7年前のあなたより7年後の私へ
一人の男の子が病室で誰かと話している。お見舞いだろうか?
「俺の………介……やるよ。」
なぜか声が良く聞こえない。
なんの話をしているのだろうか。
ベッドでは女の子が楽しそうにその男の子と話している。
この女の子は私だ。
私は小学校のころ病弱で友達がいなかった。
でもこの男の子は友達がいなかった私と唯一友達になってくれた男の子だ。
この男の子の名前は確か黒澤涼だったはずだ。私は確か涼ちゃんと読んでいた。
この頃私は8歳だったからまだ小学2年生だったと思う。
でも、涼ちゃんは私と同い年のはずなのに私が、退院してから一度もあっていない。
でも何でだか思い出せない。思い出そうとしても記憶に深い霧がかかったようになってどうしても思い出すことが出来ない。
なぜだろう。なんで?なんで。なんで……。
ああ、だんだんと夢から覚めていく。新しい朝が始まろうとしていた。
スズメの声が聞こえる。清々しい朝だ。
でもなぜだか、
「スッキリしないなあ。理由はあの夢のせいなんだろうけど。」
私は、岸川唯。地元の高校に通う16歳の女の子だ。
なんで、突然あんなことを思い出したんだろう。
でも、子どもの頃の退屈な病院生活も涼ちゃんのおかげで退屈じゃなかったのだ。
せっかく思い出したんだし涼ちゃんに会いに行ってみたい。
そして、あの時のお礼が言いたい、と強く思った。
そんなことを考えていると、下から母の声が聞こえてくる。
「もう起きてるんでしょ? お盆なんだからおじいちゃんのお墓参りに行くわよ。」
そう今日は8月13日。お盆の日だ。涼ちゃんの前に祖父のお墓参りに行かなければいけない。
すぐに着替えて朝ごはんを軽く食べてから車で近くの祖父の墓地に行ってお墓参りを済ませる。
「あれ?もしかして岸川さんのお宅の方?」
そう話しかけてきた人は40代くらいの女性だ。
どこかで見覚えがある。
お母さんが女性に受け答えをする。
「ああ、春山さん? お久しぶりですね。元気でしたか?」
「ええ、ええ。唯ちゃんも大きくなって、すっかり元気になったのね。」
「はい、おかげさまで。」
その会話を聞いて思い出した。
この女性は自分が入院していた時に看病してくれていたナースの人だ。
(失礼ながら)少しだけ老けているが面影は残っている。
病院というワードからまた涼ちゃんのことを思いだす。
少し気になったので春山さんに涼ちゃんのことを聞いてみることにした。
この人も涼ちゃんと面識があるので覚えているはずだ。
「あのー。涼ちゃ……黒澤涼くんって覚えてます?」
「ああ、あの元気な子ね?唯ちゃんが退院する前日に退院してその後…そのまま転校したって聞いたわね。」
「え?」
涼ちゃんが転校した? ていうかそれ以前に退院って? 怪我でもしてたの?
いろんな考えが頭の中を渦巻いているがなんとか落ち着いてもう一つ質問をした。
「どこに転校したとか……わかりますかね?」
「なんだっけ? えーと、隣町の学校よ。多分。でも今高校生だから、分からないか。」
そう言って笑う春山さんにお礼を言って最後にもう一回だけ祖父にあいさつをして帰った。
予想より帰るのが早くなり午前10時くらいには家に帰れたので涼ちゃんが転校したと言っていた町の小学校に自転車で行ってみることにした。
「言ってきまーす!」
「夏休みの宿題とか大丈夫なの?」
「もうだいたい終わってるから大丈夫!」
実はほとんど手をつけてないが……。と内心で付け加えて家を出発する。
隣町の小学校までは自転車で10分くらいで着くので手軽だ。
そして着いた小学校でそこの年配らしき先生に無理を言って四年前の6年生の名簿を見せてもらった。
だが黒澤涼という名前は6年生の名簿に無かった。
そんな馬鹿な。と思いながらも何度も何度も探したがどうしても見つけることが出来ない。
「なんで…。」
「どうしました? 探してる人は見つかりました?」
「あの、黒澤涼くんという男の子を知っていますか?ここに転校してきた人。」
そう聞いた瞬間先生は信じられないものを見るかのように目を見開いて
「あの子を知っているんですか?」
など言った。
「はい。小学校の時の友達なんです。」
「知らなかったんですか……。涼くんは小学3年生の時に心臓の病気でなくなっていますよ。」
「え?」
涼ちゃんが亡くなっていた? 心臓の病気?
