオが、人語を話す白鳥マントバに導かれて師匠と暮らしていた塔に帰るラストシーンを思い出す。


いやいや今は食堂探しが先だ。体は冷え切っているし、お腹もすいている。

僕らは古民家を改装した感じの食堂を見つけ、入ることにした。


 寒冷地らしくドアは二重になっていた。

テーブルに着くとナギさんがテールスープ、ステラさんが野菜の煮込み、僕がミルクスープを注文した。

注文の品が運ばれてくると、ナギさんは給仕の女性に尋ねた。

「すみません。町の西側に見える塔って、ウイズダムさんって魔法使いが住んでいるところですか?」


 給仕人は胡散臭そうに僕らを眺めてから答えた。

「なんだい。

あんたら、あんなところに用があるのかい」

「ええ、ちょっと野暮用で」

「できるだけ関わらない方がいいよ。

そのウイズダムって人はめったにこの町に来ないから、代わりに弟子らしい男たちが数人来るんだけど、どいつもこいつも態度がふんぞり返っていてねえ。

なかでも一番年かさの奴が、特に偉そうにしているよ」


「そうなんですか?」

「ああ、町のほかの者にきいても同じ答えが返ってくるだろうよ。

じゃあ、私は仕事中だからもう行くよ」

「はい、ありがとうございました」


 給仕人が去ると、僕らは声を落として話を始めた。

「ねえ、さっきの話って本当かな?」

 そう尋ねるナギさんの顔は、いくらか不安げだ。

「ありえない話でもないでしょうね。

おそらくは高名な魔法使いの弟子だということで、自分までえらいと思っているのでしょう」

 ステラさんはそう答えたが、それでも割り切った感じはしない。


さっきの人の言う通り、ウイズダム先生の弟子の態度が大きいとしたら、結構厄介だろう。

下手をするとなにかと理屈をつけて、先生に会わせてくれないかもしれない。

それどころか追い返される可能性もある。


まいったな、ここまで来て嫌な話を聞いてしまった。

魔王ならば問答無用で倒せばいいが、先生の弟子が相手では手荒な真似はできない。

そのときナギさんが、小さくそうだと言って続けた。


「ねえ、この任命状が使えないかな?

一応あたしたちが王宮から認められた人間だって、証明できる」

「ほら、やっぱり焚き付けにしなくてよかったではありませんか。

私もチャリスさんはどうかと思っていますけど、一応王宮の文官ですからね。

彼からの任命状があるのは、心強いです」

「ま、一か八か、行ってみるしかない」

「そうですね」


 僕が迷っている間に、ふたりは覚悟ができたらしい。

本当は僕が同じ魔法使いとして交渉をすればいいのだろうけど、件の弟子に俺の方が知識も魔力も上だなどと言われたら、もうどうにもできない。

僕は黙って、彼女たちの決意に身を任せることにした。

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