五百円様
最近の子は、コックリさんなんて知らないのかな。あ、聞いたことある? じゃあ、話が早い。
うちらが子どもの頃は大流行してね、それで、たくさんの亜流も出たんだ。コックリさんの亜流。エンジェル様とか、知らない?
結構、ローカルな亜種もあって。うちの近くで流行ったのは、五百円様ってやつ。知らない? 金沢市だけなのかな。え、金沢市出身なの? それでも知らない? じゃあ、下手したらうちの学区だけかもしれないや、流行ったの。
えーと、五十音表、0から9までの数字、はい、いいえ、それから鳥居を書いた紙の上に、五百円玉を置く。それで、参加者はその紙を取り囲んで、全員で人差し指を五百円玉に添える。それから、「五百円様、おいでください」って全員で唱えたら、五百円玉が動き出す。質問をしたら、五百円様が答えてくれる。
コックリさんとほとんど同じでしょ。違うのは五百円玉を使うっていうだけ。だから五百円様。普通は十円玉だからね、五十倍豪華だ。五十倍信用できそうでしょ、ははは。
いやでも冗談じゃなくてね、あの当時の子どもにとっては五百円なんて結構な大金だった。だから特別感があったというか、霊験あらたかな感じがあったんだよね。
学校では大流行で、朝礼で禁止令が出たくらい。もちろん、そんな禁止令なんか効果ない。どのクラスでもこっそりと放課後になると五百円様やってたなあ。
もちろん、中学高校と学年上がるにつれて五百円様なんてのに興味は失っていくもんなんだけど、成長しないやつはいるもんで。
高校生にもなって、五百円様をやろうやろうって言う娘がいてさ、ほら、時々いるじゃん、霊感少女みたいな娘。普段から、赤い女の子が見える、って言ったりとか、通学路にある廃墟の横を通り過ぎる時に、ここ気持ち悪い、って吐きそうになってたりとか。
君たちのとこにもいなかった、そういうやつ? いや、虚言癖って感じでもなかったな。自分でもそれを信じこんでいる感じだった。結構精神的には不安定な娘だったんじゃないかな、今思うと。
いじめられたりはしてなかったよ、むしろ同性のファン、取り巻きがいたくらいだ。その取り巻きと一緒に、その日の放課後も、五百様をやろうっていって教室の片隅でわいわいやってた。こっちは友達とだべりながら、ああまたやってるな、って横目で見てたんだ。
今日は五百円様に何を訊くかって話題で盛り上がってて、取り巻きの一人が「○○山の事件の犯人を訊こう」って言い出して。不謹慎な話だけど。
あ、その事件を知らない? 当時、かなり話題になったんだけど。〇〇山で、女子小学生の死体が発見された事件。テレビ新聞では伏せられてたけど、週刊誌からの情報で死体がかなり猟奇的だって騒ぎになった。性的暴行の痕跡があったとか、腕一本しか残ってなかったのか、噂も含めて色々。
その事件の犯人が誰なのかを訊こうって話で、さすがの霊感少女もちょっと躊躇してたけど、周囲の熱気にあてられたような感じで仕方なく、同意してた。
……そんなわけないだろ。
いきなり犯人の名前を訊くようなことしてたら、霊感少女はファン獲得できてないよ。エンターテインメントが分かってない。
こういうのは徐々に、徐々にだ。
「犯人は生きていますか?」
「はい」
「犯人は日本にいますか?」
「はい」
「犯人は北陸にいますか?」
「はい」
「犯人はこの県にいますか?」
「はい」
ここまで来ると、取り巻きたちは悲鳴を上げて、教室にいた他の生徒もその五百円様を気にするようになっていた。いつの間にか五百円玉はかなり暴れていて、紙を置いていた机が揺れてがたがた音を立てていた。
「犯人はこの町にいますか?」
五百円玉は揺れに揺れ、指を添えている参加者たちに悲鳴を上げさせながら、
「はい」
その頃には、霊感少女はすごい顔をしてたなあ。真っ白い顔に脂汗を浮かべて、歯を食いしばってた。
で、そこで、これまでと違って、霊感少女じゃなくて取り巻きの一人が叫んだ。
「犯人はどこにいますか?」
多分、五百円様をさっさと終わらせたかったんだと思う。明らかに怖がってたから。だったらさっさと打ち切ればいいのにって今なら思うけど、当事者はそんな風には思えなかったんだろうな。
すごい顔でその取り巻きを睨んでたよ、霊感少女。
これまでとはレベルが違う揺れ方をしてたな、五百円玉。ぎゅいぎゅい聴いたことない音立ててさ。紙もところどころ破れてた。
その時には教室にいた生徒がみんな、その紙を取り囲んで固唾を飲んで見守ってたね。
それで、五百円玉が、
「こ」
次に、
「の」
次に、
「き」
そこで、ばきっ、って音がして、
一瞬何が起こったのか分からなかったけど、窓ガラスが割れてたんだ。五百円玉が激突して。そう、すごい勢いで五百円玉がはね飛んだらしくて。
見たら、机の上で紙は完全にずたずたに破れてて、霊感少女は指を押さえてうずくまってた。
折れてたんだ、指。
大騒ぎになった。見てただけなのにこっちまで説教食らったよ。五百円様は絶対禁止だって学校は騒いだ。まあ、騒いだところでもうやる奴なんていなかったから意味ないけどな。取り巻きは全員怯えきって、半数は不登校になっちゃったくらいだから。
ああ、その霊感少女?
次の日には首を吊って死んでたよ。