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クラン〈沈黙騎士団〉、チャットする

はじめての奏楽士ジョブ開放前哨戦

作者: うさぎ屋

クラン〈沈黙騎士団〉のメンバーがクランチャットしてるだけの短編です。

なんだそれ……と、自分でも思います。

 わくわくに色があるなら、それは虹のすべてを含んでいる。プリズムを通した光のように、あざやかなはずだ。

 今日のツェルトには、世界がきらきらして見える。どこもかしこもサン・キャッチャーがぶら下がっているみたいだ。


C:レ「なんでだろうなぁ、キャラの表情はなんも変わってないのに、むっちゃ楽しそうに見えるね」

C:ツ「心の目だね!」


 ツェルトの返しに、レイマンは肩をすくめるジェスチャーをして見せた。


C:レ「心に目なんかないぞー」

C:ナ「そもそも、レイマンには心があるのか、という問題から問わねばなりませんね」


 うんうんと、うなずいて腕組みをするのはナイトハルトだ。長い銀髪に黒鎧という、絵に描いたような厨二キャラだが、中の人は中年だ、とは本人の弁である。

 中の人は中年、中身は厨二。

 中という概念が崩壊しそうだ。


C:レ「えっひどい。こんなにやさしいレイマンさんなのに……」

C:ナ「やさしいかどうかと、心があるかどうかは別問題でしょう。やさしいふるまいをプログラムすれば、心のない機械でもやさしく見せることは可能です」

C:レ「心とはなにか……。哲学だな!」

C:ツ「じゃあ行ってくるね!」

C:レ「おいツェルト、話が繋がってないぞー。どこに行くんだ?」

C:ツ「ジョブ開放だよー。職安(テンプル)、職安!」


 走り去るのをやめて皆の方に戻ると、ツェルトは大きなテーブルを周回しはじめた。このテーブルの形に沿って、椅子に引っかからないように移動するのが、ひそかなマイブームだ。

 先週までは、旗竿のまわりをいかにコンパクトに、しかし竿にふれずに回るかがブームだった。旗竿にひるがえる団旗のレベルは、現状で到達できる最高レベルだ。せっせとクエストを埋めた甲斐があり、旗は大きく、豪華になった。

 見た目がよくなる以外、特に変化はない。団詳細を表示したときにも、団旗のアイコンの周りが金色に光る……が、これも見た目だけだ。

 噂では、団に入っていないと受注できないクエストの報酬でレアが出やすくなるとかなんとか……。

 ただし、「出やすくなる」は「出る」ではないので、今のところ変化はないし、真相は不明だ。


C:レ「あ、なら俺も」

C:ツ「行こう、行こう」

C:レ「内藤は?」

C:ナ「もう済ませました」


 走りだそうとしていたツェルトとレイマンは、同時に足を止めた。


C:レ「おま……ちょ……はぁああ!?」

C:ツ「なんでそうやって……ひとりだけ先に……ずるいよ、内藤さん」

C:ナ「ゴールデンタイムになる前に済ませないと、サーバが落ちかねないので、急ぎました。皆さんも急いだ方が」


 もうゴールデンタイムである。ログインした時点でそうだった。


C:ツ「行ってくる!」

C:ナ「ジョブ開放クエストに同行した方がよければ、声をかけてください。このまま団拠点(クラン・ベース)にいますから」


 三人は、弱小冒険団(クラン)、〈静寂騎士団〉のメンバーだ。

 オンライン・ゲーム『クリスタル・ライジング』を進める内に知り合って、よく遊ぶようになった。ナイトハルトとレイマンは、すでにサービス終了した別のゲームで知り合い、このゲームも誘い合って始めたとかで、最初からよく一緒にいた。

