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マガツヒモノ  作者: 藤堂
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第四話

 金色の獣は空を駆けていた。雷光より早い天翔る金色は晴天の下、雲を割る。そうして目的地を定めると地面へと急降下した。

 獣の着地によって、辺りには突風が吹き荒れる。電柱が軋み、木々はその葉の半数以上が吹き飛んだ。降り立ったのは平日の午後。人の気配がない、一見長閑な住宅街だ。

「ミナカジュン!何処にいる!オレが月見天のマガツヒモノだ!」

 金色の獣であったガクは角の生えた大男へと変化しながら叫ぶ。

 しかし、辺りに人の気配はない。あの因幡とか言う奴、オレのことを謀ったな!ガクが怒りを込め踵を返そうとする。

 待て。背後からの静止の声にガクは振り返る。

「俺が一本道間違えてた。」

 やけに呑気な言葉と共にガクの目の前に立ったのは、かつてガクと天の前に現れた対マガツヒモノ犯罪対策組織。アポストルの御中(おんちゅう)だ。

 上等な白スーツ。薙刀こそ持っていないが、塗りつぶされたような黒い瞳は、前と変わらず感情が読めない。

「ここでオレを殺すつもりか!天をアポストルへ引き入れるために!」

 ガクが即座に臨戦態勢を取り御中を睨む。ここは住宅街だが不自然に思うほど辺りに人影がない。

 ここで御中が死んだとして、きっと暫くは気づかれず、姿の見えないマガツヒモノならば犯人として特定されることもない。最愛のユダすら、ここにはいない。

 絶好の機会だ。ガクは今この瞬間、目の前の男を殺そうと覚悟する。しかし御中はと言うとそれほどまでに殺気立ったガクに首を傾げた。

 君を殺す気はない。今回はそういう仕事じゃないからね。雅から聞いていないのかな。

 御中の言葉にガクは引っかかる。雅、雅はガクを謀ったはずの因幡の下の名前だ。御中は因幡に言われて来た?だが、しかしだ。因幡が言っていた名は。

「改めまして、俺は御中(みなか)(じゅん)。月見さんを連れ戻す手伝いをしに来たよ。」

 ミナカジュン。御中(みなか)准。ガクは頭の中で考える。漢字を当てはめる。そうしてやっと勢いよくお前…!と叫ぶ。

「お前は御中(おんちゅう)だと…!」

 うん。御中はすんなり頷いた。俺の持ちネタ。冗談なんだけど、みんな本気にするんだよね。人の苗字で御中(おんちゅう)は無いよ。流石に。あぁ、俺が知らないだけだったらごめんね。

 御中は感情の一切読めない無表情でそう答える。皮肉めいた言葉だが、馬鹿にしているのかすらわからない。その顔のせいだ!ガクは叫びたいのを我慢して、拳を握り、そうして力が抜けたのかため息をついた。

 御中はそんなガクの様子を見ながらユダ(家族)が誘拐されるなんて一大事だよね。俺も雅が誘拐されたら君みたいに怒るよ。

 それにしても大きいね、君。俺のマガツヒモノも他の子より大きいんだけど、君は同じくらい大きいな。もしかして知り合いだったりする?なんて御中はペラペラと一人で喋っている。ガクの返事も待たず、一定のペースで変わらない表情。話だけが止まらない。

