テンプルの神官長
「入りたまえ」
年老いた男性の声がする。
いよいよ、神官長様とご対面だ。
僕はなんだか緊張してきた。
「失礼します」
ステラさんはゆっくりと扉を開け、これまたゆっくりと閉めた。
部屋の中には、天井まで達するかと思われるほどの本棚があり、どの棚にも隙間はない。
部屋の大半を本棚が占めていて、あとは幅の広い机と背もたれの高い椅子があるだけだ。
その椅子に座っているのは、白髪の男性。
ああ、この人が神官長なのだ。
つつましいながらも気品を感じさせる、手触りのよさそうな素材でできた服を着ている。
この人は一体いくつなのだろう。
長く伸ばしたひげまで真っ白だ。
それでも赤朽葉色の目には、深い慈悲と知恵がたたえられていそうな感じがする。
彼は軽くうなずいて、言った。
「ステラ、改まって一体どうしたのだ?」
これまで数えきれないほど祈りを重ねてきたのであろう、低くて重みのある声。
ステラさんは神官長の前にひざまずくと、深々と頭を下げた。
「神官長様、私はあなたに今まで、隠し事をしておりました。
それをこれから、告白いたします」
神官長はステラさんを見つめている。
彼女は先を続けた。
「私は19歳まで、盗賊でした。
それも単に盗みをしていただけという話ではございません。
この国の人間ならば、ほとんどの者がその名を知る盗賊団、プランクを率いていたのは、この私なのでございます。
いかなる処分も受ける覚悟でおります」
ステラさんは頭を下げたままでいる。
神官長は、いかなる表情も浮かべずに彼女の告白を聞いていたが、やがて目を伏せて言った。
「それは、本当のことかな」
「はい。嘘偽りは、一切混ざっておりません」
少しの沈黙。
神官長は目を伏せたままで言った。
「そういうことならば、悪いが、出て行ってくれたまえ」
やっぱりそういうことになるか。ある程度覚悟していたこととはいえ、僕は軽く震えた。
ナギさんがステラさんに呼び掛けたけれど、その声はひどくか細く、後が続かない。
ステラさんはうなだれたまま立ち上がった。
その衣擦れの音に呼応するかのように、神官長は顔を上げた。
「なんてね。
いや、よくぞ正直に話してくれた。
実は君が告白してくれるのを、ずっと待っていたのだよ」
神官長は、実に晴れやかな顔をしている。
ううむ、一杯食わされた。
「では、そ、その、あの、私は、こ、このまま、聖職者を続けても?」
ステラさんは驚きのあまり、うまく話せなくなっている。
神官長は大きくうなずいた。
「ああ、もちろんだとも。
もともと信仰心の篤い者が信仰の道に入るのは、もちろんいい。
だが、一度道を外れてしまった者が、信仰の道に入ってくるのも、悪いことではないだろう。
それに君は、盗賊時代にも他人を傷つけてはならないという掟を守り、仲間にも守らせていたそうではないか。
そして過去の行ないを悔いて、できる限りの償いもしている。君
の罪が消えることはないが、それで十分だよ」
「私の過去も、プランクの掟のことも、ご存じだったのですね」
ステラさんはようやく冷静さを取り戻したらしい。
「悪い噂というものは、どこからともなく聞こえてくるものだから、私はずっと気になっていた。
それに告げ口をしてきた者も、ひとりやふたりではなかったしな。
君に問いただしたいと何度も思ったが、やはり本人が話す気になるときを待つべきだと思っていた」
神官長は顔をしかめている。
ステラさんはうつむいて言った。
「そうだったのですか、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。それにクラフォスの大神官長から、こんな手紙を預かっている」
「手紙、ですか?」
神官長はうなずき、一通の手紙を机の引き出しから取り出して読み始めた。
「『クラフォスの大神官長様へ。
私は盗賊団プランクに家宝の宝石を盗まれたリッピンコット家の者です。
突然のお手紙、失礼いたします。
家宝を盗まれた後、我が家は没落いたしました。
でも私たち一家はこの事件で、自分たちがおごり高ぶっていたことに気づかされたのです。
これまで私たちは貴族以外の人々について考えるなど、想像もしていませんでした。
ですがこの一件は神様が与えてくださった試練だと思い、その後は地道に神殿での奉仕活動に参加することにいたしました。
するとわが一族に高い評価をしてくれる方々が現れ始めたのです。
我が家のサロンは今、学者や文人で盛り上がっています。
4年前に家宝の宝石は戻ってきましたが、そんなことはもうどうでもいいことです。
わが一族に集う人脈こそが、今では最高の宝です。
ですからもし、噂通りプランクのリーダーが聖職者になっているとしたら、どうぞその子を責めないでください。
戻ってきた家宝は、彼か彼女かの改心の証として受け取っておきますが、私どもにはもう、当人を恨む気持ちはありません。
大神官長様をはじめとする聖職者の皆様と、プランクの元リーダーに神様のご加護がありますように。
愛を込めて、イライアス・バーソロミュー・リッピンコット』だ、そうだ。
被害者のひとりがこう言っている。
だからもう、きみは自分を責めなくてもいい。
ただし過去を忘れず、罪を犯した者たちにこれからは寄り添ってあげなさい」
「そう、だったんですね」
ステラさんの声は震えている。