 そこにツェルトやヴォルフが混ざるようになり、四人以上でよく集まるなら団を結成した方が便利だし、という理由で〈静寂騎士団〉が発足した。


 全員、それなりには廃人だが、突き抜けた廃人ではない。

 つまり、ネトゲをやらない層から見たら「うっわ」であるが、もっと本気でネトゲをやっている層から見れば、まだまだぬるいにもほどがあるレベルだ。


 今日はアップデートでレベル上限が開放され、新しいジョブも実装された。いわば、お祭りである。

 ほんものの廃人だったら、もう新ジョブのレベリングに邁進中のはずだ。のんびりチャットしてから寺院に向かうあたり、すでにガチ勢にはほど遠い。

 ナイトハルトが、メンバーの中ではもっともガチに近いだろうが、そのナイトハルトでさえ、転職クエストを済ませたら、あとは団拠点で団員を待っているのである。全然ガチではない。


 団のマスターはナイトハルトであり、団名も彼の考案だ。本来なら、暗黒とか邪悪とか入れたかったらしいが、思いついた名前はだいたい既に使われていたそうだ。

 厨二病患者は、もっとバリエーションを模索すべきです――とナイトハルトは嘆いたが、おまえがそれをいうのか、と全員につっこまれた。

 もうちょっとで黒邪ナントカとか、堕天とか呪黒悪ナントカみたいな名前の団に所属する羽目に陥るところだった。

 プレイヤーの名前は簡単に変更できるが、団名はできない。おそろしい。


 団の本拠地は、都市国家グウィンダリアにある。

 というか、そこにしか作れない。すべての団拠点は同じ場所にあり、同じ門から出入りする――中に入ると、「自分が所属している団の団拠点」になっているだけだ。

 ゲーム『クリスタル・ライジング』はMOで、オンラインのプレイヤー全員が一気に表示されるわけではないから、プライヴェート空間を占有するために、ゲーム上の空間を切り取る必要がないのだ。

 MMOだと、ハウジングのために土地を買わなきゃいけないとか、いろいろあるらしいが、MOはちょっと気楽でいいよね、というのが年長組のナイトハルトとレイマンの意見だ。昔やっていたゲームが、大変だったらしい……。


