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花に水を  作者: ichi
3/4

天狐と鈴

あれから数ヶ月

城下に行けば人も多い

そうすれば探している男の情報も何か見つかるかもしれないと

そう思って目的地をそこへ絞って歩いていた


「すまない」


休憩に寄った蕎麦屋で一服した後

店の女性に声を掛けた


「はい、如何なさいましたか?」


「この辺りで、不穏な噂などお聞きした事はないか?」


「不穏な動き…でしょうか?」


「はい」


女性はしばらく考えるそぶりをして

はっとしたように目を大きく瞬かせて言った


「そういえばこの間、私もののけを見たんです」


「もののけ…」


「ともえ、その話はもう良しなさいと言ったではありませんか」


もののけという言葉を聞いて

隣に座っていた鬼がぴくりと動いた


「でも、お母さん、私本当に見たの」


「もののけなんてこの世にはいないよ。そんな作り話のようなもの、良い歳の娘が信じてどうするんだい。旅の人、ごめんなさいね。うちの娘、ちょっと変わってるんですよ」


「お母さん!」


話を聞いていると

どうやらこの娘の母はもののけを全く信じていないようだった


その後、その場で詳しく聞くのは辞めにした


「若、どうやら噂は本当らしいの」


「ああ」


あてもなく、この蕎麦屋に入ったわけではなく

少し前、道を行く行商人からある噂を聞いていた


もう少しした先にある蕎麦屋の娘がもののけを見たらしいと

そして、そのもののけはこの村に昔から伝わる神の化身だという事も


「しかし、だな。もののけと追ってる男は別物なのだろう?お主には関係のない話だ。時間がないのであれば、先へ急ぐべきでは」


「いや、それを決めつけるのはまだ早い」


「…その男がもののけと契りを交わしている可能性があるという事か?」


「なきにしもあらずだ」


「面倒な話だ」


席を立ち、勘定を済ませる際に

娘に聞いてみる事にした


「さっきの話だが、誠なのか?」


「え?」


「もののけの話だ」


「あ!それは…っ」


「時間が空いた時でいい。少し、その話を聞かせてくれないか」


そう言うと、娘は母に見つからないように小さく頷いた









「お兄さんは、陰陽師の方なのですか?」


「ただの旅人だ」


「では、どうしてこのような話に耳を傾けたのですか?」


「その話に興味があった、それだけだ」


冷たく言ったつもりはなかった

だけど、そのやり取りを一部始終見ていた鬼が俺に言った


「若はほんとに冷たい。若い娘ではないか、少しは優しくせぬと誰からも好かれぬぞ」


煩い、と言いたかった

だが、この娘がいる手前、そんな事はできはしない


「どこから…お話したらよろしいのか…」


「無理はしなくていい。話せるところから、少しづつ話してくれれば問題はない」


「分かりました…」


娘はそう言うと、思い出すようにぽつりぽつりと話し始めた









「あれは、ほんの数日前の事です。片付けをして、水を汲みに川へ向かった時でした。誰もいないはずなのに、ぽちゃんという音が聞こえて、私はその音の方へ顔を向けてみるのですが、やはり誰もいなくて。早く水を汲んで戻ろうとした時にまた、ぽちゃんと聞こえたんです。それで、怖くなって私、急いで家へ戻ろうとしました。その時、ふっと後ろで風が吹いたんです。後ろ髪が揺れたので、結構な風だったと思います。それから私、驚いてとっさに後ろを振り返ったんです。そしたらそこに、奇妙な女の人が立っていて…」


「奇妙、とは」


「耳が、生えていたんです。それから…尻尾も」


「天狐だな」


鬼が横でぽつりと呟いた


「色白の、美しい女性でした。だけど、そのなりからしておかしい事に気付いて、私はそのまま逃げ去りました。その翌朝、母に言っても信じてもらえず。父は笑うばかりで。だけど、唯一祖母だけが話を聞いてくれました…」


「祖母は、何と」


「それは狐の神様だ、と仰っていました。この村には昔から狐の神様が守護してくださってるって。今は忘れられがちだけど、昔の人たちはもっと信仰していて、年に一度は政も行われていたって言っていました」


