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私は女神!
・・・自分で言うとスッゴイ恥ずかしいですが、女神をしています。
まあ、女神の末席にちょこっと引っ掛かっている程度の新米ですが、それでも女神は女神です。
私は、最初から女神だったわけではありません、元は人間でした。
人間だった時の私は、神々に仕える神子だったのですが、私の暮らしていた国で、国が滅びるかけるほどの干ばつが起こり、私は神々に捧げられる事になりました。
神々に捧げる。それを聞くと、とても神聖な儀式を想像されるかもしれませんが、要は、神々に直接雨を降らせるように言いに行け・・・つまり、死のおつかいですね。
私は、身分こそ神子でしたが、元々孤児だったので、拒否権などありませんでした。それに、『人々が救われる為なのだ』と言われれば、仕方がありません。
私は別に、大勢の人々を救いたかったわけではありませんよ。そんなできた人間ではありません。
私の身が神に捧げられる事で、助かる人々の中に、私の大切な人がいただけです。その大切な人のためだと考えれば、仕方がないと思えたのです。
そして、私は死にました。
死んだ私は勿論、神々に直談判をしましたよ。
え?神様相手にどうやって?
簡単な事ですよ。
拳で!!
神々は日頃、神力と呼ばれる神々の力を使い、身を守ったり、奇跡を起こしたり、掃除をしたりしています。つまり・・・・魔法の様なものですね。
ですから本来であれば、私の拳が神様の頬に届くなんて事は、あり得なかったのですが・・・まさかお願いに来たと思っていた相手が、顔を合わせた瞬間に殴りかかってくるとは、思わ無かったのでしょう。
無抵抗に吹っ飛びましたよ。すっごい吹っ飛びましたよ。
しかも私、一番偉そうな人を殴ったんですよね。
まあ、本当に一番偉い人でしたが・・・
吹っ飛ぶ神々しいお身体。唖然とする神々。怒りに震える私。
だって、そうでしょう?神様が雨を降らせてくれれば、私は死ななくてすんだのに、神様達が『信仰心が弱い。』なんて理由で、日照りにしたんですから。
実は私、死ぬ前から神々が『信仰心が弱い。』という、くっだらない理由で干ばつを起こしている事を知っていました。
ですが人々に『神様が、信仰心が足りないから干ばつにするって言っているので、神様を信仰して下さい。』なんて言えません。
位の高い神子であれば、人々は耳を傾けたでしょうが、一応神子とはいえ、私は元孤児ですからね。そんな事を言えば、神を冒涜したとしてどんな目に合うか・・・
私は、自分が酷い目に合うと分かっているのに、人々の為に行動する様な、崇高な精神は持ち合わせていません。
ですから私は、神々に一生懸命お願いしました。
神子としての力を全力で使い、雨を降らせてくれるように一生懸命お願いしました。
で、神々の返事が・・・
『もう少し待て。』
ふざけるなですよ。
おかげで私は、死ぬ事になったのです。大切な人とお別れをする事になったのです。
私が怒るのは当然でしょう?
まあ、私の怒りと言う名の拳を受け取った神様は、慌てて雨を降らせくれたので、それ以上怒りをぶつける事はしませんでした。
しませんでしたが、タダで許すほど私の心は広くありません。私は、魂のまま特別に天界へ留まれる様にお願いしました。
お願いですからね。脅してなんていませんよ。ちょっと、拳をニギニギしながらニコニコしただけですよ。
魂のまま天界に留まる事を許された私は、天界からずっと私の大切な人の事を見守っていました。
私の大切な人・・・お恥ずかしながら、恋人です。
とは言っても、私は神子でしたし、彼は神官だったので、私達はとても清い関係でした。
どれほど清いかと言われれば、胸を張って『手を繋いだ事もありません。』と言えるくらい清い関係です。死んで魂となった私が、天界から地上にいる沢山の恋人達を見て『恋人だと思っていたの、私だけじゃないよね?』と、本気で不安になるくらい清い関係です。
ですが、そんな心配をしてしまった事を後悔してしまうほど、私の恋人は、私の死を悲しんでいました。
悲しんで・・・悲しんで・・・悲しんで・・・
すっごい長生きをしました。
悲しみに暮れて死んでしまう。なんて話しもありますが、私の恋人は、どん底まで悲しんだ結果、私がどんなに素晴らしい人で、どんなに惜しい人を亡くしたのかを広める事に一生を捧げました。
つまりは、盛大な惚気ですね。
私が身悶えしてしまいそうなほどの惚気を、真顔で言う恋人・・・私に止める手立てはありません。
だって、死んでますから!
