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僕が知らなかったこと

 それから僕らは歩き、途中で携帯食を食べてまた歩いて行った。

雲が広がってきたこともあって、空はだんだんと暗くなっていき、やがて夕暮れが迫ってきた。

今日も野宿かと、僕がため息をつきかけると、不意にナギさんが声を上げた。

「ねえ、あれ、村じゃない?」

 確かに彼女の視線をたどると、家が数軒見える。

僕はため息をついた。

これは安堵のため息だ。

僕は体力がもう限界に近かったが、なんとかナギさんについて歩き、ようやく村にたどり着いた。


「すみませーん!」

 ナギさんが村人に向かって手を振っている。

農作物を背負った初老らしい農夫が、気づいてこちらに歩いてきた。

男は泥の付いた顔をこちらに向けて言った。

「あんたら、巡礼の旅の者か?」

「ええ、まあそんな感じです。

どこかに食堂と宿はありませんか?」

「それだったら、そこの赤い屋根の家が民宿だよ。

今は祭りの時期でもなくて、旅人なんて何日も見ていないから、大丈夫だろうよ」

「ありがとうございます。行こう、ダグラス」

 僕が黙り込んでいるうちに、話が進んでいる。

僕は軽くうなずいてから、ナギさんの後に続いた。

うーん、勇者ともなると、交渉能力も高いんだろうか。

いや、僕が口下手なだけか。


 民宿のカウンターで、ナギさんと宿の人が話しているのを、僕はただ眺めていた。

そして彼女に示されるまま、部屋に入った。

そして入るなり僕は、ベッドに倒れこんだ。

「疲れた」

 そんな言葉が、思わず口をついて出てくる。

小声で言ったつもりだったが、ナギさんには聞こえたらしい。

「お疲れさま。あんたの場合、久々の外だったから、これでも大冒険かもね」

「うん……」

 僕はもう少しで眠り込んでしまいそうだったけど、なんとか声を絞り出した。


それほどに疲労感が激しかったのだ。

それにやっとベッドで眠れるという安心感もあった。

でも、これから先も旅は続く。

しかも仲間を見つけて、王宮に行って、魔王を倒すという大きな使命が僕らを待ち構えている。

こんな調子で大丈夫なんだろうかと、僕は心細くなった。

もしも仲間が見つからなかったら、

それらしい人を見つけても拒否されたら、

王宮で認めてもらえなかったら、

女王陛下やその夫君に無作法を働いてしまったら、

魔王軍の侵略が完了してしまったら、

魔王に返り討ちにあったら。

いろいろと不吉な可能性を考えてしまう。


僕の悪い妄想は、不意に聞こえたノックに破られた。

「お食事の用意ができましたので、食堂にいらしてください」

 声の主は、さっき受付にいた人だろう。

「はーい。だってさ、行こう」

「わかったよ」

 僕はナギさんの呼びかけに対してやっとのことで応じると、ゆっくりと体を起こした。

そして、ほとんど全身を引きずるような感じで歩いた。

なんとか転ばないように階段を降り、体を投げ出すように食堂の椅子に座る。

テーブルの上には黒パンと塊のチーズ、野菜と牛筋の煮込みが並んでいた。

料理が入った飾り気のない木の器は、ふちが少し欠けていた。


 以前の僕ならば、こんな粗末な食事には手を付けなかっただろう。

でも今は違う。久々のまともな食事なのだ。

僕はこれまた飾り気のない木製のスプーンを握りしめると、ガツガツと音がするんじゃないかという勢いで食べ進めた。

チーズの塊にはかぶりつき、黒パンも大きめにちぎって口に放り込む。

うまい!

経験がないどころか、想像さえもしていなかったできごとの連続で疲れ切っていた心身に料理が染みる。

肉や野菜に固い部分があったが、それすらもおいしく感じてしまった。


 僕はある程度おなかが膨れると、ソーサリーの町を訪れていた旅の魔法使いや冒険者、行商人たちに思いをはせた。

彼ら彼女らもまた、僕が町を出てからしたのと同じような経験をしてきたのかもしれない。

いや、もっと過酷だった可能性もある。

僕は、これまでの自分がいかに世間知らずだったかを痛感した。

町を出るまでの僕の経験と言えば、学園での勉強と魔法書の濫読、恥ずかしながらそれぐらいしかない。

数か月の会社勤めなんか、経験のうちにも入らないだろう。


そこまで考えて僕は、ナギさんの導きがなかったら、この最寄りの村までたどり着けたかどうかも、相当怪しいと気づいた。

ナギさんは本当に何者なんだろう。

実は僕が知らないだけで、有名な冒険者としての実績があるから、勇者に任命されたのかもしれない。

当の本人はそんな僕の想像になんか気づくはずもなく、数日ぶりの携帯食以外の食事をありがたがるでもなく、淡々と食べ進めているだけだ。

間違いなくこの人は、僕が知らない世界のことをいろいろと知っている。

ぜひとも聞き出してみたいけれども、なにしろ質問が色々とありすぎて、どこから尋ねればいいのかがわからない。

結局、僕が食堂で発した言葉と言えば、ごちそうさまのひと言だけだった。

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