ステラという女性
それから僕らは、適当な宿屋を見つけて入った。
宿探しも値段交渉も、ナギさんがしてくれたことは言うまでもない。
また明日と言って、自室に引き上げようとするナギさんを、僕は引き留めた。
「ねえ、プランクのクレイスって、なに?」
「ああ、さっきのチンピラが言っていたことね。
なんだ、あんた、知らなかったんだ。
5年ぐらい前まで世間を騒がせていた、盗賊団の団長だよ。
もっとも、本名じゃないだろうけどね。
貴族や豪商なんか、お金がありそうな家は、結構被害に遭ったんじゃないかな?
ていうか、あんたの家は大丈夫だったんだ」
「うちは、まあ、私兵がいるから」
ううむ、やはり僕は相当の世間知らずだったらしい。
あたしみたいな田舎者でも知っているのになあと、あきれ顔で付け加えたナギさんを尻目に、僕は考え込んだ。
クレイスと呼ばれた人は、どういう理由で盗みに手を染めたんだろう。
貧しさからか、満たされない気持ちからか。
窃盗という行為は許される話ではないが、もしもさっきの女性がそのクレイスだとしたら、なにか理由がありそうな気がする。
本当にただのカンでしかないが、あの人は根っからの悪人ではないと思う。
まあ彼女がクレイスだという確証はないんだけれど。
「そういえば、あの盗賊団って、どうなったんだろう。
最近被害が出たって話は、まったく聞かないけど」
ナギさんの言葉で、僕は我に返った。
僕がありがとうと言うと、じゃあおやすみと言って、彼女は自室に引き上げた。
翌朝、僕は半分寝ぼけたような状態で、ナギさんと並んで朝食を食べていた。
いろいろ考え込んでしまって、昨晩はろくに眠れなかったのだ。
パン粥が熱くて、舌をやけどしてしまった。
僕らが言葉を交わすことなく黙々と食べていると、誰かが走ってくる音が聞こえた。
宿の人が忙しく働いているのかと、ぼんやり考えていると、誰かが転がり込むように食堂に入ってきた。
昨日の女性だ!
一体なにごとだろう。
またチンピラたちに襲われたのだろうか。
女性は走ってきたらしく、息が切れている。
彼女はゼイゼイという荒い呼吸をなんとか抑えようとしながら、言った。
「あの、助けてください!」
さすがの僕もぎょっとした。
ナギさんも同じらしく、スプーンを放り投げるように器に入れると、女性のそばに駆け寄った。
「一体、なにがあったんですか?
とてもただ事ではなさそうですけど」
「ここでは人目がありますから、できればお部屋でお話ししたいのですが」
「わかりました。
ちょっと待ってもらっていいですか、食事の途中なので」
「失礼しました」
「だってさ。
急いで、ダグラス」
言われなくてもわかっている。
僕らは急いで朝食を平らげた。
食べ終わると、ナギさんはふたり分の食器を宿の人に返してから、女性に声をかけた。
「お待たせしました。
では、行きましょうか」
「はい、すみません」
僕らはナギさんの部屋に入り、最後に入った女性が後ろ手に扉を閉めた。
ナギさんはベッドに座ると、女性に椅子を勧めた。
僕はどこにいればいいかわからなくなったので、とりあえずナギさんの隣に座った。
ナギさんの開口一番は、こうだった。
「よくここがわかりましたね」
「王家の紋章が入った剣を下げた女性と、ワンドを持った男性のふたり組を探していると、町の人たちに聞いて回って、なんとか」
「一体、なんでまたあたしを頼ってきたのですか?」
「あなたが昨夜、勇者だと名乗っていたものですから。
頼れる当てがなくて、もう、わらにもすがる思いなのです」
「まずは名前を教えてくれませんか?
あとは、あなたが何者なのかも。
あたしはナギ・エイベル。
一応、女王陛下の命を受けた勇者です。
こっちの彼は、ダグラス・ソーンダイク。
ソーサリー出身の魔法使いです」
「申し遅れました。
私はステラ・マクレーンと申しまして、昨日申し上げた通り、テクナルト神に使える聖職者です」
「聖職者がチンピラに絡まれるなんて、また一体どうして」
ナギさんは、それだけ言うと口をつぐんだ。
おそらく状況をわかりかねているのだろう。
聖職者とチンピラ、そして盗賊団とのつながりがわからない。
それにこの人が、盗賊団のリーダーだと言われていた理由も不明だ。
女性は目を伏せたが、やがて決心したように口を開いた。
「私、元盗賊なんです」
「えっ!」
ナギさんは、口と目を大きく開いたまま固まった。
僕も驚いたどころの騒ぎではない。
聖職者が元盗賊だなんて、信じろと言われても無理だ。
僕らの間に沈黙が流れた。
もっとも、僕はずっと黙って話を聞いていただけだけど。
どれだけの時間、そうしていたかはわからないが、やがてナギさんが流れを変えようとするかのように口を開いた。
「では、あなたは本当に盗賊団プランクのリーダー、クレイスなんですね」
「元、です。プランクは5年前に解散させました」
「でも元盗賊なのに、よく聖職者になれましたね」
「ええ。神官長様には、過去のことは伏せてありますので」
「もしかして、過去をネタに脅されたんですか?」
「はい。
過去を神官長に暴露してやると、ニュクスのリーダーに脅されているのです」
「そうなんですね。
それで、相手の要求は?」
「私の故郷である、テイラーの町に来いとのことです。
テイラーには私の父がひとりで暮らしています。
もしも、もしも、父に万が一のことがあったら……」
そう言うと、ステラさんはうなだれた。
ナギさんは少し考えて、言った。
「あたしたちも一緒にテイラーに行きますよ。
ただし道案内をお願いできますか?
なにしろこの国の地理は、あたしにはよくわからないので」
「ありがとうございます。
テイラーの町は、クラフト山のふもとにあります。
下り道で2日、上り道で3日ほどかかるというところでしょうか」
「でもあたしも、ただ王家の紋章入りの剣を与えられたというだけの勇者なので、必ず大丈夫とは言い切れませんよ」
「いいえ、ひとりで立ち向かうよりも、何倍も心強いです」
「では、さっそく向かいましょうか」
「ありがとうございます」
ステラさんは深々と頭を下げた。
僕が黙っているうちに、どんどん話が進んでいく。
そういえばこの人、元盗賊とはいえ聖職者だということは、回復魔法が使えるんだろうか。
「ねえ、回復魔法は?」
僕はついそう言ってしまった。
ナギさんとステラさんが、驚いたように僕の方を見ている。
ステラさんは驚いた表情のまま、言った。
「一応聖職者ですから、使えますけど、それがどうかしましたか?」
僕はうつむいてしまった。
見かねたナギさんが、僕の代わりに答えてくれた。
「えっと、あたしたちは勇者と魔法使いのパーティなので、回復魔法の使い手がいなくて。
多分彼は、そのことを気にしているんだと思います」
「そうなのですね。
私でお役に立てるならば、幸いです」
僕はしまったと思った。
困っている人に変なことを言ってしまった。
ステラさんに変な奴だと思われてしまうかもしれない。
そんな僕の後悔をよそに、ステラさんとナギさんは立ち上がった。
「ほら、ダグラス、行くよ」
ナギさんの言葉に、僕はただ従うしかなかった。
宿屋の受付で、ステラさんが先ほど預けていたのであろうメイスを受け取っている。
盗賊団と戦うことになるのかなと、僕はぼんやり考えていた。