まあ、そんな人ですから勿論、長い人生で一度も他の女性に興味を示さず、私の事を思っていてくれました。
おかげで私は信仰心を集め女神となって、死して地上を去る恋人を、迎えに行くことが出来たのです。
出来たのです・・・が
「ごめんなさい。」
私は現在・・・土下座をしています。
全身を毛で覆われた、四足歩行の生き物に向かって、土下座をしています。
女神ですが、全力で土下座しております。
「本当に、ごめんなさい。」
私の頭の上には、無情にも温かく小さな肉球が、ぷにっと乗っております。
「ワンワワン、ワワンワン。」
はい、鳴き声でお気付きでしょう。私は今、お犬様に土下座しております。
対してお犬様は、器用に呆れた様な鳴き声を出しております。
それを訳すと・・・
《お久しぶりです、ファリステ。》
どうも、ファリステは、私の名前です。
私、自己紹介なんてしていませんが、お犬様は私の名前を知っておられますです・・はい。
「ワワンワワン、ワンワワン?」
《この状況、説明してくれませんか?》
「えっとですね・・・ウイルエル様が、つい先ほど亡くなりまして・・・。」
ウイルエル。それは、神子だった頃の恋人の名前です。
「ワンワンワン。」
《はい、それは分かっています。》
それは、そうですよね。
だって私達が今いる場所は、ウイルエル様の、お葬式会場のすぐ目の前なんですから。
悲しみにくれる人々がウイルエル様の名を呼び、優しい笑みを浮かべたウイルエル様の肖像画が祭壇に飾られ、多くの人々が持ち寄った花々が棺の周りを埋め尽くしています。
長生きをされたので、随分と容姿は変わりましたが、肖像画のウイルエル様もまた素敵です・・・ですが、今はそんな事を考えている場合ではありません。
私は、目に涙を浮かべ、上目遣いでお犬様を見上げ、悲しそうな声を出します。
「私・・・ウイルエル様と、また一緒に居たいと思って、迎えに来たのですが・・嫌でしたか?」
分かっています。あざとい行動だと分かっています。
それでも、やらなければいけない時があるんです。
「ワン、ワンワワンワワンワンワン・・・ワワッン、ワーン?」
《いいえ、そんな事はありません。ファリステが迎えに来てくれて・・・いえ、迎えに来てくれたのだとたらとても嬉しいのですよ。・・・・で?》
はい『で?』のお言葉頂きました!!
ですよね、そんな簡単に騙されてくれませんよね・・・
「えっと・・・で?と言われますとぉ・・。」
「ワンワワン。」
《この状況、説明してくれますか?》
優しい声・・・鳴き声?
ですが、隠しきれない怒りがあふれている気がするのは、気のせいでは無いでしょう。
「それがですね・・・やっとウイルエル様に会えると思うと嬉しくて、浮かれてしまいまして・・・ウイルエル様の魂を、コロッと落としまして・・・・」
「ワーワーワン?」
《そーれーでー?》
「近くにいたお犬様が、パクッと・・・。で、こちらがそのお犬様の魂です。」
さっと右手を出す私。その掌の上には、ふわふわと浮かぶ白い綿飴の様な魂が乗っています。
簡単な説明をしましょう!