 転職のための寺院も、グウィンダリアにある。

 今回実装される新ジョブは、奏楽士。もともと吟遊詩人的なキャラが好きなツェルトは、その一報が入った時点で狂喜乱舞し、足の小指を机にぶつけて悶絶した。

 報告したら、皆に笑われた。


C:レ「それにしても、今日もヴォルフは遅いねぇ」

C:ツ「またアレでしょ、『ジャンフロ』の更新あったとかでしょ」


 ヴォルフは『ジャンピング・フロンティア』というウェブ小説の熱烈なファンだ。更新があると五回は読む派なので、ログインが遅くなる。


C:ナ「いえ、今日は更新はないですよ」

C:レ「チェックしてるんだ」

C:ナ「チェックしてますね」


 あきらかに、自分が読むためではなさそうだ。


C:レ「内藤こぇえ」

C:ナ「団員の動向を把握するのが趣味なので」

C:レ「……そういう趣味、よくないぞ!」

C:ナ「人の趣味に意見するのは、どうかと思いますよ」

C:ツ「でも『ジャンフロ』ないなら、なんで?」


 ヴォルフだって、そこそこ廃なのだ。新ジョブ実装なんてお祭りを見逃すはずはない。


C:ナ「回線でしょうね」

C:レ「回線?」

C:ナ「あとは、サーバー」

C:レ「サーバー……」

C:ナ「先ほどSNSでチェックしたのですが、今、ログイン待ち70分だそうです」


「えっ……やばっ!」


 リアルに声が出た。

 アクセス過多からのサーバー落ちからのメンテナンス入りになると、新ジョブ開放が遠のいてしまう。

 ツェルトはジョブ一覧リストの空欄を埋めたいのだ。

 もちろん奏楽士というジョブ自体も楽しみだが、この、新たに生じた空欄を……空欄のままにしたくない。


C:ツ「職安んんんんん!」

C:ナ「いや、逆にもう不安定だからやめた方がいいかもしれないです。最新の情報では、ログイン待ち130分と表示されているようです」

C:レ「ええー、このゲームそんなに人気ある?」

C:ナ「ふだんはそこまで人口多くないですけどね」

C:レ「同時接続数少なめだからこそのサーバー補強なしからのー、ダウン目前って感じかー。うわー嫌なコンボだなー」


 レイマンは一回、足を止めた。が、ツェルトが走りつづけているので、また追って来た。

 転職用の寺院は、団拠点からは無駄に遠い。こんな配置を決めた阿呆を殴りたい、とツェルトはつねづね思っている。


C:ナ「待ってください。ログインできたと思ったら落とされた、という報告があります。ログイン画面から、そのまま90分待ちにとばされて、待ちの数字がどんどん増えているそうです」

C:レ「どんな拷問だ」

C:ナ「これ、イベントの途中で落ちたりとか、あり得ますよ」

C:レ「ああああ……」

C:ツ「いやだぁぁぁぁああああああああ!!!!」

C:レ「ツェルト、現実を見よう」


 ツェルトは走っている。寺院はもうそこだ。

 飛び込んで、クエスト持ちのキャラクターを探して……受注しないと。


C:ツ「クエスト持ってるの、転職担当のオッサンじゃないんかーい! 誰がクエストを持ってるんじゃー!」

C:ナ「現実を見ましょう」

C:ツ「嫌だ! 現実から頭皮するために! ここに来てるんじゃん!」

C:ナ「変換ミスを修正する余裕がないツェルトたん萌え」

C:レ「内藤、キャラ変わってる」

C:ナ「場の雰囲気を和ませようと」


 ツェルトは周りを見回した。転職カウンターの担当NPCの頭上には、なんのアイコンも浮かんでいない。今回のクエストは、別のキャラクターが持っているのだ。

 誰だ。

 常時表示されている自分中心の簡易マップには、四方八方にクエストアイコンがある。メンテナンス明けで、すべてのクエストが未達成扱いになっているせいだ。


 ――えっ。あっ。全体マップだ、全体マップ!


 そうだそうだ、マップを見ればクエスト持ちのアイコンが表示されているはずだ。焦り過ぎて、全体マップの存在すら忘れていた。

 ツェルトはマップ画面を開いた。

 クエストアイコンは、みっしり表示されている。新ジョブの解放クエストは、たぶん目立つ色がついてたはず……だが、かさなっているのか、みつけられない。


C:レ「ツェルト黙っちゃったよ。むしろ空気凍ってますよ、団長!」

C:ナ「絶対零度を目指しています。どうです、冷静になれましたか?」

C:ツ「誰がクエスト持ってるの」

C:レ「そんなことより、さっきからヴォルフのアイコンがついたり消えたりしてるのが怖いんだけど」

C:ツ「そんなことじゃねぇぇぇ!!!!!!!」

C:ナ「ああ、気づいてしまいましたか」

C:レ「なんです、これ」

C:ナ「『シュレディンガーのヴォルフ』ですね」

C:レ「哲学か。哲学だな!」


 ツェルトはヴォルフのアイコンどころではない。


C:ツ「内藤さん、たのむから教えて! 誰がクエスト持ってるの」

C:ナ「表示されてるでしょう?」

C:ツ「表示されてたらたのまない! 時間との戦いなんだから、すぐ教えて!」

C:ナ「いつもの頭皮まるだしの僧侶ですよ。それが表示されてないなら、もうほら、読み込みとかいろいろおかしくなっているのでは」

C:ツ「なにg」


** ログアウトしました **


「ふっ……ざけんなぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 その後、『クリスタル・ライジング』は24時間の臨時メンテナンスに突入した。

後日、詫び石が配布されたと思われます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうずっと読んでいたい……それくらい好きです。 今回も面白かったです。 クエストやりたいけど気持ちがエンジョイ勢でチャットしちゃって、でも時間的に追い込まれて来て……緊迫感漂う感じも生々し…
2020/02/04 02:16 退会済み
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