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夜の告白

 僕らは、ソーサリー側とはまた別の道を通って、クラフト山を下っていった。

僕は自分を地理に強い方だと思っていたが、テイラーの町については知らなかった。

どうやらテイラーは、職人が比較的多いというだけの、小さな町らしい。

下り道は楽だと思っていると、時々急な坂になっていて転びそうになる。

僕がようやく体制を立て直すと、木の陰からモンスターが出てきた。

マンドラゴラだ、しかも5体。

連中が声を上げる前に倒さないと、こっちがやられてしまう。

僕はとっさに叫んだ。

「すべてを焼き尽くす火炎、フレイム!」

 言い終るが早いか、現れた炎にマンドラゴラは全員消し炭になった。ステラさんが目を丸くして言った。

「あなた、無口な人かと思っていたら、結構実力者なんですね」

「あ、うん」

 僕は照れてそれだけしか言えなかった。


 どうしても他人、特に女性と話すのは苦手だ。

それを言ったらナギさんだって女性じゃないかと言われそうだが、なぜかナギさんにはそこまで苦手意識を感じない。

たぶんナギさんがあまり女性的な見た目じゃないからだろうけど、さすがにそれを本人に言う行為が失礼すぎることは、十分承知している。

まあ、ナギさんがさっぱりしていて、裏表のなさそうな人だからということにしておこう。

「ダグラス、急いで」

「あ、うん」

 気づくと、ナギさんが僕を呼んでいた。

ステラさんはもう先に進んでいる。

あの人も、わりと体力はある方なのかもしれない。

 

 今度の旅路は、以前よりも楽に感じた。

僕が外に出ていることに慣れてきたせいもあるだろうけど、今回はステラさんの回復魔法がある。

前みたいに傷ついたら治療薬を飲んで、癒えるまで痛みをこらえる必要はないのだ。

魔力の回復薬が、どれだけ残っているのだろう。

僕はひと瓶、飲み干してから思った。

そうこうするうちに、日が傾いてきた。

「しょうがない。

今日はここまでかな。

野宿しますか」

「そうですね。火の番は私がします。

徹夜で祈ることもあるので、夜には強いのですよ」

「そうですか、ではお願いします」

 ナギさんとステラさんで、話が進んでいる。

僕はなにか言われる前にと、枯葉や枯れ枝を集め始めた。

気づくと、ステラさんも同じようにしている。


 「まあ、夜に強いのは、元盗賊だからかもしれませんけど」

 ステラさんがぽつりと言った。

その声には、苦い自嘲の色が含まれている。

否定も肯定もできない。

彼女が元盗賊なのは事実だが、おそらく当人はその過去をひどく悔いている。

だから、僕はなにも言えない。

ナギさんの方を見ると、僕と同じ考えなのか、ステラさんから目を逸らして、道具袋の中を探っている。

「とりあえず、火をおこしましょうか」

 火打石を手にして、ナギさんがそう言った。

僕とステラさんはうなずき、枯れ枝に火がつくのを見守っていた。

焚火ができると僕らは、テンプルで買っておいた携帯食を食べた。


「私が盗みに手を染めたのは、寂しかったからかもしれません」

 不意にステラさんがそう言った。

ナギさんは先を続けてと言わんばかりの顔で、彼女を見つめた。

その視線に応えるように、ステラさんは続けた。


 ステラさんの話によると、彼女は13歳のときに母親を病気で亡くし、5歳年上の姉は既に独立していたため、父親とふたりで家に残された。

父親は母親のことをよほど愛していたらしく、仕立屋の仕事も手につかなくなるほど嘆き悲しんだらしい。

そうなれば当然、生活は困窮する。

彼女は貧しさと父親の態度に耐え切れなくなり、盗みを始めたという。

そうすると似たような仲間が集まってきて、やがて少年少女ばかりの盗賊団、プランクを結成するに至ったという。

そのころの彼女は持ち前の器用さで、どんな錠前も開けてしまえるほどになっていた。

それで「錠前」を意味する古代語から、「クレイス」とあだ名されるようになったらしい。


でも話はそこで終わらない。

ある貴族の家宝を盗んだ後、その一族が没落してしまったと聞き、当時19歳だった彼女に後悔の気持ちが生まれた。

そこで20歳の誕生日に盗賊団を解散し、それまで盗んだものをできるだけ返し、信仰の道に入ったという。

テンプルの神官長には、生まれ故郷テイラーの発展のために、信仰をより深めたいと説明したらしい。


 それだけ語ると、ステラさんは深く息を吐いた。

僕とナギさんは黙っていた。

もしも僕がステラさんのような生い立ちだったら、どうしていただろうか。

自分は絶対に盗みに手を染めないと言い切ってしまうのは簡単だが、本当にそうだろうか。

僕は考え込んでしまった。


 「星が出てきました。明日も早いでしょうから、今日はもう、お休みになってください」

 ステラさんが不意に言った。

その声には少し安堵が混じっている。

彼女は自分の過去を誰にも言えず、ひとり苦しんでいたに違いない。

でも僕らが話を聞いても、根本的な解決にはなっていない。

彼女を脅迫している盗賊団はなにをするかわからないし、彼女の父親がまだ無事なのかどうかもわからない。

仮にその2点がなんとかなったとしても、その後も彼女が聖職者を続けられるかどうかは不明だ。

いつまでもごまかし続けることなど、不可能だろう。

それに神官長ぐらいの役職がある人になると、かなりの情報を得られるはずだ。


「ダグラス、ここはお言葉に甘えて早く寝よう」

 ナギさんの声で我に返った。

彼女はすでに横になっている。

僕はうんとひと言発すると、横になった。

また想像も及ばなかった話を聞かされて眠れないかと思ったが、僕はあっさりと眠りに落ちていった。


 翌日は、朝日がまぶしくて目が覚めた。

ナギさんは僕が起きたのに気づくと、おはようと言ったので、僕もあいさつを返した。

「おはようございます。

よく眠れましたか」

「う、うん、まあ」

 ステラさんにもあいさつされて、僕はなんとか言葉を絞り出した。

僕の動揺には気づかないみたいな顔で、ステラさんは一本の木に近づくと、黒い実を摘み始めた。

一連の行動を見ていたナギさんが、不思議そうに尋ねた。

「それ、食べられるんですか?」

「ええ、黒スグリの実ですよ。

この道は実家に帰るときによく通るので、この時期、ここに実がなるのは知っているのですよ」

 ステラさんはそう言いながら、実を摘み続けた。

あたりを見回すと、確かに同じように黒い実をつけた木が何本かある。

ステラさんはある程度実を集めるとこちらに戻り、布で丁寧に実を拭いて僕らに配った。

恐る恐る口にしてみると、少し苦みがある。

ソーサリーの自宅でよく出てきたベリーに似ているけど、味が違う。

なんだか不思議な感じがしたけど、僕は配られた分を一気に食べた。


「初めて食べました。

おいしいですね」

「ただ、汁が服に着くとシミになってしまうので、気を付けてくださいね」

 ふたりの会話を聞いて、僕は慌てて自分の服を見た。

大丈夫だ、汁は飛ばしていない。

そのあとに食べた携帯食が、いつもより味気ない。さ

すがに摘みたての木の実にはかなわないということか。

「ごちそうさま。

じゃあ、行きましょうか」

 ナギさんは焚火を消しながら言った。

僕らは再び、先を急いだ。

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