 どうやらこの御中という人物。ガクが思っているよりも饒舌で、ガクが思っているよりも陽気な男らしい。

「オレはガクだ。アポストルの奴を信用する気は無い。あくまで天を取り戻すまでだ。」

 ガクが御中の言葉を遮り自己紹介する。ガクはマガツヒモノ達に対し非道な仕打ちをするアポストルを嫌っている。

 当然、その言葉にはトゲがある。そんなことを知ってか知らずか御中はガクと名前を復唱する。そうだとガクが肯定する。御中は一瞬黙ったと思えばまた話し出す。

 人の姿になって貰えるかな。これからアポストルに行くから。御中の言葉にガクが噛み付いた。

「何故アポストルに行かないと行けないんだ。」

 月見さんがちょっと面倒臭い場所にいるからかな。御中の返答にガクが噛み付く、前にまた御中が饒舌に話し始めた。

 歩きながら話そうか。月見さんを誘拐したのは教会だよ。彼等は月見さんみたいな子が欲しいからね。よくああいう体質の子を誘拐しては、洗脳して、無理矢理仲間にするんだ。

 君がいるから、彼女はアポストルに入らない。俺がそう報告書を出したから、そこに目をつけられたのかも。俺達が狙ってないってね。

 まぁ、大方。内偵者だろうな。先程まで陽気に話していた御中の声音が途端に厳しくなる。ガクはあえて黙って聞いていたが、御中を強く睨む。

「少し待て。」

 ガクが厳しい声で御中を呼び止める。何?と御中は立ち止まり、振り返った。


「さっきから意味がわからない。教会とアポストルは同じ組織だろう。 」


*


「あれ…私…。」

 天が静かに目を覚ます。何をしていたんだっけ。どうしてここにいるんだっけ。なんだか、最近もこんなことがあったなと思いながら、天は辺りを見渡す。

 そこは、レンガ造りの質素な部屋。木造のベッドとクローゼットがあり、天は、そのベッドの上に寝ていた。一見、普通の部屋に見えるその場所は、部屋の窓扉に、鉄格子がはめてあることで、途端に異様さを醸し出していた。

 ふと、扉の前に人影が立つ。天はまだ回らない頭で、ガクかしらと考える。扉が開き、その思考は一気に崩された。

「あら、目が覚めていたのね。」

 そこに立っていたのは、修道女の衣装に身を包み、深緑の髪を長く伸ばした美しい女性。だが、空色と桃色で、左右の色が違う。目を逸らしたくなるような異様な瞳をしている。

 天の意識は、声をかけられたことで一気に覚醒した。天は、少しでもその女性から離れようと壁際に身を寄せる。

「あぁ、天ちゃん。怖がらなくて大丈夫よ。」

 女性はただ優しげな声で天に語りかけ、そうして微笑む。

 何故、自分の名を知っているのか。何故、自分はこんなところにいるのか。天は聞きたいことが多かったが、生憎ガクを質問攻めした時のように、目の前の女性は、なんでも聞ける相手ではなさそうだ。

「天ちゃん。」

 再び名を呼ばれ、天の肩が震える。しかし負けてられないと、強く女性を睨み返した。

 ガクは何処。気丈に振る舞い、天はそう言い放つ。ガクがいれば、きっとこの現状を何とかしてくれる。そう考えた。

「ガク…?あぁ、貴女のマガツヒモノのことね。」

 女性は呆気に取られたような顔をしたあと、すぐに理解したようで、天に微笑んだ。女性の微笑みがあまりにも綺麗で、天は心を許しそうになる。だが、じっと耐え、ただ女性を睨みつける。

 どうやら彼女は、マガツヒモノについても知っているようだ。

「彼は貴女の側にはいなかったわ。そうよね?ククリ。」

 女性が部屋の外、廊下に向かって話しかける。廊下からは、はい。彼女の側にはマガツヒモノはいませんでした。と少年の声がする。

 天を不安が襲う。ガクのことだ。自分を探してくれているはずだとは思いたい。しかし、自分がさらわれているとも知らない場合、ガクはどうやってここに辿り着くのか。自分は、これからどうなってしまうのか。天には、わからない。

「天ちゃん、泣かないで。」

 涙は零れていなかったはずだが、女性が天の頬に優しく触れ、そうして抱きしめた。

 孤独が、恐怖が、暖かな体温に触れて、すぐに絆されそうになる。優しい波に押されるように、天の瞳から涙が零れる。

「私達はこれから、家族になるの。」

 ここは、教会。貴女のような孤独な少女達が集められる場所。わたしの名前は、コノハ。今日から、貴女の姉になるわ。

 孤独な少女。きっと、この女性。コノハは、天が祖母を亡くし、一人きりだということを知っているのだろう。

 人ならざる者と二人暮し。確かにガクは頼りになる。だが、彼はどうしたって人間ではない。人と同じように笑い、泣き、照れるが、マガツヒモノはマガツヒモノだ。天に、人間に、真の意味で寄り添うことは出来ない。

