チーズオムレツ
台所で夕食を作るステラさんを、ナギさんが手伝っている。
ナギさん自ら、お世話になるならばせめてと、申し出たのだ。
僕は忙しく働くふたりをぼんやりと眺めていた。
本来ならば、僕もマクレーン家にお世話になるわけだから、手伝うべきなのだろう。
でも僕は生まれてから今まで、家事と呼ばれる行為を全くしたことがない。
ナギさんに料理ができるかと尋ねられて、僕は即座にかぶりを振った。
じゃあ座って待っていてと言われたので、それに従っている。
もしも僕が手伝ったら、鍋をひっくり返したり粉類をまき散らしたり、大惨事を引き起こすのは間違いない。
ナギさんは、実に賢明な判断をした。
「急きょ、ふたり分の服を仕立てることになったから、今の仕事を急いで片づけるよ」
このセリフを残して、マクレーン氏は仕事部屋にこもってしまった。
かといって、彼と僕が差し向かいで座っても、おそらく会話は続かないだろう。
マクレーン氏が忙しいという状況はある意味、僕にとっては幸運だったのかもしれない。
そこまで考えて僕は、薄明りに照らされた台所を眺めまわしてみた。
今更ながら、自分が台所という場所をじっくり見たことがないと気づいた。
さすがにナイフや鍋ぐらいは見ればわかるが、それ以外にも用途のわからない道具類がずいぶんある。
それに食材も、見ただけでは味も食感も見当がつかないものばかりだ。
調味料もいくつかあるが、塩以外はどんな効果があるものなのか、わからない。
食ひとつとってみても、僕の知らない世界はかなり広く深く広がっていそうだと、僕が考えていると、目の前にトン、とお皿が置かれた。
「お待たせ、できたよ」
ナギさんの声に応じるように、僕は皿を見た。
ゆでた野菜が添えられたチーズオムレツ。
そういえば学生時代、彼女の手料理がどうのこうの話していた男子がいたことを急に思い出して、僕は心臓が高鳴るのを感じた。
メイドや料理人という仕事で料理をしているわけではない女性が、自分のために手料理を作ってくれたという事実に気づいたからだ。
「ありがとう」
僕はつぶやくように言った。
ナギさんは、不思議そうにうんと返したきり、黙ってしまった。
そして沈黙が流れた。
どうしたものかと僕が思っていると、ステラさんがマクレーン氏を呼んできた。
助かった。
「では、いただきましょう」
ステラさんがそう言ったのを皮切りに、僕らは料理を食べ始めた。
ひと口目を食べ終えてすぐ、ナギさんはステラさんに疑問をぶつけた。
「あれ、一体どうやったんですか?」
「あれって、なんのことでしょうか?」
「ほら、この家の前にたむろしていた盗賊たちが、動けなくなっていたじゃないですか。
どうして、あんな風になったのかと思いまして」
「ああ、単純な話ですよ。光魔法で相手の視界をふさいで、そのすきにメイスで足払いをかけました。
その上にとりもちがついた網をかけて、完成です」
「とりもち付きの網って、まあそんなものをよく持ってましたね」
「相手は盗賊でしたからね。念のためにですよ」
ステラさんは面白くもなさそうに淡々と答えている。
本人が一番嫌がる言葉だろうが、さすがは元盗賊だ。
戦い方を心得ている。
「そう言うナギさんは、どうして勇者になったのですか?」
話題を変えようとするかのように、ステラさんが尋ねる。
ナギさんは、いやそれがひどい話なんだけど、と前置きして、以前僕にしたのと同じ話をした。
ステラさんもマクレーン氏も、さすがにナギさんの身の上話には驚いて目を丸くしていた。
ひと通り話を聞いてから、ステラさんが再び尋ねた。
「ではナギさんは、ご自分のお父様とお会いになったことはないのですね?」
「あるわけないじゃないですか。
女王陛下の夫君ですよ?
妙な話ですが、あたしは実の父をランドルフ様と、『様』をつけて呼ばなきゃダメですからね」
「まあ……」
ステラさんはそう言ったきり、黙ってしまった。
自分と同じか、それ以上の苦労人がいることを知って、言葉に詰まってしまった顔だ。
そしてナギさんの顔を直視できなくなって、目をそらしてしまった。
「もし、ルナが帰ってきたら、こんな感じなのかな」
マクレーン氏はそう漏らした。
ナギさんはそれを聞き逃さずに、質問を投げた。
「ルナって、ステラさんのお姉さん?」
「ああ、貴族の屋敷でメイド長をしているらしいが、元気でいるかなと思って」
そう言いながらもマクレーン氏の顔には後悔が浮かんでいる。
ステラさんから思いきり、にらみつけられているのだ。
でもその彼女の顔にも、なんとも言えない感情が浮かんでいる。
姉が実家に寄り付かなくなった原因は自分にあると、どこかで思っているのだろう。
それにしても、ステラさんのお姉さんって、どんな人なのだろう?
姉妹だから、やっぱりどこか似ているのだろうか?
僕はひとりっ子だから、きょうだいという存在をうまく想像できない。
自分よりも優秀な兄か弟がいて、引きこもりについてとやかく言われたらと考えて、僕はほっとした。
きょうだいがいるのは、どうやらいいことばかりじゃなさそうだ。
そういえばナギさんは、王太子の腹違いの姉ということになる。
それはそれで複雑だなと、僕は思った。
やがて沈黙を破るかのように、ステラさんが声高に言った。
「さあ、みんな食べ終わったのですから、もう、片づけてしまいましょう。
明日もありますからね」




