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嫌われ勇者

 王宮を出た僕らは宿を探し、食堂で夕食をとった。

ステラさんは宿屋で、女将を相手に随分粘って値引きを勝ち取っていた。


「はああー!」

 宿に戻るなりナギさんは、大きなため息をついた。ぎょっとしてステラさんが尋ねる。

「一体どうしたというのですか? 確かに私も、困った事態になってしまったとは、思っていますが」

 ナギさんは壁を数回叩き、それなりに壁が厚いと確信してから、ようやく口を開いた。


「やっぱりと思ったけど、あたし、確実にガブリエラ様に嫌われてる」

「なんでさ?」

 僕の口からは、そんな疑問が自然と飛び出していた。


ふたりの視線がこちらに向く。

確かに僕も、女王陛下をちょっとひどいお方だと思ったが、なぜなのかまではわかっていない。

ナギさんは、ふうと息を吐いてから言った。


「だって考えてもごごらん?

あたしはガブリエラ様からしてみれば、自分の夫とよその女の間にできた子だよ?

そりゃあガブリエラ様にとっては、面白くないでしょうよ」

「ふーん、そっか」


 僕は形だけ同意してみたが、それでもさっぱりわからない。

それが女心というやつなのだろうか。

これまでまるきり女性に縁がなかった僕には、全く見当がつかない。


もしかしたら僕が恋愛らしい恋愛のひとつでも経験していたとしたら、女王陛下のお気持ちを少しでも理解できたのかもしれないが、実際には経験がないんだから仕方ない。


「それよりもステラ、本当にありがとう。

あたしだったら、あんな提案はできなかった。

でも本での調べものなら、あたしの出る幕はなさそう。

ごめん、役に立てなくて」


 ナギさんは申し訳なさそうに、頭をかいている。

ステラさんは軽くうなずいてから答えた。


「いいえ、いいのですよ。

それにナギにも仕事はありますよ。

3種類のアクセサリーを買ってきてください。

ひとつは攻撃力を上げるもの、もうひとつは精神力を上げるもの、最後のひとつは素早さを上げるものです。

そして買うときに、できる限り値引き交渉をするのをお忘れなく」


「え、寝引き交渉?」

「当然です。女王陛下から当面の資金がいただけないとなれば、お金は大事に使わなければなりませんからね。

私もあのとき、女王陛下が相手でなかったなら、もっと強気に出たのですが。

それにしても勇者のパーティだというのに、資金が潤沢でないとは。当てが外れましたよ」


 そうやって一気にまくし立てたステラさんに、ナギさんがおずおずと尋ねる。

「ねえもしかして、ステラがあたしたちについてきたのって、言葉は悪いけど、お金のため?」

「いけませんか?」

「だってステラは仮にも聖職者でしょう?

だからそこまでお金に細かいのは、その、どうかと思うよ」


「あら、聖職者といえども、霞を食べて生きているわけではありませんからね。

日々の食費や日用品費は必要です。

それにあのテンプルの大神殿。

いったいどれほど維持費がかかっているか、あなたにはわかりますか?

それと私には」


「『私には』、なんなの?」

「いえ、いいんです、そんなことはどうでも。

とにかく、お金は必要不可欠なんですよ」


「わかった、わかったから。

とにかく値引き交渉はしてみる。

でもあたしみたいな田舎者は、こんな大きな町ではうまくできないかもしれない。

それだけはどうかわかってよ」


「仕方ありませんね。

今はお金のことで仲たがいしている場合ではありませんから」

 ステラさんは、少し不満そうだ。


この人、実は守銭奴だったのか。

でもまあ、ここでふたりが大喧嘩を始めなくてよかった。

バチバチの口論でも始められたら、僕にはなすすべがない。

ステラさんはそういえばと小さく言って、再び話し始めた。


「ナギ、まさかとは思いますが、勇者としてのお給料は、ちゃんともらっているんでしょうね?」

「え? 考えてもみなかった」

 ナギさんは目を丸くしている。


ステラさんはテーブルに両肘をつき、頭を抱えてしまった。

「では、無給で勇者を引き受けたのですか」

「そうでもないよ。

ステラの実家で言わなかったっけ?

王宮からあたしのお母さんに年金が出ているって。

あとこの剣と当面の軍資金はもらったから、全くタダってわけじゃないよ」


「それでもあなたは、お人よしすぎますよ。

そういえばその剣、初対面のときから気になっていたのですが、王家の紋章が入っているということは、なにかいわれがあるんですか?」


 ナギさんは軽く剣に触れ、少し考えてから言った。

「名前は長ったらしいから忘れちゃったんだけどさ、なんかこの国で二番目にいい剣らしいよ」

「二番目って。一番いい剣はどうしたのですか?」


 ステラさんはずっこけそうな調子でそう尋ねた。ナギさんはため息交じりに、答えを吐き捨てた。

「ゲイル王太子が持ってるって、チャリスさんが言ってた。

多分、魔王退治の旅に出るときに、持って行ったんじゃないかな」


「勇者が最高の剣を持っていないなんて、なんだか妙ですね」

「あたしはしょせん、嫌われ勇者だからね。

ねえ妙と言えば、ランドルフ様の態度、なんだかおかしくなかった?」


「おかしいって、なにがですか?」

「うーん、うまく言えないんだけど、あたしはその、ランドルフ様にとっては初対面の実の娘なわけでしょう?

これはもう、まるっきり想像なんだけど、無事に生まれたかどうかもわからない自分の子が、初めて目の前に姿を見せたら、感慨深そうにするとかなんとかするだろうし、そこまでいかなくても驚くぐらいはすると思うんだ。


でも女王陛下の夫君は、実に冷静だった。

なんだかあらかじめ、あたしのことをよく知っているかのように。

それに王宮の人たち、例えばチャリスさん、なんであたしが勇者の娘だとわかって家に来たんだろう。


魔王が現れてから探したのかな?

でもそれにしたって、何年もかかりそうなもんだし。


案外ラスティックの村長が、日ごろから売り込んでいたのかも。

あの人、あたしが旅立ちのあいさつに行ったら、なんて言ったと思う?」


「え、見当がつきませんが?」

「『この村から勇者が出るのか。いい村おこしになりそうだな』だって。

あたしはご当地名物かなにかですかっていう話だよ。

だから『有事の際には、ぜひともわが村にいる勇者の落胤を』なんて、日ごろから売り込んでいても、不思議じゃないかもしれない。


そういえばいつも、同じ鳩を村で見かけたっけ。

脚に手紙らしい紙が結びつけてあったから、あれ、多分伝書鳩じゃないかな」


 そこまで言い切ると、ナギさんは大きなあくびをした。

それを見てステラさんが尋ねる。


「もうそろそろ、寝ますか?」

「そうだね。明日から大変だから、今日はしっかり休んでおいたほうがよさそう。

じゃあそういうことだから、ダグラス、自分の部屋に帰って。

明日から調べもの、お願いね」


「う、うん」

 僕は完全にふたりの話に聞き入っていて、ぼんやりしていた。

軽く頭を振ってから立ち上がる。

おやすみなさいというふたり分の声が、僕の後を追いかけてきた。

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