テンプルでのいざこざ
僕たちはわりとすいている食堂を見つけて、腰を下ろした。
僕は野菜の煮込みをつつきながら、ぼんやりと考えていた。
仲間を探すと言っても、どうすればいいのかがわからない。
まさか神殿に入り込んで、だれか勇者一行に加わってくれと頼むなど不可能だろう。
ナギさんの言葉通り、酒場に行った方がよかったのかもしれない。
酒場。
僕は飲酒可能な年齢になってから、その場所を避け続けていた。
僕は酒に強い方ではないが、酒自体は嫌いではない。
酒場の雰囲気に、どうしてもなじめないのだ。
だいたい、そこまでしなくても聞こえるからと言いたくなるほどの大声で騒いでいる奴が多い。
大声を出さないまでも、よくもあんなに話題が続くなと感心するほどに、みんなしゃべり続けている。
僕は20代前半のころ、何度か話題に入ろうとしてことごとく挫折して以来、飲みに誘われてもなにかと理由をつけて断るようになった。
そしてそのうち誰も僕を誘わなくなった。
僕にとっては、それでよかったのだ。
今回も酒場に行かなくて済む方法は、なにかないかと僕が考えていると、不意に怒声が聞こえた。
どうやら外から聞こえてくるようだ。
隣の席に目を向けると、ナギさんと目が合った。
僕らはうなずき合い、急いで残りの食事を平らげると、手早く会計を済ませて食堂の外へ出た。
すでに日が落ちていて、商店から漏れる明かりだけが頼りだ。
左右を見渡すと、神殿に近い方に人だかりができている。
人ごみをかき分けて、いさかいの中心を見ると、男3人とひとりの女性がにらみ合っていた。
この女性は、さっきの盗賊なのか聖職者なのかわからない人だ!
一体何が起きているんだろう。
男3人は、どう見てもガラが悪そうだ。
女性は手にしたメイスを握り直し、思い切り鋭い視線で男たちをにらみつけて、言った。
「だから私は関係ありません。
人違いですので、どうぞお帰りください!」
「なんだ、このアマ!
善人気取りもいい加減にしろ!」
「だいたい、あなたたちは卑怯です。
女ひとりに男3人がかりだなんて」
「なんだと!
言わせておけば!」
男のひとりがそう言うが早いか、ポケットからナイフを取り出した。
このままじゃ、あの女性が危ない。
でも、僕自身も怖くて動けない。
そう思っていると、ひとつの影がひらりと動き、女性と男たちの間に入っていった。
「あんたたち、引き下がったらどう?
これ以上、この人をいたぶるならば、あたしが勇者の名に懸けて許さない」
ナギさんが男たちに向かって、剣を抜いている。
男たちはナギさんの気迫に圧倒されて、声も出ない様子だったが、やがてあきらめたように顔を見合わせた。
「勇者ねえ、なんだか変な奴が出てきちまったな」
「しゃあねえ、ここはいったんズラかるか」
「あばよ、プランクのクレイスさんよ」
最後のセリフで、女性の顔に動揺が走った。
月に照らされた顔が、青ざめている。
男たちが去ったあと、女性はナギさんに、喘ぐように声をかけた。
「ありがとうございました。
あなた、勇者だったんですね」
「まあ訳あって、ですよ。
まあ、信じなくてもいいですけど」
「いいえ、私は信じます。
さっきのように、この町は人の出入りが多い分、ああした連中も多いのですよ。
あなたたちも、早く宿屋に引き上げた方がいいですよ。
では、私はこれで」
女性はさっきと同じように、さっさと人ごみに紛れてしまった。
いさかいを見ていたやじ馬たちも、いつの間にかいなくなっている。
僕はただ立っていることしかできなかった。
ナギさんは、僕に近づいて来て、言った。
「まあ、ここはあの人が言う通り、宿屋をさっさと見つけた方がよさそうだね」