「さぁ、天ちゃん。わたしの手をとって。他のシスター達も、貴女を待っているわ。」

 天は、その手をとろうと手を伸ばす。

「待って、教会?」

 そして、慌てて手を引っ込めた。コノハが驚いた表情で天を見る。

 天は、そんなことを気にせず、ガクとの会話を思い出す。確か、確か。あれは御中をしていた話だった。教会、あるいはアポストル。マガツヒモノを貶め一方的に断罪する組織。

 そんな組織の仲間には、ならない。なりたくない!天は即座にそう考え、ベッドから飛び降りてコノハと距離をとる。

 コノハは、不思議そうに天を見ている。

「ガクから聞いてるんだから!アポストルはマガツヒモノに酷いことをするって!」

 天の言葉に、コノハはアポストル?と復唱する。そうして、上品にしかし天を馬鹿にするかのように笑いだした。

「なにがおかしいの!?」

 天の動揺に、ごめんなさい。とコノハは言う。貴女のマガツヒモノは、きっととっても古い個体なのね。


*


「もしかして、君。世間知らず?」

 御中が、ガクへとそう問いかける。ガクはつい図星で唸る。数十年、蔵の中で外界との関係を絶っていたガクは、世間知らずと言われてしまえばその通りでしかない。

「あぁ、別に責めてるわけじゃないよ。ただね、アポストルと教会は別の組織だ。俺達は敵同士なんだよ。」

 御中の言葉にガクは驚き、目を見開く。天が今いるのは、御中曰く教会。ガクはアポストルのことしか知らない。

「天が危ないじゃないか!」

 ガクが焦った声で言う。

 うん。だから、アポストルに行くんだよ。さっきから言ってるからね、俺。そう言い放ち、御中はまた歩き出す。

 どちらも、似たようなことはしているけどね。俺達は俺達の正義の元に動いてる。彼女達とは違う。

 御中の背後を歩くガクに御中の表情は見えなかったが、その声は厳しい。だが、御中のことだ。やはり、その表情は無表情から変わってはいないのだろう。

 ふと、御中が黙り、立ち止まったところには、白い軽自動車が止めてある。

 乗って、人のサイズになってもらわないと乗れないよ。ここからとばすからね。

 御中の言葉に、今や納得したガクは大人しく車に乗り込む。シートベルトをつけたのを確認した御中は思い切りアクセルを踏んだ。

「人払いはすませてある。」

 舌を噛まないように。

 住宅街がやけに静観としていたのは、アポストルが人払いをしていたからか。そんな思考は車が急速にスピードをあげたことによりガクの中から吹き飛んだ。

 ガクはただ、車内のアシストグリップに捕まるので精一杯だ。


「ついたよ。降りて。」

 ガクが疲れきった様子で、車の中から転がり出る。あの後、御中は驚異のスピードで、アポストルの本拠地にまで辿り着いた。何故あれで事故を起こさないのか。何故あれで警察に止められないのか。人払いをすませているとはいえ、壁に衝突しない理由がわからない。ガクには甚だ疑問だった。

 一方、御中はと言うと。平然とした顔で、車から降り、建物内へと入っていく。ガクを気遣うつもりは特にはないようだ。

 ガクは変わらず、アポストルが気に入らないことは確かだが、天を取り戻すまでは味方だ。ガクは多少ふらつきながらも、大人しく御中について行くことにした。


「あ、隊長。どこに行ってたんですか、探しに行こうと思ってたんすよ。」

 表向きは一般的な会社のオフィスに見える建物。黒を基調としたアポストル本部のエントランスに入れば、御中とガクの元へ一人の青年が駆け寄ってくる。

沼津(ぬまづ)。」

 御中にそう呼ばれた青年は沼津(なぎさ)。御中を隊長と呼んだあたり、御中が率いる何らかの隊の隊員なのだろう。

 沼津はガクを横目で気にしながら、御中に耳打ちする。ガクには話の内容こそ聞こえなかった。だが、沼津の話を聞き、御中がちらりとガクを見たことにより天に関係のある事だと悟る。ガクが沼津から話を聞き終わった御中を問い質す前に御中が急いだ方が良さそうだと言い放つ。

「雅のマガツヒモノが教えてくれたらしい。月見さんをさらったユダ。そのマガツヒモノがちょっと厄介だ。」

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