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花に水を  作者: ichi
2/4

さくら

微かに甘い香りが鼻をかすめる

まだ少し寒さは残るが、季節は春を迎えていた


「ちょっと、休憩していかないか?」


「していかない」


「桜は、満開だが?」


「だからどうした」


「我は、お腹が空いた」


「さっき蕎麦を食べたばかりだろう」


そんなやりとりをしていると2、3歩後ろの方で鬼の泣き叫ぶ声が聞こえた


「相変わらず冷たいんだな若は」


いちいち言い返すのも面倒で

その答えに返答せずに歩いていると

今度は俺の横にやってきて言った


「花見は良いものだ。そこで団子を買って少し休もうではないか」


「お前、鬼のくせにほんと平凡な事が好きだな」


「それは偏見だなあ。鬼だって、皆眉間にしわ痩せてるような奴等ばっかりではないぞ?」


「…だろうな」


お前を見ていれば分かると思いつつ

とうとう団子屋の前まで来てしまった

横で喚く鬼の事など無視をして通り過ぎようと思った

だがその瞬間、都合の良いように俺の足は急に自由が効かなくなった


「おい」


そして、こういう時は立場が逆転する


「お前、良い加減にしろよ。どれだけお前のわがままに付き合えばいいんだよ」


それでも俺の足はいう事をきかない

動かそうとしても動かないのは承知の上で

気持ちでなんとかならないかと試してみるものの無駄で

いつまでもこうしているわけにもいかず


「…分かったよ。一本だけだ、食べ終えたらすぐ城下へ行く」


渋々そう言った途端

俺の足は急に自由がきいて、それまで一生懸命動かそうとしていたばっかりに、はずみで前へ転んでしまった


そんな無様な俺の姿を見て、鬼は笑った










鬼の姿は俺にしか見えない

たまに、子供で見える奴もいるみたいだが未だ出会った事はない

だから、独り言をぶつぶつ言うわけにもいかず

俺はいつも折れるしかない


「やはり花見は最高だな。これで酒があれば尚良し。時間もあればもっと良し、なんだが」


「さて、行くか」


団子を食べても尚ゆっくりしようとしている鬼を尻目に

俺は腰を上げた


「もう行くのか?」


「時間がない」


「時間なんか気にする必要はない。もう少しゆっくりしてもいいのではないか?」


案の定、鬼はそう言って俺を下から見上げながら手招きした

その姿は、駄々をこねる子供のようにも見えた


「俺の寿命は決められている。それまでに、俺はあいつを見つけなくてはならない」


「若、その気持ちは分かるのだが…」


「お前に俺の気持が分かるのか?」


尚もゆっくりしようとしている鬼に腹が立った


「お前は、今までいろんな奴と契約してきたんだろ?俺はその一部にすぎない。そして、俺がいなくなった後もお前はまた誰かと契りを交わす。そうして記憶はどんどんと薄れていく。そんな生き方のお前に、俺は…」


そこまで言いかけた時

ある記憶が蘇った


それは、あの男が母さんを殺した後に俺に言った言葉だ


「俺は俺の道を生きる。その道に邪魔な奴がいれば切り倒すだけだ」


俺の気も知らないで、やりたい放題の鬼に腹が立っていた俺はやけになっていた

だけど、その事を思い出して言葉をなくした


「若?」


「悪い。少し言いすぎたかもしれない」


先を急ごうとしていた足が止まってしまった

それと同時に、鬼が俺の顔を覗き込んで言った


「若。我は契約する前に言ったはずだ。契約するなら後悔はしないと。今の言葉を聞いてるとまるで我が懇願したようにも聞こえる。けど、まあ、全くお主の気持ちが分からないわけではない。私は鬼だが、人間のお主が、どんな気持ちで私と契約したか、深い心情まではさすがに分からない。でもその心意気は分かる。必死なのも分かる。だが、我はお主が焦れば焦るほど自らの命を削ってるように見える。相手も人間、焦らなくても勝手に消えたりはせぬ」