「どうしてそんな大事な政が忘れらてしまったんだ?」


「それが、一度この村に帝のような高貴な服を着た方が数人のお供を連れて訪れたようなのですが、その際に守護様にお祈りされた後、この村の守護神は狐様ではないと仰せられたそうなのです。その理由を知る者は誰もおらず、村人も城主様の言葉に逆らう事など出来ず政も禁止されてしまったそうです」


娘はそう言うと、静かに俯いてしまった

そんな娘の様子を見て嘘をついているようには思えなかった

そして、探している男がこの問題と関係がない事も


「あの、お兄さんは本当に陰陽師様ではないのでしょうか?根掘り葉掘り聞くつもりはありません。ですが、この話に興味を持ってくださっただけでも、私、嬉しいんです。あの日、あのもののけを見て、身が震えるほど怖かったのは確かです。けれど、どうしてか心が虚しいような気持ちになりました。そして、祖母の話を聞いて、救ってあげたいと、そう思ったんです。その方がどうして政を禁止してしまったのか、それは分かりません。きっと、なんらかの理由があったのでしょう。ですが、その理由も知らずに禁止にして、祀る事も忘れてしまった私たち村人も同罪だと思うのです。どうか、手助けをして頂けないでしょうか?」


娘の瞳が強く訴えかけているのが分かった

娘には見えない、一緒に話を聞いていた鬼を見ると

彼はいつものように両手を上げてため息をついた










「不便な事があれば、なんなりとお申し付けください」


「お構いなく」


あの後、娘の家の一室を貸してもらう事になり

その全てを娘が用意してくれた


「…あの」


「なんだ?」


「ありがとうございます。陰陽師だと勝手に決めつけて、関係のないお兄さんを村の事に巻き込んでしまいました」


部屋を出る間際、娘はそう言うと深々と頭を下げた


「一つだけ、忠告しておく」


「あ、はい」


「俺は、陰陽師でもなんでもない。ただの、旅人だ。だから、話を聞く事くらいはできる。だが、それ以上の事は望まないでほしい。部屋を借りてまでして、こんな事を言うのも申し訳ないが…」


「心得ております。お兄さんには、ご迷惑のかからないように致しますので」


そして、そう言うと娘は静かに襖を占めた


「確信犯だな」


「なんだって?」


「あの娘はなかなか頭が良い。あの言い方だと、はじめから若を巻き込むつもりだったのだろう」


「そう、なのか?」


「まあいい。それはそうと、どうするのだ?追っている男が狐と契りを交わしているとまだ思っておるのか?」


鬼が言った確信犯と言う言葉に違和感を感じていたが

話を進めたまで、付き合う事にした


「関係のない話だと、思った。だが、あの娘の話を聞いていると、どうも全く関係がないような気もして…」


「若、この件はもののけではない。きっと、この村の守護神は天狐だろう」


「さっきも、そのような事を言っていたな。天狐とは、なんなのだ?」


「天狐とは、狐の仙人みたいなものだ。千里眼を持ち、物事を見透かす能力があると言われている。その上をいくのが空狐だ」


「空狐?」


「そう、天狐は千歳を超える老狐。空狐は三千歳を超え、神通力を自在に操れる最強の大神狐と言われている。天狐から、さらに二千年という長い年月を生きた善狐が空狐に成る」


「本当に陰陽師になった気分だな」


鬼はさらさらと言葉を連ねた

聞いたこともない言葉に、更に頭を唸らせる


「すると、その天狐っていうのが娘の見たもののけというものなのか」


「私はそう思う」


その日は、娘が用意してくれた部屋で眠り

明日になったらどうしようか考える事にした

寝る手前、時間がない割にそういう事に首を突っ込む若は、とても人間らしいと言った


この鬼は人でもなければ神でもない

もののけだ

だが、もののけはどこから生まれてくるのだろうか

もののけにも親はいるのだろうか

なんて考えている間に、俺のまぶたは重くのしかかり眠りについた











「守護神様が祀られている神社は今もあります。この道をずっと道なりに進んで行けばわかると思います」


朝起きて、娘が朝餉を用意してくれた際に聞くと

そう言って神社の場所を教えてくれた


「私は今日、店の番がありますので、それが終わり次第ご一緒させて頂きます」


襖が締められたのを合図に、鬼が言った


「その、高貴なそうだという者がもののけに取り憑かれた可能性はあるのではないか?それこそ、陰陽師の者かもしれぬ」


「俺もそれは思っていた。でなければ、よっぽど狐嫌いかどっちかだろう」


「あとは、お主と同じように鬼と契りを交わしているか」


「鬼と?」


「なんだその目は」


鬼と契りを交わしてるのであれば

そのような行いをしてしまうのか?

