旅支度ふたたび
王宮を出てからそのまま宿屋に向かうのかと僕は勝手に思っていたが、ナギさんが突然思い付きを口にした。
「ねえ、アルブムは寒いところだってランドルフ様は言っていたよね。
それってつまり、防寒服を買えってことじゃない?」
「そうですね、あとは道具や薬もいくつか買い足しておく必要がありますね」
「じゃあ3人そろって、このあたりで買い物していく?
あたしひとりで王都を動き回るの、ちょっときついからさ」
「そうしましょうか。値引き交渉は任せてくださいよ」
ナギさんとステラさんがそんな会話を交わしているのを聞きながら、僕は大切なことを思い出した。
「ねえ、魔法書を探していい?」
「え、なぜここで魔法書の話になるのですか?」
ステラさんは驚いているが、ナギさんは冷静に僕に言った。
「そうだったね。
ごめん、すっかり忘れてた。
約束は約束だから、いいよ」
「やった!」
喜ぶ僕を不思議そうに見ながら、ステラさんはナギさんに尋ねた。
「約束って、なんのことですか?」
「うん、ダグラスを家から連れ出すときに、王都で魔法書が読めるかもってあたしが言ったんだよね。
まあ今回ダグラスは結構頑張ってくれたし、ご褒美を兼ねてってことでいいんじゃないかな?」
その言葉を聞くとステラさんは渋い顔をして、僕に忠告した。
「ダグラス、高価な魔法書を大量に買いたいなんて言わないでくださいよ。
できたら図書館で本を探してほしいところです」
「構わない。読めればいいんだから」
僕はそう返した。速読にも記憶力にも自信がある。
それに新しい知識を得られれば、後々それについて調べることもできる。
なによりも久々に本を読めるというのがうれしくて仕方ない。
僕は思わず言った。
「ねえ、さっそく図書館に行っていい?」
ふたりはしばらく顔を見合わせていたが、やがてナギさんが若干のあきれ顔で言った。
「しょうがない、いいよ。
言い出しっぺはあたしだし」
「やった、ありがとう」
その時の僕は、誰から見てもうれしそうだっただろう。
その日は結局、夕方まで王立図書館にいた。
これまでに見たこともない魔法書がずらりと並んでいて、さすがとしか言いようがない。
特に古代魔法についての文献が充実しているのが、ありがたい。
本を探しながら、ナギさんはどうしているだろうと思った。
本が読めるという興奮で忘れていたが、彼女は文字が読めないのだ。
何冊かの本を抱えて閲覧室を見回すと、片隅でステラさんがナギさんに小声で物語を読み聞かせている様子が見えた。
これまでの旅路で、僕はステラさんがお金のことしか頭にない人だと思っていたけど、こんな気配りもできるんだな。
ステラさんの考えは時々読めないところがあるけど、やっぱり彼女はいい人だ。
翌日も王立図書館に行こうとしたら、ふたりがかりで止められた。
アルブムに行くための装備を買えということだ。僕は素直に従った。
というのも僕らが会いに行くのは、元王宮魔法使いのウイズダム氏、いやウイズダム大先生だからだ。
王宮に勤めていた経歴を持つ人ならば、とんでもない数の蔵書を持っていてもおかしくない。
それにひょっとしたら先生本人から、興味深い話を聞けるかもしれない。
僕らは町を歩いて古着屋を見つけ、3人分の防寒具を買った。
最初は新品を買おうとしていたのだが、ステラさんが値段を見て難色を示したのだ。
王都の物価はそれほど高いということなのだろう。
古着と言ってもそこはステラさんの目利きで、軽くて暖かい品物が買えた。
これを着てアルブムに行くのか。
ますます楽しみになって来たぞ。
「あとは道具と薬を買い足せばいいかな。
先延ばししても仕方ないから、買い物が終わったら、早くアルブムに向かおうか」
ナギさんの提案に、僕とステラさんはうなずいた。
先生に会うのが待ち遠しい。
なにしろ先生がソーサリー魔法学園に来たときは、ただ講義を聞くだけで個人的に話すことができなかったのだから。
まあそれはあくまでもおまけで、僕らの目的は「願いのカギ」という代物の受け取りなんだけど。
そういえば、寒い土地ではどう過ごせばいいんだろう。
ソーサリーは比較的暖かい土地だし、テンプルもソーサリーに比べれば涼しいが寒くて仕方ないというほどではない。僕はとっさに言った。
「ねえ、また図書館に行っていい?」
「あんた、また魔法書探し?
先を急ぎたいんだけどな」
あきれ顔のナギさんにあらぬ疑いをかけられたので、僕は慌てて否定した。
「違う。
寒い土地ではどうすればいいかと思って」
僕の言葉にナギさんとステラさんは、顔を見合わせた。
「あ、それもそうだね。
ラスティックも豪雪地帯ってわけじゃないから、あたしにもわからないや」
「うっかりしていました。
防寒具だけ用意して、満足していましたよ」
「ありがとう、ダグラス。
またあんたに助けられたね」
ナギさんにそう感謝されたので、僕は急に照れ臭くなっていやとかなんとか、そんな不愛想な返事しかできなかった。
僕もちゃんと役に立っているならいい。
さすがに仲間に励まされてばかりというのは、情けなさすぎる。
「ほら、ぼーっと立ってないで行くよ」
ナギさんの呼びかけに顔を上げると、彼女とステラさんはもう図書館の方に歩き出していた。
僕は慌ててふたりを追いかけた。
その日は寒冷地での過ごし方とアルブムへの行き方を図書館の閉館時間まで調べ、翌日に薬や道具一式をそろえた。
アルブムに出発したのは、さらにその翌日だ。
学生時代に習った知識と図書館で得た情報によると、アルブムに行くにはまず王都を囲むパイアス山系の北側を抜け、北の国境があるテルミヌス山脈に向かって歩く必要がある。
その山脈の中腹あたりにある町が、目的のアルブムと言うわけだ。
王都からパイアス山系を見て北北東にある山には、神々の王アルケラトスの聖地、クラフォスの町がある。
この地はランドルフ様の出身地でもある。
そういえばランドルフ様には同郷のライバルがいたはずだが、その人は今どうしているのだろうか。
もっとも僕はその話を噂で聞いただけで、もともとそんなライバルなんていなかったのかもしれないが。




