再びテイラーへ
神殿の入り口には一対の英雄の像が、それぞれ武器を構えて立っている。
どちらも神話の中で活躍した人物でだ。
一方は剣の達人であるラケス、もう一方は弓の名手であるアルテミドロス。
今にもこちらに攻撃してくるんじゃないかと思ってしまうほど、写実的に作られている。
それから奥に続くのは、ひたすら広い通路。
通路のところどころに天井まで達する柱が立てられている。
その柱1本1本の上部には細かな装飾が施されていた。
高い天井には神話の各場面を描いたレリーフが彫られている。
美の女神カロリナを口説こうとするカルフェスタス。
ドラゴンに立ち向かおうとしている、神々の王である力の神アルケラトス。
書物を記そうとしている知恵女神のエピスティア。
なにごとか話している技術の神クントスと地母神ミュレー。
神々の衣装のひだまでもが、細かく表されている。
ざっと見まわす限り、僕が望んでいた聖典は飾っていなさそうだ。
でも、この光景を見られただけで十分だ。
僕がすっかり見とれていると、ステラさんが呼び掛けてきた。
「さあ、祭壇はこちらですよ」
彼女の後に続いて通路を進む。不意にナギさんが声を上げた。
「なんか、すごいね」
「ええ、テクナルト神信仰の総本山ですから、当然と言えば当然ですよ。
言い伝えによると、この神殿は200年以上の歳月をかけて完成したそうです。
それも今のような技術のない、古代の話ですからね」
ステラさんは慣れた口調で語っているが、とんでもない話だ。
さすがにそこまでは考えてみなかった。
自分の想像が及ばない世界はまだまだあるんだなあと僕が思っていると、不意に視界が開けた。
目に飛び込んできたのは、巨大なテクナルトの神像。
祭壇だ。
僕らはさらに進み、祭壇のふもとまで行った。
ステラさんが神像の真下に当たる位置で、ひざまずいて祈る。
僕とナギさんも、彼女にならった。
神像がどれほどのものだったかは、あえて語らない。
ただ、あれほどの装飾が施された大神殿の中心だ。
語りつくせないほどだったというのは、なんとなく想像がつくんじゃないかな。
旅の安全と魔王戦の勝利を祈ってから、僕らはテイラーに向かった。
マクレーン氏は娘からの知らせを、いまかいまかと待っているに違いない。
早く行って安心させてあげたいが、ここは一歩一歩進んでいくしかない。
必要そうな食料や道具の類はテンプルでひと通り揃えた。
それにテイラーまでは1度行っているから、今回は気が楽だ。
でもその先、王都までの旅路がかなり不安だ。
ナギさんが言った通り、王都で希少な魔法書に巡り合える可能性は大いにある。
でもそれはあくまでもおまけに過ぎない。
僕らの本来の目的は、女王陛下ご夫妻にお会いして魔王についてお尋ねすることだ。
魔王の影響がどこまで出ているのか、今のところまるきりわからない。
結局ニュクスは、魔王とは無関係だった。
でも平和なのはこのあたりだけで、王都周辺やその先は大変なことになっているかもしれない。
縁起でもないが、大災厄に見舞われていたり、見たこともないモンスターたちが跋扈したりしていてもおかしくないのだ。
それも心配だけど、女王陛下ご夫妻がどのような方々なのか、皆目見当がつかない。
この国で一番偉いと言ってしまえばそれまでだが、変な話、肖像画で拝見した通りのお顔なのかも定かではないのだ。
そんな方々に対してどう接すればいいんだろう。
もしも無礼なふるまいを気づかずにしてしまったらと、想像するだけで恐ろしい。
よし、ここはナギさんに任せよう。彼女は女王陛下の夫君、ランドルフ様にとっては娘だ。
それに彼女は身分こそ低いけれど、空気が読める。
僕はあくまでも勇者のお供なんだから、静かにナギさんの後ろに控えていればいいだろう。
そう思って、僕は無理やり安心することにした。
そうこうしているうちに、僕らは無事にテイラーへたどり着いた。
今度は門番も、快く通してくれた。
町に入ると、住民たちは穏やかな日常を過ごしている。
商人と客が話し合う声や、主婦らしき女性たちの笑い声が断続的に耳に入ってくる。
僕らはその光景を横目に、マクレーン氏のもとへ急いだ。