でも、俺は今までそのような事をした事はないし

しているつもりもない


「お主の場合、交わした鬼が良かったと何度も言っておるであろう。まだ分からぬのか」


「確かにお前はもののけのわりに、ふざけている」


「ふざけていると!?」


「でも、その可能性もあるかもしれない」


1人考えていると

目の前を鬼が道端の雑草を踏み荒らしながら歩いていくのが見えた












「着いた」


娘の言う通り、道沿いを歩いて20分経った頃だろうか

言っていた神社が姿を現した

娘が言うには、政はもうずっと行われていないとの事だったが

娘の親も知らず、祖母が知っているという事は、おそらく祖母も若き頃の話の事だろう

そうなると、約六十年誰も来ていないという事になる


「これは、天狐が化けて出ても無理はない」


「手入れぐらいは、してもいいと思うのだが」


昔は村の守護神だと祀られたであろう神社の姿は、見るも無残な姿に荒れ果てていた

木や草は生え茂り、落ちた枯れ葉は手入れされる事もなく境内一面に広がったままだ

奥を見れば、なんだか薄暗く不気味な雰囲気が漂っている


「あいにく俺は陰陽師みたいな技は持っていない。お前は、何か感じたり見えたりするのか?」


隣に立ち、唖然と眺めたまま立ち尽くす鬼を見て言った


「若、出直そう」


「え?」


「とにかく、一度戻るんだ」


そう言ってすぐに、鬼は元来た道を引き返しはじめた


「鬼…?」


その時、後ろでひゅうと風が舞った気がして振り返ると

手前に鈴が落ちている事に気がついた


「鈴?」


引き返しもせず、その場で立ち尽くす俺を見て鬼は遠くから再び俺の名を呼んだ













「それじゃあ、今日は境内には入らなかったのですね」


「入ろうと思ったんだが、どうも様子がおかしい気がして。それよりも、あそこは誰も手入れなどはしていないのか?政はなくとも、お参りに来る者などはいるだろう」


「それが、私も祖母の話を聞いて初めて知ったのです」


「なんだって?」


蕎麦屋に戻り、娘がどうだったかと聞いてきた

答えられるような事は何一つできなかったが、神社の様子だけは伝えておこうと言ってみたものの

娘は今の今まで神社の存在を知らなかったという

確かに、ここからは少し離れてはいる

神社の周りには何もなく、あの辺りで用がない限りは知らないのも無理はないのかもしれない

だが、昔は守護神だと祀られた神社だ

知らないとは言え、誰も手入れもせず放置しているというのは、やはりおかしいのではないかと思った


「娘、その、祖母は今どこに?」


そもそも、娘の言う祖母は何処にいるのか不思議になった

話には出てくるものの昨日から全く姿を見ていない

娘にそう問うと、また昨日のように寂しそうな顔をした


「祖母は、ここ最近調子が良くなくて…ずっと寝込んでいるのです」


「そうか…すまぬ事を聞いた」


少し、土足で入りすぎたか

娘は寂しそうな目で俺を見た


「いえ。気になさらないでください。本当なら、祖母から色々話を聞いた方が良いのかもしれませんが、そうも出来ず…」


そう言うと、持ってきた急須からお茶を注いだ

注がれたお茶が、ゆらゆらと揺れていた


「あの時間帯じゃ、よく分からない。もう一度、日が沈んでから行ってみようかと思っている」


「それなら、私もご一緒させてはもらえませんか?」


「それは、辞めておいた方がいいだろう。時刻も時刻だ、若い娘が出ていい時間ではない」


「私にはお兄さんがついております。それでは駄目なのでしょうか?」


また、この瞳だ

この目力には、どうも弱い










結局、娘を連れて再び神社へ行く事となった

娘にはまだ仕事が残っているからと、それまでは部屋で休ませてもらう事にした


「この鈴。風が吹いてから落ちてたような気がするんだが」


「若は、相当好かれているようだな」


しばらく姿を見せていなかった鬼が突然俺の前に現れたかと思うと突拍子もなくそう言った


「なぜそう思う」


「今少し、辺りの様子を見ていたんだが、先程あの娘と母親が話しているのが聞こえてきた。今夜も泊まるという事を懸命に説得していた」


「そうか…」


「そうかとは」


「そうかはそうかだ。そんな事に興味はない」


「お主が冷たい男だというのを忘れておったわ…して、その鈴はどうしたのだ?」


鈴を片手に考え事をしていた俺の横に座ると、鬼はその鈴を指差して言った


「あの神社に落ちていた」


「不穏な空気を漂わせておる。そいつは、その天狐と関係のある物かもしれぬな」


あえて触れずに指を指して言ったのには、そういった理由があったからだろう

鬼はそう言いながら、眉間にしわを寄せていた


「あの時、帰ろうとしたら風が吹いたんだ。そしたら、この鈴を見つけた。鬼、どうしてあの時出直した方が良いと思ったんだ?」


一瞬、鬼の目が泳いだ気がした


「天狐は、千里眼を持っている。あらゆるものを見通す力があると言われているが…我は鬼だからな。もはやこの村に近づいた時点でバレてはおるだろうが、少々面倒だと思ったのだ」


「面倒?」


鬼はそう言うと、ふすまの先に目を向けてから、話を続けた


「あの娘には恐らく、天狐がついておる」


「なんだって?」


「天狐は娘に気付いてもらおうと近づいたが、娘の力だけではどうにもならぬ事を感じ取ったのだろう。そこで、偶然にも通りかかった若にも協力してもらおうと、娘の体を使って導いた。そしてその横に我がいるのを知って尚の事だ。お主、どうも娘の目に弱いように見えたが、それは天狐の技だ」


