ソフトクリームは、コーン一択
家に帰ると、普段より一足多い靴。妹の友だちが来ているらしい。
「お兄ちゃん、お帰り!」
ソファに寝っ転がって、ゲームのコントローラー片手にポテチを貪っていたのは、愛すべき我が妹、葵。おい、腹出てんぞ。
「お兄さん、お帰りなさいませ。お邪魔しております」
隣で正座した女の子がたおやかに頭を下げると、透明感のある黒髪が波打って、ぱさりと音が立つ。九条恭子――生粋のお嬢様であるはずの彼女は、凜とした佇まいでコントローラーを握り、格ゲーをお楽しみ遊ばしていた。
「九条さん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「お兄ちゃんちょっと待って」
「どうした?」
九条さんに声をかけ、後ろを通り抜けようとしたところで、葵に呼び止められる。
「恭ちゃんゲーム強すぎるんだもん。お兄ちゃんちょっと代わってよ」
繰り返すが、葵が気安く呼んでいるのは我が国でも有数の名家のお嬢様である。それも、その気になれば我が家なんてすぐに吹き飛ばせてしまうレベルの。尤も、その家柄故に気の置けない友人が作りづらくはあるようで、葵にフレンドリーな態度を取られるのはむしろ嬉しいらしい。
「はい、これコントロー……ん? お兄ちゃん、女の子の匂いしない?」
「……ビーグルかなんかかお前は」
「え、あたり? もしかして彼女? いたの?」
僕のツッコミを黙殺し、興味津々といった面持ちで聞いてくる妹。本当に恋愛話には目がないようだ。
「別にそんなんじゃないよ」
「ふーん……可愛い子?」
「まあ、そうだな」
あれを可愛くないと言うのは、流石に無理があるだろう。
「恭ちゃんより?」
「――それは、どうだろう。かなりの美人なのは間違いないけど、九条さんとは方向性が違うかも」
ちらりと九条さんに視線を向けると目が合って、一瞬して目を伏せられる。まだ中3ながら大人っぽい顔つきをした妹の親友は、控えめに言ってもかなりの美人だ。結城の可愛さに押し切られずに済んだのは、九条さんで美少女耐性がついていたため、とも言える。
「何、恭ちゃんと張り合えるレベル? まじ? 写真とかないの?」
「ねえよ。九条さん、大丈夫? 具合悪い?」
顔が少し赤いように見え、心配になって声をかける。
「いえ……お気になさらないで下さい」
「いや、でも……」
「あのね、恭ちゃんはお兄ちゃんが無神経に『美人』とか言うから、困ってるんだよ!」
呆れたような顔をした葵が割り込んできた。
「あ、そうか、ごめん……九条さんならそれくらい言われ慣れてるかと思って、気遣いが足りなかったよ……」
「いえ、その……」
「だから、そういうとこっ! もう、いいからお兄ちゃんは私と代わって恭ちゃんとゲームするの! 私コンビニ行って佐藤錦さくらんぼソフト買ってくるから!」
「はいはい……」
僕の胸元にコントローラーを押しつけると、葵はパーカーを羽織って出て行ってしまった。
とりあえず、目の前でもじもじしている九条さんの相手をしなければ。
「とりあえずやろうか」
「……はい、よろしくお願い致します」
その瞬間、九条さんの端正な顔立ちは凜々しさを増し、鋭い眼光とピンと伸びた美しい姿勢からは、えも言われぬ迫力が滲み出て僕に襲いかかる。
だが、僕とて一学年上の矜恃というものがある。そう簡単に負けてやる訳にはいかない。
絶対に負けられない闘いの火蓋が切られた。
「あそこで投げを受けてしまったのは、やはりその前に防戦一方になってしまったのが原因でしょうか」
「ああ、まあ結果論だけどそうなるね。ただ、あの局面だと僕がいかにも投げたい場面だから、遅らせ投げ抜けの選択肢を取れると良かったね。あとは、もう少し前の時点で……」
戦闘を終えて感想戦に入る。彼女は家ではゲームをさせてもらえないようで、うちに遊びに来たときしか練習できないはずなのに、会う度に彼女の腕前はめきめきと上達している。
「ただいまー」
「おかえりー」
「葵さん、お帰りなさい」