ウイルエル様を迎えに行った私は、嬉しさのあまり、ウイルエル様の魂を持ったままスキップ。
地面に落ちていた石に、足を引っ掛けダイブ。
転がるウイルエル様の魂。慌てて追いかける私。
魂はコロコロと転がり、お犬様の前で停止。お犬様がパクリと一飲み。
そして、ウイルエル様の魂に押し出される様に、お犬様の魂がコロンと排出されました。
つまり、今、私の目の前にいるお犬様は、私の愛しい恋人ウイルエル様です。しかし今は、静かに怒ってらっしゃいますが・・・
「ワンワワンワン?」
《では、早くその魂を戻してあげれば良いのでは?》
そうですよね、そうなりますよね。分かってはいるんですが・・・
「それが困った事に、こちらのお犬様・・・。」
《嫌ですよ。戻りませんよ。僕は愛するキャサリンの元へ行くんです。》
困った事に、お犬様が完全に、身体に戻るのを拒否しているのです。
どうやら魂になった時、チラッと天界にいる奥様の姿を見てしまった様で、身体に戻りたくないと言っているのです。
「ワンワン、ワワンワンワン。」
《貴方まだ、寿命ではないでしょう。早く身体に戻りなさい。》
《嫌ですって。ほら僕はもう魂だけになっていますから、残りの犬生はウイルエル様が、お願いします。》
「ワンワンワンワン。」
《何を言っているんですか、貴方の身体でしょう。責任持って最後まで面倒を見てください。》
《嫌です!僕は帰るんです。キャサリンの所に行くんです。》
「ワンワワン。」
《待ちなさい、ベス。》
《それでは、お先に失礼します。元飼い主様・・・・》
「ワワーン。」
《ベスー》
これは、飼主と犬との、悲しいお別れのお話・・・・いろんな意味で。
今更ですが、魂となったお犬様の名前はベスと言います。数年前ウイルエル様が拾い、愛情を注ぎ育てたお犬様です。アッサリと裏切られましたが・・・
空に向かって吠える、犬姿のウイルエル様。
その姿を見た人々が
「飼い主を失った事を、分かっているのね。」
「なんて利口な犬なのかしら。」
「可哀想に・・・ベス、もうウイルエル様はいないのよ。」
などと言っていますが。
飼い主を失ったではなく、愛犬に裏切られたんです・・・
利口な犬ではなく、中身ウイルエル様なんです・・・
居なくなったのはウイルエル様でなく、愛犬のベスなんです・・・
本当に、本当にごめんなさい。
ですが、こうなってしまえば、やる事は一つです。
「あの・・・ウイルエル様・・・それでは私、出直してきまーす。」
「ワフッ。」
《待て》
私の服の裾を噛むウイルエル様・・・
私、女神なんです。普通の人には見えません。偶に見れる人もいますが、見れても触るなんて出来ません。
ウイルエル様は、やっていますが・・・
「ウイルエル様、また迎えに来ますから、犬生が終わったら必ず迎えに来ますから。」
「ウウウゥゥゥゥ。」
《また、私を置いて行く気ですか!》
唸っていますが怒っているわけではなく、私の服を咥えているので、吠えられないのでしょう。
ですが、唸りながら『また』と言われると、気が引けてしまいます。
私が神様に捧げられた時、ウイルエル様は何も知らされていませんでした。
むしろ、彼に悟られない様にと、遠くの街まで行ってもらっていたので、彼からすれば置いて行かれたと思った事でしょう。実際、私が死んでしばらくの間、そんな感じの恨み言をいっていましたし、今も『また』と言っていますからね。
「ですが・・・私は新米女神ですから、肉体の寿命が来ていないのに、ウイルエル様の魂を抜き取る事は出来ないのです。」
位の高い神々であれば造作もない事ですが、私には出来ません。
出来るのなら女神になった時点で、ウイルエル様の魂を・・・ゴボゴボ・・・
とっ、ともかく、ベスの肉体は、まだ寿命が来ていませんから無理なんです。
「ウワウワウゥゥゥ。」
《それは、知っています。》
知っているとは、どういう事でしょう?普通の人間は、知らない話だと思うのですが?
亡くなる前のウイルエル様の身分は、神官長だったので、その関係で知っていたのでしょうか?
「それでは、寂しいですが・・・。」
もう一度お別れですが、今度はそれほど待たずに再会出来る事でしょう。
なので、私の服を離してほしいのですが・・・
「ウウウワン」
《それなら、貴方がこちらに来れば良いのです。》
「は?」
キョトンとする私に、ウイルエル様はようやくゆっくりと服から口を離し、その場に座り直します。
「ワンワワンワン。」
《ですから、貴女が転生して、私の側に来れば良いのです。》
「でも、そんな事をしたら、今度は私の方が長生きして、ウイルエル様をお待たせしてしまいますし・・・。」
そもそも、転生なんてホイホイ出来る事ではありません。しかも、転生したところで、ウイルエル様の側に必ず行けるという保証は無いのです。
何処で、どんな生物になるかは決められません。
「ワンワワン、ワワンワワワン。」
《大丈夫です。天界にいるアレグリオという男に言えば、その辺も調節してくれます。》
「調節って・・・。」
「ワンワワン。」
《大丈夫です。ファリステは、今の状況をアレグリオという男に言えば良いだけです。》
良いだけと言われても・・・。
そもそも、何故天界に居る人を、ウイルエル様は知っているのでしょう?
もしかして神官長という職の者は、私が知らないだけで、当然の様にそういう事が出来ちゃう職業なのでしょうか?
「ワン。」
《さあ、早く。》