殺蝉事件
ある、うだる様な暑さの中、私達はゴロゴロと惰眠を貪ってたんだ。
すると、どこからか、セミの鳴き声が聞こえてきた。ミンミンミンミン。ミンミンミンミン。その鳴き声を聞くと、ただでさえ暑いのに、余計暑く感じちゃう。
「この鳴き声って、嫌よねぇ……。」
「本当だよね。」
誰に言ったでもなく、ただ呟いただけのその言葉に意味はなく、返事を期待してた訳ではなかった。だから、余計に返事が返ってきた事に驚いた。
「あ、貴女。一体いつからそこに?」
ベランダに座る義妹に問う。
「ん? 私はずっといたよ? お義姉ちゃんが気持ちよさそうに寝てたから、声はかけなかったけど。」
悪込びれた様子もなく、義妹は首を傾げる。その様子に、ぶりっ子振って。と、心の中で思ったが、口には出さなかった。
暫くの間、その欝陶しい鳴き声の中、眠ろうと眼をつむっていたが、やはり眠れる訳もなく、私はガバッと跳ね起きると、一階に向け走り出した。その突然の動きに、義妹がビクッと飛び起きたが、私は気付かない振りをした。
階段を下りると、義兄が窓をじっと眺めていた。声を掛けようかと思ったが、熱心に見入っているため、声を掛けるのに躊躇する。私は、暫くそのまま義兄を見ていたが、一向に動く気配がない。何をそんなに見つめてるのか興味がでてきた私は、
「お義兄ちゃん何を見てるの?」と、義兄に声を掛けてみた。
「ん? いや、何もないよ。」
何もない。と、いう割には、義兄はまだ窓を見つめている。その姿により、好奇心をくすぐられた私は、義兄の隣へと歩み寄る。
「ねぇ。私にも見せて?」
「ん? あぁ、いいよ。」
ドキドキしながらも、私は義兄の見ていたところを見てみる。そこには、茶色と黒のまだら模様の羽をもつ、奇妙な生き物がいた。
「ひゃっ? ひゃぁぁぁぁっ!!」
私は驚きのあまり、その場から飛びのく。義兄がそれを見て、クスリと笑みを浮かべる。
「どうしたんだ? 急に。」
「だ、だ、だ、だって、バルタン星人が。」
「バルタン星人じゃなく、セミだって。」
「に、似た様なものじゃん!」
かなり動揺してるのが、自分でも分かる。まぁ、虫全般が苦手というのが動揺の原因なのだが。
今の騒ぎを聞き付けてか、義妹が慌てて降りてくる。と、それを待ってたと言わんばかりに、セミがその場からとびたった。沢山のおしっこを撒き散らせながら。
「キャッ!」
そのおしっこが、私達の頭上へと降り注ぐ。
「もぅ! 汚い!」
「うわっ!」
義兄の顔色が変わってくるのが分かる。かくいう私も少し頭に来たんだが。
「こいつ……。待ちやがれ!!」
義兄が、セミを一心不乱に追い掛ける。セミも遊んでいるのか、義兄の手の届きそうで届かない位置をキープしながら、あっちいったり、こっちいったりと、飛び回る。
「くそっ! 待て!」
そうは言ってみたものの、セミが待つ訳はなく、ただただ、不毛な一人ダンスが続けられている。私は小さく息を吐き、義兄と共にセミを捕まえることにした。
「お義兄ちゃん、私も手伝うわ。」
「私も手伝う!!」
私の言葉を聞いてか、義妹も即座に手を挙げる。瞳が輝いていることから、彼女はワクワクしていたのだろう。
思わぬ参加者にセミも様子を見ることにしたのか、天井に張り付き、また鳴き始める。
「こらぁっ! 早く降りてこぉい!!」
気の短い義妹が、セミの下をクルクル回りながら、降りてこいと叫ぶ。それを嘲笑うかの様に、セミはまた、おしっこを撒き散らせ飛び立った。
だが、その瞬間を見逃す義妹ではない。飛び立つ瞬間に一瞬高度が下がるのを義妹は捕えたのだ。
ビタン!
床に叩き付けられたセミが衝撃で気を失う。それと同時に、妹も着地を決めた。
「ふっ。私にかかればこんなものよ。」
義妹の顔はどこか誇らしげで、一つの大きな仕事をやり終えた、勇者のようだった。
「で、でもよ。こいつ、死んじゃったのかな?」
義兄がツンツンと、突く。動かない……。
「お、おい、やばいって。死んじゃってる……。」
「ほ、本当!?」
義妹が顔を真っ青にして駆け寄ってくる。私も、その後ろに着いていく。義兄妹達とセミの亡きがらを見、私の頬をあたたかい雫が伝っていった。