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不意の来客

誰だ、一体?

使用人やメイドには、この部屋に入らないようきつく言いつけてある。

だから彼ら彼女らである可能性は、まずない。

両親のどちらかでもないだろう。

父親は僕が小さいころから、ひとり息子に対しては無関心を貫いていたし、母親は僕が引きこもり始めた当初、笑えるぐらいに心配していたが、最近はあきらめたような気配をまとっている。

この家にいる誰かではないとすると、外部から来た何者かだろうか?

第一に考えられるのは物取りだが、その心配はおそらく無用だ。

うちには私兵がいる。

それに僕は自室の前に強固なバリケードを築いているし、隣の部屋からここに通じるドアにはなかなか素敵な仕掛けを作ってある。

ちょっとした色合わせのパズルになっていて、あれを解ける者はそんなにいないだろう。

僕はそう考えて安心しようとしたが、それでも足音は近づいてくる。

カチリという音に続いて、扉がきしむ音。

僕は戦慄を覚えた。

まさか、あの仕掛けが解かれた?

そして足音は再び聞こえてきたかと思うと、不意に止まった。

間違いない、誰かがこの部屋に入ってきた。

数秒間僕の中で、恐怖心と好奇心が争い、後者が勝った。

いざとなったら、得意の攻撃魔法で追い払うなり黙らせるなりすればいいという大胆さも味方した。

それまで窓の方を向いていた僕は、足音のした方向へ振り返った。


 一瞬、僕は自分の目が信じられなかった。

見知らぬ女の子が立っていたのだ。

そこそこ可愛らしい顔立ちから察するに、おそらく僕より5歳以上は年下だろう。

ただし着古した農民のような男物の服を着ているし、恐ろしく控えめな胸と短い髪が相まって少年のようにも見える。

でも、間違いなく女の子だ。

腰には服装と不釣り合いなほど立派な剣を下げている。

ちょっと待て。なんでこの娘は、剣なんて持っているんだ?

それも王侯や貴族が使っていそうな立派な品だ。

剣に施されている金銀の装飾は美術品のように繊細だし、その輝きは多分本物だ。

だから、それらしく作られたまがい物だということは、まずないだろう。

だとすると彼女は、お忍びで来た女騎士というところだろうか?

いや、どこに女騎士が僕のところに来る理由がある?

そもそも僕の部屋に、母親とメイド以外の女性が入ってくるということ自体が、まずありえないのだ。

これまで30年間生きてきた中で、僕には彼女どころか女友達だっていたためしがない。

謎の女の子の出現に考え込んでしまった僕を見かねて、女の子がおずおずと口を開いた。


「あの、ダグラス・ソーンダイクさんですか?」

 本来ならばこの言葉をすぐに肯定すべきだったのだろうが、全く理解できない状況に苛立っていた僕は、自分が嫌になるほど月並みな発言をしてしまった。

「誰だ、君」

 ああ、どうしてこんな言葉しか出てこないんだろう。

何者なのかわからないとはいえ、間違いなく女の子が初めて自分の部屋に来てくれたというのに。

女の子のほうに視線を移すと、彼女は僕の自己嫌悪になどまるで気づいていないかのように、あっさりと質問に答えた。

「あたしはナギ・エイベル。一応、勇者だよ」

 僕はますます混乱した。

こんな可愛い子が勇者だって? 勇者がいるということは、どこかに魔王もいるはずだ。

そういえば僕は小さいころ、魔王が現れたという話を聞いた記憶がある。

確かひとりの勇敢な男が魔王を倒し、捕われていたこの国の姫を救い出したという結末だったと思う。

再び魔王が出現したということは、僕のこの、平和な生活も終わってしまうのだろうか。

いや仮にそうだとしても、一体なぜ、勇者が僕のところに来たのかがわからない。

まるで迷宮の中を手探りで進んでいるかのように、ぐるぐると巡る考えに僕はさらに苛立ち、またしてもありきたりなセリフを口にしてしまった。

「一体なにしに来た」

 ああ、もっと気の利いた言葉はなかったのだろうか。

僕はやっぱり、会話が苦手らしい。ナギと名乗った女の子は、再び簡潔に質問に答えた。

「この家に魔法使いがいると聞いてね。あなたをスカウトしに来たんだよ」

 僕はうなった。

なんで僕が、魔王退治のパーティに加わらなきゃいけないんだ。

そんな必然性はどこにもない。優秀な魔法使いがこのソーンダイク家にいると、評判になっているとすれば少しうれしいが、やっぱり行きたくない。

第一に、僕は今の生活が気に入っている。

それに魔王を倒す旅になんて出たら、身の安全が保障されないじゃないか。

絶対に嫌だ。

女の子との旅は少し魅力的だが、よし、ここは断固として拒否しよう。

「どこに僕が出ていく必要性がある? 悪いが帰ってくれ」

「本当にそれでいいの?

お母さんも町の人たちも、あなたのことを心配していたよ。

引きこもるのは勝手だけど、いつか親になにかあったらって、考えたことはないの?」

 うう、正論だ。

僕がこれまで努力して考えないようにしてきたことを、グサグサと突いてくる。

でも、ここで折れたら負けだ。なんとしてでも、この娘を追い返さなきゃ。

「僕は、僕の信念に従って行動しているだけだ。

君にとやかく言われる筋合いはない」

 僕はなるべく厳しい表情を作って、思いつく限りキツイ声で言い放った。

ナギはほっと息を吐いて、そう、とつぶやいてうなだれた。

よし、やっとあきらめてくれたか。僕がそう思って安堵した次の瞬間、なにかが一瞬だけキラリと光った。

気づくと僕の左肩の上、すれすれのところにナギの剣が突きつけられていた。

僕は恐怖で凍りつき、彼女の表情をうかがうことさえできなかった。


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