「ご家族の方がまだこの町にいるので会いに行ってみますか?」
まだこの町にいるなら会いに行ってみたい。そう思い先生に住所をもらって涼ちゃんの住んでいた家に行ってみることにした。
教えてもらった住所にはそこそこ新しい家がたっていて玄関にピンポンが会ったので鳴らしてみると少したってから40代とおぼしき女性が出てきた。
少し見覚えがある。恐らく病室で何度かあっている涼ちゃんの母親だろう。
心なしか少しだけ痩せてるように見える。
「あの、ここって黒澤さんのお宅ですよね? 私、岸川唯って言います。覚えてますか?」
「ああ……!懐かしい。すっかり元気になったのね。ここじゃなんだから入って。」
家の中は少し古ぼけているが立派な木造住宅だ。
「涼のことを今でも覚えてくれていたなんてね、涼も喜ぶわ。」
「いえ。」
そう軽く返事してからリビングに行くと涼ちゃんの遺影が飾ってあった。
そこに軽く手を合わせて挨拶をすると記憶にかかっていた深い霧が晴れていくような感覚があり、色々なことを思い出してきた。
「そうだ、私知ってた。涼ちゃんが死んじゃってたこと。涼ちゃんの死を信じたくなくて私自身が自分の記憶に鍵をかけていたんだ。」
それを思い出した瞬間、涼ちゃんとの想い出が堰を切ったように溢れていく。
病室で人生ゲームをしたこと、勉強をおしえてもらったこと、折り紙をしたこと。
忘れては行けない大切な記憶が7年の時を経て結の頭の中に蘇ってきて自然と涙が出てきた。
すると少し遠慮したように涼ちゃんの母親が1枚の手紙を出してきた。
「これ、涼ちゃんが自分が死んだ後唯が来たら渡せって、弱虫だから俺が死んだら受け入れられないかも知れないけどそれでもいつか必ず来てくれるって。だから読んであげて。」
涙を拭いて涼ちゃんが自分に書いてくれた手紙を読んでみた。
お世辞にも上手いとはいえない文字だったがそれでも涼ちゃんが一文字一文字に込めた思いが伝わってくる気がした。
唯へ──
元気か? これを読んでるってことは多分俺はもう死んじゃってるんだろうな。唯には黙ってたけど俺は心ぞうに病気を持ってる。唯が退院する時点で長くはないって分かってた。
だからゆいに手紙を書くことにした。
あと謝らなきゃいけないことがある。ゆいが病弱で友達がいないっていった時に俺の友達紹介してやるっていったやつ。あれ俺も実はほとんど友達いなかったんだ。ごめんな。でも唯のことを元気づけたかったからついたうそだし仕方ないよな。
あと病室で俺におってくれた折り紙のつるあったよな。あれじつはなくしちゃったんだ。ごめん。でも折ってくれたのとかすげーうれしかったよ。
謝ること以外にもいいたいことあるぞ。
病院でいろんな遊びしたよな。けん玉とかコマとか病院で回して怒られたよな。
唯も俺とおなじで体が弱くてでしかも泣き虫だけどやると言ったらやるし、しかも負けず嫌いだからきっと病気に勝って、いつかおれの家に来て、この手紙をみてくれるって信じてるから。
俺と友だちになってくれてありがとう。
──涼より
手紙を読み終わり、我慢出来なくなってまた泣いた。
本当に思い出せなかったことが悔やまれる。
「手紙を見せてくれてありがとうございました。」
「運命なのか知らないけど。この手紙を涼が書いたのは七年前の今日なのよ。」
それを聞くとまた涙が溢れそうになる。
実際運命なのだろう。今日夢を見たのも。手紙を書いた日も。それに8月13日はお盆の日。死者が戻ってくると言われている日だ。
涼ちゃんは私にこの手紙を読んで欲しくて今日私をここに導いてくれたのではないかと思える。
「来てくれてありがとな。」
そう後ろから涼ちゃんの声が聞こえた気がした。咄嗟に後ろを振り返るが誰もいない。
でも確かに聞こえた。だから小さくだがはっきりとその声に返事をした。
「私こそここに連れてきてくれてありがとう。」
7年前の君がくれた7年後のわたしへの手紙。
涼ちゃんの分まで生きて天国で改めて胸を張って会えるようにしよう。
こんな決意を今日することが出来た。
写真の中の涼ちゃんもいつもより少しだけ笑っている気がした。
終わり