「まさか、そうだったとは…」


どうもあの目には弱いと、自覚はしていた

だが、原因がそれだと気づくと少しほっとしたような気がした


「若もまだまだだの」


「俺は陰陽師じゃない。そんな事気付くわけがないだろう」


「心配はない、天狐は善狐だ。騙したりする事はない。ただ、我は問題外だろうがの」


「因縁でも…あるのか?」


「因縁なんかではない。向こうが勝手に敵対視しておるのだ」


「まさか、一度引き返した理由って」


「すまないが、面倒な事にはあまり関わりたくないのだ」


鬼はいつもに増して早口でそう言った

本当に、関わりたくないのだろう

だが、天狐が助けを求めているのであれば助けないわけにはいかない

それに、この村の守護神だというのであればそれも放っておくわけにはいかない


「天狐はずっとあの娘に取り憑いているのか?」


「恐らく今は、大丈夫だろう。我が今お主に話した事は、あやつも存じているだろうからな」


それから数分後、ふすまの奥から娘が声を掛けた

心なしか、娘の目に宿る光が落ち着いたように感じた








「あれ、お兄さん。鈴をどこかに付けておられますか?」


「これか」


神社で拾った鈴を見せると、娘は狼狽してそれを手にした


「これ、私が幼き頃に髪を結う時に必ず付けていた鈴です」


「しかしそれは…」


「見てください。私のであれば、ここに小さく名が刻んであるはずです」


娘が指差した先には

小さく「ともえ」と書かれていた

そういえば、初めて店に寄った際、母親がそう呼んでいた事を思い出した


娘は鈴を手に取ると

小さく揺らした

虫の音しか鳴かないような静かな場所に

りん、と小さく鳴り響いた


その時だった

いつの間に辿り着いていたのか目の前には昼に見た鳥居が姿を表していた

その鳥居の奥から大きく迫りくる気配を

その時ばかりは陰陽師でもない俺にも感じる事ができた


「来る」


そして、鬼がそう言った瞬間

目の前に空気圧のようなものを感じ、目を閉じた

その目を腕で覆うほど強いものを感じ、咄嗟に腰に添えていた剣にも手が行く


「やはりお主であったか」


鬼の声が聞こえ、恐る恐る目を開けた


「久しぶりだのう、羅刹。お主、しばらく見ぬ間にそのような小僧と一緒におるようになったのか」


「契りを交わしたからの」


「ほう、そのように。それで、その少年に移ろうと思うても移れのうなんだのだな」


「お主、やはり若を気に入っておったのだな」


「やはり、とは?」


「お主が若のような者を好く傾向にある事くらいは知っておる」


「綺麗な顔立ちをしておるからの、お主とは違って」


「もののけに綺麗も糞もないわ」


「そんな事はないぞ?桂男は絶世の美男子だと言われておるではないか」


「桂男だと?あの男のどこが絶世の美男子だと言うのだ。ただのへろへろもやしではないか」


「まあ、お主とは真逆ではあるな」


天狐はそう言うと笑った

もののけでも笑うのか、と思ったが

よく考えてみればこの鬼は笑うどころか喜怒哀楽がある上に表情まで豊かだ


