重い足取り
マクレーン氏にしばしの別れを告げ、僕らはテンプルへと急いだ。
道は覚えているものの、ものすごく気が重い。
それは決して、上り坂のせいばかりではないだろう。
神官長という人は、ステラさんのことを一体どう思っているんだろう?
もしかしたら彼女が大きなミスをする場面を狙って、それを口実にいつでも追い出してやろうと思っているんだろうか?
ナギさんもステラさんも、固く口をつぐんでいる。
いや、まさか。
神官長という地位にあるということは、かなり高位な聖職者なわけで、そんな人が意地悪な考えを抱いているなどとは考えにくい。
きっとかなりの人格者なはずだ。
仮にそうだとしても、一体なぜ、ステラさんの罪をこれまで不問に付してきたのだろう。
僕は神官長について、ステラさんの口から出てきた以上の情報は知らない。
でも意図が読めないのがある意味、不気味で仕方がない。
ナギさんもステラさんも、無言のまま、互いに目を合わせないように歩みを進めている。
父方の祖父の葬式の時だって、こんなに沈黙が満ちていなかった。
確かに今は、人ひとりの運命がどう転ぶかわからない状態だ。
だからそんなときに、雑談をする気になれないというのは、当然の心理だろう。
でも今の状況はかなりつらい。
ナギさんと旅に出て。会話の糸口がつかめなかったとき以上にしんどい。
結局僕らは、モンスターに出会ったときや、野宿の用意をするときなどに、必要最低限の会話しかしなかった。
そうして実に静かな丸2日間を過ごし、僕らはようやくテンプルに着いた。
テンプルで遅い夕食を取り、その夜は宿屋に泊まった。
「明日の朝一番に神殿に向かいます。いいですね?」
僕が部屋に戻ろうとすると、ステラさんはキッパリと言い切った。
僕はその勢いに圧倒され、あいまいにうなずくことしかできなかった。
「それじゃ、おやすみ。また明日ね」
ナギさんがその場を取り繕うかのように言ったが、その声はひどく弱々しかった。
部屋に戻って、僕は考えた。
明日で、ステラさんの運命が決まってしまう。
僕はその事実の恐ろしさに震え上がった。
ステラさんと偶然に知り合い、成り行きで行動を共にしてきた僕でさえ、これほどまでに動揺している。
ステラさん本人は、今どういう気持ちなんだろう?
平静を装っているが、感情が乱れに乱れているんだろうか。
それとも、もう覚悟を決めて、実に冷静でいるのか。
僕にできることといえば、あわてず騒がず、ステラさんのお供を務めることだけだ。
そう考えると緊張感がほぐれて、急に眠気が襲ってきた。
ここはあれこれ気を巡らせても仕方ない。
ただ静かに、朝を迎えよう。
翌朝、僕らは大神殿へと続く坂道を登っていた。
最初にこの町に来たときにはわからなかったけど、商店が多くて栄えているのは、この丘のふもとだけらしい。
その区域を抜けると、後はただ、林が広がっているだけだ。
先頭を歩くステラさんの背中からは、一切の迷いが感じられない。
彼女はもう、固く決意を固めているのだ。
ナギさんは黙ったままで、その後を歩いている。
一方で僕は、顔には出していないものの、内心穏やかではない。
先が見えない状況というのは、やっぱり不安で仕方ない。
でもここで立ち止まって、結果がどうなるか見届けられないのもなんだか悔しい。
そういうわけで、おぼつかない足取りながら最後尾を歩いている。
そうして歩いていると、聞きなれない女性の声がした。
「ステラ、どこに行っていたのですか?
書き置きだけを残して、急にいなくなったものですから、心配していましたよ」
「すみません、バージニアさん。
少し急用があったものですから」
ステラさんはか細い声で答えている。
バージニアと呼ばれた聖職者は、穏やかな表情で彼女を見つめながら言った。
「神官長様も、心配していらっしゃいましたよ」
「神官長様!」
「なぜそんなに驚くのですか?
この神殿に神官長様がいらっしゃるのは、ごく当たり前のことではありませんか」
「すみません、少し取り乱してしまいました。
それで、その、神官長様は、今どちらに?」
「先ほど書庫でお見掛けしましたから、おそらくはまだそちらにいらっしゃるかと」
「そうですか。では、ステラが話したいことがあると言っていたと、伝言をお願いいたします。
社務所のご自分のお部屋でお待ちいただくよう、お願いしてください」
「一体、なにがあったのですか?」
「そのことに関しては、神官長様がいずれお話くださると思いますので、どうかそれまで待っていてください」
「わかりました」
そう言い残してバージニアさんは、神殿に入っていった。
僕は何気なく「神殿」と言っているが、ここの神殿は今までに見たことがないほど、規模が大きい。
それもただ大きいだけではなく、建築にも工夫が凝らされている。
柱の上方には、それぞれ異なる神話の場面を表したレリーフが施されている。
明り取りの窓にも、繊細なつる植物の文様があしらわれている。
僕が知っている神殿といえば、ソーサリーの高台にあるエピスティア女神の神殿だけだが、さすがここは聖地なのだと思える。
エピスティア女神の方が、テクナルト神よりは格上なのだが、ソーサリーの神殿は、しょせん地方の分社だということなのだろう。
「さあ、行きましょう」
僕がぼんやりと神殿を眺めていると、ステラさんがそう言って神殿の脇にある道で手招きしている。おそらくはそちらに社務所があるのだろう。
大神殿を見た後だから、社務所の建物はひどく小さく感じられた。
それでも下級貴族の屋敷ひとつ分ぐらいの規模はありそうだ。
ステラさんは迷うことなく廊下を進み、やがてある部屋の前で足を止めた。
細かな装飾が施された重厚そうな扉。
ここが、神官長の部屋だということなのだろう。
ステラさんは遠慮がちに、3回ノックをした。