リビングに入るなり靴下を脱ぎ捨てた葵は、再びソファに寝転がってソフトクリームを舐め始める。お前がそうやって占領するから、九条さんが座れないだろ。てか、佐藤錦さくらんぼソフト美味そうなんだが。季節商品だろうが、いつまで売ってるんだろう。
……いや、そんなことよりも気になることがある。
「おい葵」
「何?」
相変わらず態度の悪い妹は、アイスをスプーンで舐めながら僕を睨みつけてくる。
「お前、なんでカップとスプーンで食べてんの? ソフトクリームはコーン一択だろ」
「はぁ? なんで家持ち帰って食べんのにコーンで食べるわけ? 美味しくないじゃん、アレ」
「分かってないなぁ。ソフトクリームを舐めつつ、コーンを囓って味が単調にならないようにするんだよ。コーンのないソフトクリームなんてシャリのない寿司みたいなもんじゃんか」
「は? 私寿司より刺身の方が好きだし」
「……まあまあ、おふたりともまずは落ち着きましょう」
おっと、九条さんの前で取り乱してしまった。妹はあとできちんと教育しておくことにしよう。
「で、お兄ちゃん、そろそろ吐きなさいよ。今日会ってきた女って、どういう関係?」
「いや、ただのクラスメイトだって」
「だから、なんでただのクラスメイトから、春休みにわざわざ呼び出されるのか、恭ちゃんも気になるよねー?」
「……はい」
辛うじて聞き取れるくらいの声で答える、九条さん。え、九条さん、敵に回るの……?
「呼び出されて、告白でもされたのかな?」
「えっ……?」
狼狽える僕を見て、妹の目つきが鋭くなった。
結局、昨日shineが届いたところから、洗いざらい吐かされた。
「うん、やっぱウソ告だよ、それ」
「あ、やっぱそうだよな……?」
「何残念そうな顔してんの。そもそもさ、絶世の美少女が2人もお兄ちゃんのこと……」
「ん? 2人?」
「葵ちゃん?」
「――失礼。絶世の美少女が……あー、と、とにかく、そんな全然脈なさそうな人じゃなくて、もっと身近にいい人いるよ、きっと」
葵にしては珍しく歯切れが悪い。
「そんなもんかなぁ」
いや、お前僕の交友関係を一切知らないだろ。
「そんなもんだよ、ね、恭ちゃん」
「あ……はい、私も、そう思います」
九条さんが言うならそういうものなんだろうか。
「ちょっと、恭ちゃんが言うと納得するの、おかしくない?」
「お前はちょっと黙ってろ」
「ぶー」
「ふふっ……あ、私はそろそろお暇しないと」
むくれる葵を見て顔をはじめとする綻ばせながら、九条さんが立ち上がる。そろそろお迎えの車が来る時間なのだろう。
「じゃあまたな、九条さん」
「はい、それでは、綿貫先輩」
にこりと微笑んで、手を振り、我が家の前に付けた車に乗り込む九条さん。ん、最後なんて言った?
「……先輩?」
「あれ、お兄ちゃん、知らないの?」
九条さんに手を振りながら、葵はにたりと唇をつり上げる。
「恭ちゃん高校受験して、今年からお兄ちゃんと同じ高校だよ?」
「……エイプリルフール?」
「ううん、マジ」
九条さんが入ってきたら……うちのミスコンも盛り上がるだろうか。現実逃避的にそんな考えが頭を過る。
知っている子――それも、とびきりの美人――が後輩になるのは当然喜ばしいことだ。なのに、こんなに胸がざわつくのはどうしてだろう。なんとなく、そう、ただなんとなく――
――今年の春は、嵐が来そうな予感がした。
【お知らせ】
ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございます。
実は本作は、エイプリルフールに合わせ、ネタとして投稿したものです。そのため明日以降の更新の予定はありません(というかプロットがありません……)
基本的には連載中の作品『虹霓の翼』に絞って更新をしていこうと思っていますので、本作品にブクマをしてくださった方は外して頂いて構いません。本作品については既に評価を非公開に変更しており、日付が変わる頃に検索除外に変更する予定です。
今のところは未定ですが、今後続きを思いついたら投稿することもあるかと思いますので、それでも良い方はブクマをそのままにしておいて頂けると幸いです。