荒れ放題の町
それからの道のりは、特に強いモンスターは出てこなかった。
夕暮れに盗賊が現れたが、そいつにしてもナギさんにナイフをはたき落されて、すごすごと去っていった。
妙だ。
僕が以前よりも疲れにくくなっていることが?
いや違う。
魔王が現れたという話で、現に勇者が目の前にいるのに、異変らしい異変が起きていないという現状が妙なのだ。
もしかしたら、異変は既にどこかで起こっていて、僕らがただ気づいていないだけなのかもしれないけれど。
でも僕とナギさんは、ステラさんの困りごとを解決しにテイラーに向かっている。
彼女を脅している盗賊団、ニュクスが魔王の手先だという可能性も、ないわけじゃない。
とりあえず今は、テイラーに行くしかなさそうだ。
そう思いながら歩いていると、遠目に古びた城壁が見えてきた。
「もうすぐ着きます。
あれがテイラーです」
ステラさんの口調は、ひどく重かった。
「日が傾き始めていますから、急ぎましょう」
ナギさんのその言葉通り、この季節の長い昼も終わりが近づきつつある。
僕らは町の入り口へと続く下り坂を、転ばない程度に急いだ。
「私はこの町の出身者です。
父の身に危険が迫っているのです。
どうか町に入れてください」
僕らを追い返そうとした門番に、ステラさんはそう言った。
「いやいや、お嬢さん、やめときな。
さっきも言った通り、この町には今、チンピラどもがたむろしているんだ」
「では、なおさら父が心配ですよ。
どうかこの通り、お願いします」
ステラさんが前屈をするかのように深く頭を下げると、門番は渋々扉を開けた。
「しょうがねえな。
せいぜい気をつけろよ」
門番の言葉を、僕らは背中で聞いた。
確かに、門番は正しいことを言っていた。
町には若者たちがそこかしこにたむろしている。
そしてどいつもこいつも、決して品行方正とは言えなさそうな見た目だ。
見た目だけではない、行動も大概にひどい。
ある者は民家のドアを蹴り続け、別の者は植え込みに酒の瓶を投げ込んでいる。
商店の外に置かれた木箱を粉砕しようと躍起になっている者もいる。
「やりたい放題」、その言葉がこれほどしっくりくる状態もないだろう。
「あの、この町はいつもこんな感じなんですか?」
ナギさんの問いかけに、ステラさんは苦い顔で答えた。
「まさか、いつもは穏やかなところですよ」
「じゃあ、なんでまた今はこんなことに?」
「さあ。ニュクスがらみかもしれませんけれども、私にはなんとも」
ステラさんの顔には、困惑がはっきりと浮かんでいる。
一方で僕は、ひどく怯えていた。
町で暴れている連中に、絶対に関わりたくない。
万が一、目が合いでもしたら、ただでは済まない気がする。
僕が顔を伏せていると、不意におい、と呼びかけられた。
僕は縮み上がりそうになった。
恐る恐る顔を上げると、チンピラがひとり、こちらに近づいてきている。
ああ、ごめんなさい。僕はなにが悪かったのかもわからないまま、心の中で勝手に謝っていた。
チンピラは顔が識別できるほどの距離に近づくと、ステラさんを頭からつま先まで眺めまわした。
「ようやくお出ましになったか、クレイスさんよ」
「私をその名前で呼ばないでください!」
ステラさんは今にも相手にかみつきそうだ。
だが、チンピラはそんなのはどこ吹く風だ。
「いっちょ前に護衛まで連れてきたか。
それにしては随分、頼りなさそうな奴らだな」
「無駄口はそれぐらいにしてください。
あなたたちの要求はなんなのですか?
あなたたちのボスが私に来いと言ったから、わざわざこうして来たのですよ」
「まあ、そう焦るな。
今、ボスのところに連れて行ってやる。ついてきな」
僕らはチンピラに案内されるがままに歩いた。
先頭にはチンピラがいて、その後ろには聖職者が続く。
さらにその後を歩くのは、農民の服を着た勇者と、明らかに冒険用ではない服の魔法使い。
なんという絵面だ。
町民たちがこの騒ぎで、全くと言っていいほど外を出歩いていないのが、せめてもの救いだ。
こんな奇妙な行列にやじ馬でも集まってこられた日には、恥ずかしくてたまらない。
「この道、まさか」
「さあ、それは着いてからのお楽しみだ」
ステラさんの問いを、チンピラははぐらかした。
どう転んでもよくない気がするが、ここはこいつについていく以外にない