そう言うと、鬼は俺の横ですくっと立ち上がった

静かに見上げると、鬼は俺を見て笑った


「変わった鬼だ、お前は」


「慰めたつもだったんだが?」


変わった鬼だ

普通なら、こんな俺なんかすぐに食べてしまいそうなものを

この鬼はそう言って笑う


「若、覚悟しておくんだ。我はいつかお前を食らう。その時は美味しく食方でやる」


「ああ、分かっている」









鬼と契りを交わした時

俺は4歳だった

母さんを突然亡くし

途方に暮れていた

初めは泣くことしか出来ず

ひたすら泣いていた

だけど泣いたとろこで何も変わらない事に気づき

あてもなく歩いた

歩いて歩いて歩いた先にたどり着いたのが

一つの祠だった

その祠には、子供1人隠れそうな穴が開いていて

俺はしばらくの間そこで過ごしていた

そしたらこいつが現れたんだ


「我の祠に許可もなく住んでおる者がいるな?そなたは誰ぞ」


穴からは声の主の足しか見えなくて

その足は真っ白く、一瞬もののけなんじゃないかと思った

恐怖心と好奇心が入り混じり、吐きそうになる気持ちを抑えながら俺はおそるおそる穴から覗き込もうと身をかがめた


「お主、私の姿ば見えるのか?」


覗き込んだ瞬間

鬼が俺よりも先に覗き込んできた


目が合った

その瞬間

体全体の血の気が引くのが分かった


鬼は真っ白な肌に真っ赤な血をべったりと張り付けていた

まだ、血の色が鮮明で真新しさを感じる


「これが気になるようだな。今、人間を食ろうて来たところだ」


そして、そう言うと鬼は自身についた血を指で拭って舐めた


「お主も食ろうてやろうか。しかし、契約するなら話は別物」


「けい、やく?」


怖さのあまり

鬼の発せられた救いの言葉に縋り付くしかなかった


「笑と契約するのであれば、その命、伸ばしてあげましょう」


そして俺は、契約の道を選んだ

4歳だった俺は、正直あまり考えてはいなかったと思う

だけど、今はそうして良かったと思っている


どうせ食べられる命なら

自分がどうなってしまおうと、仇を打ちたいと思った













「おい、鬼」


「はい?」


「お前はあの時、本当に人間を食べてきた後だったのか?」


「あの時とは?」


だんご屋を抜け、城下までの道中

前を歩く鬼の後ろ姿を見ながら俺は問いかけた


「若、いきなりあの時と申されても、どの時の事なのか解りかねる」


「俺が、お前と契約した日の事だ」


「ああ…」


そう言うと、鬼は少し間を置いてから言った


「どうして今更そんな事を聞くのだ?」


「お前は、俺が思っていた鬼とは少し違う。さっきもそうだが、普通はこんな俺なんかすぐに食べてしまっても構わないはずだ。それなのに、お前は俺を慰めるような事を言う。おかしなもののけだ」


