序章
眼を開けるのが怖かった
だからと言って、閉じるのも怖くて
いつも布団に入るのが怖かった
目が覚めて
母さんがいなくなっていたらどうしよう、とか
このまま目を閉じたままこの世から消えてしまったらどうしよう、とか
そんな思いばかりが巡って
眠るまでに時間がかかる
だけど、所詮は子供の考えられる範囲での事で
気がつけば眠りこけて、朝日と共に目を覚ます
「おはよう。朝ご飯、用意できてるよ」
「おはよう」
布団から起き上がり、そのままご飯を食べに向かう
母さんは起きるのが早いのか、目を覚ます頃には僕のご飯の分しか置いていなくて、母さんは食べないのかと聞いても
いつも食べてしまったと答えるだけだった
「おとうちゃん、いつ帰ってくるかな」
「もうすぐ、帰ってきてくれるよ。きっと」
土地争いで、戦争に駆り出されている父さんは
もう一年以上も帰ってきていない
それでもまだかまだかと問う僕に、母さんはきっとどう答えていいものか辛かっただろうと思う
母さんはいつでも優しかった
怒った事なんか一度もなくて
僕がどんなにわがままを言ってもいつも笑っていてくれた
「もうすぐ、桜が咲く頃だね」
その声に、庭に咲く桜を見ている母の後ろ姿が映った
桜の木には蕾が膨らんでいたのが見えた
「桜が咲くまでに、おとうちゃん帰ってきてくれるかな」
その問いに、母さんは答えてはくれなかった
というよりも、僕の声は母さんには届いていないようだった