「あの、お兄さん。今、一体どうなっているのでしょうか?」


娘には目の前の出来事が全く見えていないようで

だが、ただならぬ空気は感じているのか、その目は怯えていた


「俺もどうしようか迷っていたところだ」


「迷う?」


ただならぬ空気といえば、そうなのであろう

だが、いつまでもおしゃべりをしているわけにはいかない

娘の様子を見て、その場に終止符を打つ決意をした


りん、と再び鳴らすと

天狐と鬼は話を止め、こちらを見た


「お主と話しておったら余計な事まで話してしまうわ」


「それだけ仲が良いって事ではないのか?」


「よく言うわ。お主が私の事を毛嫌いしておる事くらいは耳にしておる」


「それなら話は早い」


その瞬間、再び風が舞った

神社全体を包み込むような竜巻が起こり

娘の体を急いで支えた


「風で、前がよく見えない」


「一体何が…」


娘の体はガタガタと震えていた

あの天狐が娘に取り憑いていたと言ったら、娘は気絶してしまうのではないかと思った


「して、天狐よ。お主が怒る気持ちは分かる。あの娘に憑いていたのも、あの娘の前に現れたのもお主なのであろう。あの娘を利用して、ここを蘇らせようとしたのか?」


「それだけであれば、お主たちに気付いてもらう必要はない」


「…となると、やはりあの話が関係しておるという事だな」


「羅刹、何かを知っておるようだの」


「詳しくは知らぬが、昔ここへ訪れた高貴な姿をした者が訪れたらしいではないか。そやつが、お主の存在を否定したのであろう?」


「天狐」


目の前で天狐と鬼が話しているのを見ていて

気づいた事があった


「村人は身分の高い者にに言われてしまえば、それに従わざるを得ない」


「そのような事、人間の最もよく口にする言葉よ。我儘で、自分勝手な人間の、特徴ではないか」


「確かに、その通りだ」


風は尚も強さを増し、一人で娘を支えるのがきつくなってきた俺は、鳥居の後ろに娘を座らせた

娘の体はまだガタガタと震えたまたまで、一人にしておくのも危険だと思い震える手を合わせてやり、娘に一言だけ呟いてやった


「人間は我儘で自分勝手な生き物だと、俺も思う。それに、俺もそうだと思う。しかし、言われるがまま今まで行ってきた事を全くなしにしてしまうのは、俺はどうかと思う。人は我儘だからこそ、規則に従う者とそうでない者がいる。戦で従う者もいればそうでない者もいる。そうなるのが、普通だと思う。俺は、この村に来たばかりだが、皆優しくて、身分の高い者にに言われたからと、今までの伝統でもある政を全く無かった事にするような人達ばかりではないと思った。鬼、お前は先程その者が関係していると言ったな」


鬼を見ると、俺を見下ろしながら小さく頷いた


「天狐、そいつがもののけに操られていると言う可能性はないのか?」


「なくはない話だ。しかし、あの時は操られておるとは感じなかったの」


「では、そやつとやらは一旦こちらで預からせてもらう。神社については、そこの娘に俺から頼んでみる。それでどうだろうか?解決はできていないが、この場所を守る事は可能だ」


