炭鉱町よりの使者
「なにごとです!
ここを王宮だと知った上での狼藉ですよね?」
ガブリエラ様は、美しい眉を吊り上げてお立ちになった。
やっぱり、あまり背の高い方ではない。
いや、そんなことはどうでもいい。
なんでこの使者の男は、こんなに焦っているんだろう。
当の本人は髪がぼさぼさに乱れ、ゼイゼイという喘ぎ声が聞こえるほどに息が荒くなっている。
彼は転んだ姿勢から、土下座に体制を立て直して女王陛下に向き直って言った。
「申し訳ございません、女王陛下。
緊急事態なのです。
わたくしはマイン町長、サイモン・ファイアストンの使いでここに参りました。
女王陛下、どうぞ驚かれないでください。
マインの町に、あの、その、ド、ドラゴンが出現いたしました」
「まことですか?
ドラゴンは神話上の怪物ではありませんか。
それが出現したなど」
「嘘ではございません。
禍々しい姿と言い、炎を吐いて辺りを焼き尽くす様子といい、昔話に語り継がれておりますドラゴンそのものでございます」
「して、現状は?」
「町の炭鉱夫たちが応戦しようとしましたが、全く歯が立ちませんでした。
住民たちは被害が広がる前に、近隣の村に避難していて無事なのですが、いつまで持ちますやら」
ガブリエラ様は使者からの報告をひと通りお聞きになると、しばし思案なさった。
それからにやりとした笑みを浮かべられると、こうおっしゃった。
「ではその件、ここにちょうどいる勇者一行に任せることにしましょう。
どうぞその旨を、マイン町長にお伝えなさい。
ナギ殿、よろしいですね?」
その言葉を聞くと使者は軽くあいさつをして帰っていったが、ナギさんは答えない。
断れる状況ではないが、引き受けたところでどうしようもなくなるのは目に見えている。
神話上の怪物に立ち向かう方法が、そもそもわからない。
それに筋骨たくましい炭鉱夫たちでもかなわなかったのに、女性ふたりと体力に自信のない男ひとりという僕らのパーティはどうすればいいんだろう。
ダメだ、どうしても最悪の結末しか頭に浮かばない。
僕が絶望しかけていると、不意にランドルフ様が口を開かれた。
「ガブリエラ、いくらこの者たちが勇者一行だとしても、いきなりドラゴン退治を命じるのは、酷ではないか?」
ガブリエラ様は夫君をにらみつけると、苛立ちを隠そうともせずおっしゃった。
「お黙りなさい。
あなたは勇者が自分の娘だからといって、そうやって甘やかすつもりなのですね。
勇者ともあろうものが、ドラゴンぐらい倒せなくてどうするのです」
ランドルフ様は妻からの反論に、お手上げという表情で黙ってしまわれた。
元勇者といっても女王陛下の方が格上だから、頭が上がらないのだろう。
どうしたものかと思ったが、この困った状況を、ステラさんが打破してくれた。
「女王陛下、おこがましいお願いをお許しください。
申し訳ありませんが、少々お時間をいただけますでしょうか?
神話上の怪物を相手するからには、下調べを十分にいたしませんと、危機的状況に陥りかねません。
もしも私共の身になにかありましたら、王太子をお探しすることもかなわなくなります」
ステラさんの言葉を聞いて、ガブリエラ様はしばし思案なさってからおっしゃった。
「確かにそれも一理ありますね。
しかしどのようにして、ドラゴンについて調べるつもりですか?」
「重ねてのお願いになってしまい、恐縮なのですが、王宮に所蔵されている書物を拝見できませんでしょうか?
もちろん破損などいたしませんよう、細心の注意を払いますので」
「いいでしょう、でも期限は10日間とします。
それ以上は許しません」
「ありがとうございます」
ブラボー、ステラさん!
彼女のおかげで、なんとかこの場はしのげた。
でもこれでひと安心というわけにいかない。
課題はいくつかある。
ひとつ目は女王陛下がお決めになった10日間という期日内に、ドラゴン退治の方法を見つかられるか。
ふたつ目は仮に方法が見つかったとして、それが実現可能なのか。
3つ目はいざ実戦となったときに、その方法が成功するか。
ざっとこんなところか。
僕はふと、テンプルにある大神殿の天井に、ドラゴンと戦うアルケラトス神のレリーフがあったと思い出した。
一般に語り継がれている神話では、知恵女神エピスティアが作戦を考え、技術神クントスの指導の下、テクナルト神が一振りの剣を作ったという話になっている。
ああテクナルト様、あなたもドラゴン退治に関わった経験がおありなら、どうか僕らに味方してください。
「それで、ドラゴン退治の報酬ですが」
ステラさんは女王陛下を相手に、まだ交渉を続けていた。
ガブリエラ様はそう言われて、明らかに嫌そうなお顔をなさった。
「そういうことは、実際に戦功をあげてからお言いなさい。
書庫を明日から解放できるよう、手配をしておきますから、どうぞ今日は一旦お帰りなさい」
ステラさんは一瞬残念そうにしたが、すぐにすまし顔を作って言った。
「かしこまりました。
不躾なお願いをどうぞお許しください。では、ごきげんよう」




