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彼女はいかにして勇者になったか

 それからナギさんは、自分が勇者に任命された理由について話してくれた。

彼女はラスティックという、この国の西北にある国境に近い村の出身だった。

生まれてからの23年間、母ひとり子ひとりで、父親が誰なのか知らずに暮らしてきたという。

母の手仕事と彼女のアルバイト代が、家の収入のすべてだった。

当然、まともな教育など受ける機会はなかったため、自分は文字が読めないと彼女は言った。


ナギさんは子供のころから力が強く、村の男の子たちを相手にケンカしても、負け知らずだったという。

それである程度大きくなると、木こりやモンスター退治のアルバイトをさせてもらえるようになったらしい。

またすでに故人である先代の村長は、彼女が12歳になる年、村に住む元冒険者に命じて剣術のけいこをつけさせたという。

「先代村長が亡くなって、剣術のけいこはなくなっちゃったんだよね。

でも、3年ぐらいは続いたかな」

 ナギさんは残念そうにそう言っていた。

なるほど、だからあれだけ強かったのか。

モンスター退治のアルバイト経験者ならば、戦闘に慣れていても不思議ではない。

そして剣術を忘れないように、モンスター退治のアルバイトのときには剣を使っていたとも、彼女は語った。


 勇者に任命された日も、ラスティックの村を囲むデンスの森で、伐採場に出るモンスター退治のアルバイトをしていたという。

ひと仕事終えて帰宅し、母親と雑談をしていたら、突然に来訪者があった。

やって来たのは王宮の文官で、近衛兵を護衛に連れていたという話だ。

「あいさつを終えるとすぐ、『あなたは先代勇者様の血を引いていますので、勇者になっていただけませんか?』だってさ。

信じられないよね。しかもこの剣を渡したら、王宮からの使者はさっさと帰っちゃうしさあ」

 ナギさんは苦笑しながら言った。

確かに、見知らぬ女の子がある日突然部屋にいたという、僕の体験以上に信じがたい話だ。


彼女はさらに続けた。

「最初はあたし、丁重にお断りするつもりだったんだけどな。

だって平穏に暮らすのが、あたしは幸せだと思っているから。

でもね、お母さんに年金を出すと言われて、しぶしぶ受けたんだ。

お母さんが苦労しているのは、あたしがいるせいだと、どこかで思っていたし」


 文官の話によると、先代勇者にして現女王陛下の夫君、ランドルフ・エルドレッド・クロックフォード様は、24年前に魔王討伐の旅に出た際、デンスの森とラスティックの村に立ち寄ったらしい。

なぜかというと、デンスの森の老大樹がこのときの魔王によって、モンスターに変えられてしまったからだ。

数人の村人がモンスターの犠牲になり、ナギさんの母方の祖父も、被害者のひとりだという。

夫を亡くした心労で、母方の祖母も亡くなってしまった。

ひとり残されたナギさんのお母さんは、村に来たランドルフ様の身の回りのお世話をしていたらしい。

ランドルフ様が老木の魔物を倒して村を去るころ、ナギさんのお母さんはお腹が大きくなり始めていたという話だから、ふたりの間になにがあったのかは、火を見るよりも明らかだ。


 月満ちてナギさんが生まれ、その後のことはこれまで語った通りだ。

でも、もうひとつの大きな疑問が残っている。

ナギさんが僕のところに来た理由だ。

自分で言うのも変だが、魔法使いを探していたとは言っても、わざわざ引きこもっている人間のところに来るなんて、物好きにも程がある。

「で、なんで僕のところに?」

 僕が尋ねると、ナギさんは思い切り顔をしかめて言った。

「ああ、そのことね。

あたし、誰からも信じてもらえなくて、相手にされなかったの」


 彼女の話によれば、当然と言えば当然だが、村には魔王退治に加わりたいという人などいなかったらしい。

一応、デンスの森を抜けるところまでは、モンスター退治のアルバイト仲間数人がついてきてくれたという。

森を抜けてひとりで歩いて行くと、街道を見つけた。

野宿でひと晩を明かし、さらに道をたどっていくと町が見えてきた。

「野宿は怖くなかった?」

「ううん。モンスター退治をするときは、それが普通だからね。

まあ、ひとりきりだから、眠れなかったけど」

 ナギさんは再び苦笑して、話を続けた。


 たどり着いた町で夜を待って酒場に入り、これまでの経緯を話したら、その場の一堂に爆笑されたという。

仕方なく宿屋に引き上げて、あきらめずに次の町へ行ったが、そこでも同じことだったらしい。

「まあ、ソーサリーの情報が聞けたし、格闘家のおじさんにワインを1杯おごってもらったから、別にいいんだけど」

 ナギさんはため息交じりに言った。

まあ彼女を笑った人たちも、おそらく悪気があったわけではない。

農民のような服を着て、剣だけは立派な一品を下げている若い女性が、勇者を名乗ったところで、信じろという方が不可能だ。

ナギさんもそれがわかっているから、誰かに食い下がることはなかったのだろう。

これでなんとかソーサリーまでは繋がったが、僕のところに来た理由としてはまだ不十分だ。

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