「覚悟はしておくんだと言ったはずだ」


「答えになっていない」


「どうしてそんな事を今更聞きたがのだ。私は鬼なのだから人間を食らう。それは、当たり前の事だ」


俺はこの鬼と出会ってから14年が経つ

初めは生き抜くために必死で考えた事もなかった

でも、時が経つにつれて、この鬼の事も知るようになり

感じた事がある


あの日以来、俺はこの鬼が血塗れになっているところを一度も見た事がない


俺の知らないところで、人間を食べていたとしても


不思議とこの鬼には恐怖を感じない

それは、慣れなのかもしれない

だけど、それ以上にこの鬼がそうしている姿が想像できなかった


「若、お主は私を買いかぶりすぎだ。私の事もそうだが、あまり人を信用するではない」


そう言って振り返った鬼の顔は、しっかりと俺を仕留めていた


そしてその後、ふと視線を下に下ろして言った


「それで、さっきから付いてきてる童はどうするつもりなのだ?」


気づいていなかったわけじゃない

ただ、なんとなく振り払える気はしていたんだが

そうもいかないようだ

鬼の言葉に俺は振り向かざるを得なくなり、身をかがめた


「お前、道にでも迷ったのか?それとも、迷子なのか?」


振り向いた先にいた子供は、4、5歳程の娘だった


「違う。お兄さん、鬼さんと一緒にいるから。何処かへ連れ去られるんじゃないかと思った」


「え?」


そう言って振り返ると

振り返った先にいた鬼が両手を上げてため息をついた













「お兄さん、どうして鬼さんと一緒にいるの?」


「それは…」


「童よ、好奇心だけで行動するとろくなことがない。もう少し頭で考えて行動するのが良いぞ」


「童じゃないもん。私、さくらっていうの。童って言わないで」


「分かった。さくら、と申すのだな」


近くの寺に立ち寄った俺たちはさくらと名乗る娘の話を聞く事にした


「お兄さん、鬼さんなんかと一緒にいたら、お兄さんも鬼になっちゃうよ?」


「さくら、ありがとう。だが、俺たちは一緒にいなくちゃならないんだ」


「どうして?お兄さんも、鬼さんなの?」


「俺は、人間だ。だけど…」


そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ

俺は今はまだ人間だ

だけど、鬼と変わらない思っているのは事実だ


恨みを晴らしたら

俺は、人だと名乗れるのだろうか


母さんを殺されて

仕返しをしたいと願った

だから、鬼とも契りを交わした

それは、あの時の俺の生きる希望でもあった


恨みを晴らして

仕返しをして

人を殺して


それで、気持ちは晴れるのだろうか

憎しみは、また憎しみを生む

その繰り返しだ


俺が仕返しをしたいと願うあの男にも

家族はいる事だろう


そうすれば

きっと俺はその家族からは怨まれる事になる


果たしてそれが

俺の道なのだろうか

俺は結局もののけと変わらないんじゃないだろうか

その思いが、ずっと頭の中を漂わせている


「さくらよ。我が見えるのだな」


「うん、見えるよ。どうして?」


「珍しいものだ」


「鬼さん、もののけだから?」


「普通は、そう簡単に見えるものではない」


「さくら、特別なのかな」


「ある意味特別なのかもしれぬ」


2人の会話を聞いて俺は空を見上げた

少し、日が落ちかけている


「さくら、家は近くなのか?」


「うん、すぐそこだよ」


さくらはそう言うと、指先で家を示した

その指の先には、田んぼや畑に囲まれた家がぽつんと建っているのが見えた










「お母ちゃんただいまー」


さくらが元気に扉を開けると

優しそうな母親が姿を現した


「おかえり。おや、そのお方は?」


「さっきそこで会ったの。お兄さん、鬼さんとー…」


「すみません、俺が声をかけたんです。そこの桜の木の下で花見をしていたら、この子が1人でいるのを見つけて」


鬼の事を言いそうになったさくらを、すんでのところで食い止めた

母親は急に捲し立てるように話し出す俺に少し驚いていたようだったが、さほど気にする様子もなく言葉を返した


「…ああ、そういえばさくら、花見がしたいって言ってたね。ごめんね、母ちゃんもう少し足が自由だったら…」


「お母ちゃん、大丈夫だよ!さくら、お母ちゃんと一緒に花見ができるように、桜の枝取ってきたの!」


さくらはそう言うと、ほらと母親に桜の枝を見せた


「おやおや、勝手に折ってきたのかい?」


「うん、だめ…だったかな?」


「だめじゃないよ。ありがとね、さくら」


そう言って、母親はさくらの頭をふわりと撫でた

母親は足が悪いようで、右足を引きずりながら家事をやりくりしているようだった


きっと、さくらもそのお手伝いをしているのだろう

これ以上長居していると、情が出てきそうだった


「それじゃあ、俺はこれで…」


その場から早々に出て行こうと、扉に手をかけた時

さくらが再びこちらに駆け寄って来て言った


「お兄さん、また、どこかで会えるかな」


「…ああ、またどこかで」


さくらはそう言うと大きく手を振って俺たちを見送ってくれた

母親はその横で優しく笑っていた


さくらの家を離れ、しばらく歩いていると

鬼が後ろから一言呟いた


「我の姿が見える子供は、生きる炎が消えかかっている証拠だ」


「なんだって?」


突然の言葉に、俺は振り返り鬼の顔を凝視した


「人間は我儘な生き物だ。そういう時はもののけにも縋ろうとしているのだろう」


「違う、そうじゃない。あの子は本当にそうなのか聞いているんだ」


だか鬼は、いつもと変わらず平然としていた


「そうだと言っているではないか。だから私の姿が見えたのだ。そして、あの時のお主も同じように」


「生きる、炎…」


「これは、運命なり。変えられない、我と契約しない限りは」


「そんな…」


鬼は淡々とそう答える

その言葉についていけない俺は、ただ言葉一つ一つを理解するのに必死だった


「だが、さくらの炎はまだ小さくはなかった。死ぬのはまだまだ先の事だろう」


「あの子は…どうして命を落とすんだ?」


「それを聞いてどうするのだ。若には何もできまい」


「それは…でも、そんな事知っていたならどうして今まで教えてくれなかったんだ?」


「言っていたら何か変わっていたのか?お主に何か、変えられるのか?」


気持ちだけでも救ってやりたいと、そう思った

だけど、鬼の言う通り運命だと言われれば俺に出来ることなんて何もないのだろう


「お主は運が良かった。我と偶然にも出会えたのだから」


後ろを振り返ると

さくらの笑顔を思い出した


「桜は、いつも残酷だ」


それでも、何か方法があれば救ってやりたいと

そう思った

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