そう言った後、娘の方を向くと

娘は俺と目が合うと小さく頷いてからこちらに駆け寄って来た


「今まで、何もできなくてごめんなさい‼︎ここの村は…この村の人達は、皆本当にいい人達ばかりで…小さい村だから、皆家族みたいで…支えながら生きているんです。神様からしたら、私たち人間なんて、本当に我儘な生き物だって思うのかもしれません。だけど、裏切れないんです。裏切って、誰かが傷ついてしまうかと思うと、何も出来ないんです。だから、どうか村の人達を傷つけないで下さい。お願いします!私、頑張ります。ここの神社の事、調べ直して、綺麗にして、政も再開できるように話してみます!それが、反逆者だと言うのであれば、私は本望です。神様をこのように粗末にしてしまった罰は、私が受けます」


「なんと、まあ…」


「天狐、どうだろうか?この娘の願い、受けてはくれないだろうか」


「どうするのだ?」


天狐は、一瞬消えたかと思うとすぐに俺たちの目の前に現れた


「この娘は、私が思っておったよりも強かったようだの」


そしてそう言うと、俺の方へ目を向けた


「この村の事は私が1番知っておる。その鈴の娘に知ってもらえて良かった」


「天狐」


「分かっておる。天罰など下さぬ。私はこの村の守護神だからの」


天狐はそう言うと、風と共に姿を消した

それと同時に、立つ事だけで一生懸命だった娘が崩れ落ちた


「少し、荷が重かったか」


「若も大胆な行動に出たもんだ」


「だが、解決したわけではない」


「お前の人生の課題、増えてしまったではないか」


「これくらいの課題、楽勝だ」


天狐が鬼と空に舞い上がった時

ごうごうと吹く風の中

境内の外には被害のないよう境内の中で治るように風を操っていた

その姿を見て、村人の事をよく理解しているのは天狐自身だと気付いた


「して、どうやって娘にあのような行動力を与えてやったのだ?それまではガタガタと震えて何の為について来たのか分からぬような者だったものを」


「鈴だ」


「鈴?」


「あの鈴に触れた時、不思議な記憶が俺の頭の中を巡った。幼き自分が、戦さ場で生きる場所を失い、生きる道さえも閉ざされてしまったところを、誰がが救いの手を差し伸べてくれた。それが、あの娘にとって天狐だったのだろう。あの娘は幼き頃に天狐に救われているはずだ。記憶は定かではないが、そんな気がした。だから、そう伝えたんだ。幼き頃にお前を救ったのは天狐だと」


「なるほどのう」


娘を抱き、蕎麦屋へ向かうと

娘の母と父が灯りを持って外で待っていた












「本当に、ありがとうございました。お兄さんがこの蕎麦屋に寄ってくださって、良かったです」


「そのきっかけをつくってくれたのは、お主だ。俺はここに来る手前、商人の男からもののけを見た蕎麦屋の娘がいると聞いて、興味があって立ち寄っただけだ」


朝餉を用意してくれた娘にそう言うと

娘はぱちくりさせていた


「隠さず、声に出して口にすると言うのは大事なのだと学ばせてもらった」









朝餉を貰った後、村を出た

娘は俺の姿が見えなくなるまで見送ってくれていた


「若の事だ、少しは手伝っていくのかと思っていたのだが」


「そこまでするほど俺は優しくはない」


朝になると、祖母が起き上がって仏壇の仏を一生懸命磨いていたと娘から聞いた

驚いたが、祖母の寝込んでいた原因は天狐とも関係があったのかもしれない


「あの婆さん、帰り際に若を見て手を合わせておった」


鬼はそう言うと、それを聞いて思わず笑ってしまった俺を見て目を丸くした


「お主、笑えるのか」


「いや、俺も自分で驚いた。陰陽師でもないのにおかしなもんだと思って」


天狐

三千年以上生きてきて

きっと、人間の醜い姿も沢山見てきた事だろう

それでも、村に被害のないようにする姿や、娘の体が持たぬと思えば離脱するその姿は、本当にこの村の守護神なんだと思った


「もののけにもあのように綺麗な者がおるのだな」


「そのような事言ってしまうと天狐がついてきてしまうぞ。あやつはお前が気に入っておるからの」


あの娘に救いの手を差し伸べてくれた者がいたように

俺の手に救いを差し伸べてくれたのは、間違いなくこの鬼だ

もののけに取り憑かれていると、そういう者もいるだろう

だが、それでいいと誓ったのは俺自身だ

この身を食うのがこやつであればそれはそれで本望だ

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