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クロックフォード城

 僕らはチャリス氏の馬車に乗せてもらって、王宮へ向かった。

車中でナギさんは、僕とステラさんに出会ったいきさつを話した。

僕が引きこもりだった話や、ステラさんが元盗賊だった話は、もちろん伏せていた。


ソーサリーで噂を聞いて家を訪ねて僕を仲間にし、チンピラに襲われていたところを助けた縁で、ステラさんと行動を共にするようになったと、ナギさんは語った。

嘘はついていない。

ただそれ以上のことを言わなかっただけだ。


それにしても、元引きこもりに元犯罪者、それに私生児。

勇者のパーティがこんなメンツでいいものなのだろうか。

仮にも国ひとつを救おうという一行なのだから、もっと日の当たる道をずっと歩いてきたような人たちの方が適任なのではないだろうか。


まあもしそうなら、そもそも僕に声がかかったはずはないんだけど。

そこまで考えたところで、車体が大きく揺れて馬車が止まった。


「さあ、着きましたぞ」

 チャリス氏はそう言って、優雅に馬車を降り、馬車の扉を開け、従者に軽く目配せした。

僕らも彼に続く。

城門を守る兵士が、チャリス氏に目礼する。


いよいよこのときが来た。

チャリス氏は僕の緊張になど気づかないまま、慣れた調子で城門をくぐる。

そしていかにも重厚そうな扉を、従者ふたりがかりで開けさせた。


この扉を見ただけで、その奥にはとんでもない世界が広がっているのが想像できる。

チャリス氏は僕らに入るよう促した。

僕らが彼の指示に従って城に入ると、彼は別の文官と何やら話していた。

それからチャリス氏は、もうひとりの文官が差し出した文書に署名した。


なるほど。さすがに王族と会うには、それなりの手続きが必要ということか。

チャリス氏ともうひとりの文官はうなずき合い、チャリス氏だけがそこに残った。

彼は僕らの方に向き直って言った。


「女王陛下ご夫妻が準備なさる間、応接室でお待ちください。

これからご案内いたします」

「はい」

 ナギさんはすっかり気が抜けている。

おそらくは城内の様子に、圧倒されたしまったのだろう。


親のつき合いで貴族の館を色々と見てきたつもりの僕でも、ここの様子には思わず息をのむ。

天井には様々な祭りや王宮での行事の様子を描いた極彩色の絵画。

光沢のある木材で作られた腰壁、その上には染みひとつない壁紙。

壁紙は白一色に見えて、目を凝らすと薄い紅色で紋章が描かれている。

雲の上にいるんじゃないかというほど、ふかふかのじゅうたん。

そこかしこにある燭台は、曇りのない金色に光り輝いている。


本当に、とんでもない場所だ。

「着きましたよ。

どうぞこちらでお待ちください」

 不意にチャリス氏がそう言った。

僕ら3人が城内の様子に見とれている間に、応接室に着いたのだ。


とんでもないのは、ここも例外ではない。

背もたれの高い、座り心地の良さが見るだけで分かる椅子。

テーブルには純白のクロスがかけられており、中央には花をかたどった砂糖菓子を入れた器が置かれている。

この器も金色で描かれた模様が美しい。

天井にはきらきらと輝くシャンデリア。


壁には貞女が喪服をほどく場面が描かれた絵画がかけられている。

絵画の中の貞女は、意味ありげにこちらに微笑んでいるように見えた。


チャリス氏が引き上げてすぐ、メイドがお茶を持ってきてくれた。

このティーカップがまたしゃれていて、カップとソーサーには金色の縁取り。

そして淡い色合いで、王家の花である蘭が描かれている。


「なんか、落ち着かない。

あたしは田舎者だからか、こんな華やかな場所では、緊張しちゃう」

 ナギさんがぽつりとつぶやく。


それは偽りのない本音だろう。

僕でも王宮の様子に面食らっているのに、彼女はなおさらなんだろうな。

でも彼女には、女王ご夫妻とお話をするという大きな使命がある。

頼む、ナギさん、なんとか頑張ってくれ。


「落ち着いてというのは、無理な話かもしれませんが、私たちがついていますよ。

もし困ったら、どうぞ遠慮なく頼ってください。

神殿には時折、高貴な方もいらっしゃいますから、助け船ぐらいは出せますよ」

 ステラさんは遠慮がちに、でもきっぱりと言い切った。


ナギさんは弱々しい声で、ありがとうと返す。

ああステラさん、なんて心強いんだ。

その一方で、こういうときでも役に立てそうにない自分が、情けなくはあるけど。


僕でも役に立てる場面がこの先あるのかなと思っていると、ノックの音が部屋に響いた。

続いてガチャリと音がして、ドアが開かれた。

ドアの向こうに立っていたのは、もちろんチャリス氏だ。

彼は低い声で言った。


「女王陛下ご夫妻の準備が整いました。

さあ、謁見の間へご案内いたします」

 いよいよだ。

ついにこのときが来た。

僕の手のひらは、いつしか汗ばんでいた。

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