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女子高生勇者と異世界ドレイ

「ありがとうございます。勇者様」

 司会の男――バロウにお礼がしたいと連れられ、ナナミたちは彼の家を訪れていた。


 バロウはあまり褒められた生活を送っていないようだった。

 部屋のなかは埃臭く、天井に蜘蛛の巣がかかっている。


 ナナミたちは古臭いテーブルを囲んだ。ナナミとエイルは並んで座っている。

 部屋の奥で異種族の二人が鎮座していた。

 特にオークの占める範囲は大きく、部屋の五分の一は彼の身体で埋められている。


「こんな狭い部屋で、オークと半狼と、三人で暮らしているのか。バロウは物好きだな」

「は、はい。僕、昔から芸で飯を食べていくのに憧れて……ゆくゆくは宮廷道化師なんて」

「国王お抱えの芸人か」

「は、はい。エイル様。といっても、少し前までは売れない金細工屋だったんです。親の跡を継いで。だけど、オークが奴隷商にいるってきいて……ご覧いただいた芸を思いついたんですよ。それで貯金をはたいて、結構借金をして……。オークの服も奮発したし……。スンナは問題ばかり起こしていたので安かったのですが……」

「うーむ。狙いは悪くなかったのだがなぁ――もうオークでの芸はやめておけ」

「はい。勇者様とエイル様に助けていただけなければ……」

 バロウは何度目かわからないがまた感謝の言葉を並べた。


 ――でも、あんなにあっさり解決できるなんてね。


 民衆たちはナナミが勇者だとわかると、あっさり引いていったのだ。

 なかには頭を下げにくる若者もいた。

 ナナミが思っているよりも勇者の影響力は絶大だったのだ。


「こんなものでお礼になるかはわかりませんが、どうぞこちらを……」


 バロウが取り出したのは銀色の腕輪、二つだった。黒い曲線の意匠が刻まれている。


「そ、そんな……お礼を貰うためにやったのでは――」

「おお! よくわからないが、いいではないか」

「はい。僕が作ったものでは珍しく売れたものです」


 エイルは遠慮なく手に取り、さっそく腕に装着した。新しいオモチャを手に入れた子供のようにはしゃいでいる。


「ナナミも着けてくれ。おそろいだぞ」

 純粋そうな笑みを浮かべるエイルを、ナナミは断ることができなかった。

「……じゃあ、貰っちゃおうかな。ありがとうございます。バロウさん」


 お洒落に無頓着だったナナミだが、腕輪をつけると自身が魅力的になった気がした。

 何よりエイルと同じ物を身につけることも、まんざらではなかった。

 目に見える友情の証に、勇者はそっと自身の唇を触った。


 バロウは喜ぶ勇者たちをみて、満足気な様子だった。

 芸の道を志していても、自身の作品を喜んでもらうのは職人冥利に尽きるのだろう。

 しかし、ナナミはバロウが心配だった。

 売れると確信した芸も失敗に終わり、残ったのはオークとスンナと、多額の借金だ。


「バロウさんはこれからどうするんですか?」

 ナナミの真剣な声色に、バロウはしゅんと小さくなった。

「……そうですね。とりあえず、ウド……あ、オークと人狼を売って、また金細工屋ですかね。生活が回るとは思えませんが……」

「……そうですか」


「あの二人との生活も終わりですね。貧乏ですから彼らには辛い思いをさせました。せめてお金持ちの家に売れるよう便宜を図ろうと思います」

「随分とあの奴隷に肩入れしているな」

 エイルは不思議そうに彼を見た。

「は、はい。ウド……あ、オークの名前です。ウドはかなり真面目で、僕の作品にも興味をもってくれて……。人狼の子は問題ばかりだったのでしたが、それでも独身の僕にはいい思い出です。しかしその分、部屋が広くなるのでいいですよ。いつまで住めるかはわかりませんが」

 自虐的に笑うバロウ。明るい調子で言っているが、無理をしているのは明らかだった。


 ――なんとかならないかな?


 バロウと出会って間もないが、ナナミは彼に好感を抱いていた。

 こんな状況でも奴隷の身分である二人を心配するバロウに温かいものを感じたのだ。

 ナナミはせめて異種族たちの保障だけでもしたかった。

 もし差別的な人に買われてしまったら、きっと無事では済まないだろう。

 特にスンナの今後がどうしても気になった。


 当の二人はこちらを静観している。

 オークは首輪のあいだに指を入れてポリポリと掻いていた。

 その仕草はなぜか寂しそうにみえる。


 一方、スンナはナナミをじっと観察しているようだった。

 目を見開いて赤い眼でまじまじと勇者を見ている。

 噴水の時からずっとこの調子だった。

 しかしナナミはあまり不快に感じない。ユウミを思い出して懐かしさすら感じた。


「その布袋は面白かったのだがなぁ。国王様の奴隷待遇改善の政策が進んでいれば、大衆の捉え方も変わったかもしれない。しかし反対意見が多く……」

「……いえ。そう言っていただけるだけでも、誠に光栄です」


「そうだ!」

 ナナミはエイルの言葉に閃いた。


「私が国王様にバロウさんを紹介するのはどうでしょうか? 国王様とは一度会ったことがありますし、勇者の私が言えば聞いてくれるかもしれません」


 バロウは突然のチャンスに動揺している様子だった。

 首に手を当てて、真剣な様子で考え事をしている。


「確かに宮廷道化師になればお金には困らないだろう。私も国王様に進言しよう。国王様もバロウみたいな奴隷に優しい者――政策への賛同者が傍にいれば、心強いだろう」

「と、とんでもない。是非、お願いしたいのですが……そんな大恩、僕には何も返すものが……」

「そ、そんな――」


 見返りなんていらないです。


 ナナミはそう言おうとしたが、しかし唇を結んだ。

 邪まな考えがよぎったのだ。

 ナナミはスンナを一瞥する。やはり少女にはユウミの面影があった。


「じゃ、じゃあ、奴隷を私に譲るというのはどうでしょうか?」

 ――宮廷道化師になれば、別に構わないよね。

 言い訳をするようにナナミは心中で呟いた。


「す、少し待ってください」

 彼はそう言って、俯いて考えはじめた。

 数分後、バロウは首から手を離し、覚悟を決めるように大きく、長い息を吐いた。


「わ、わかりました。ウドとスンナを勇者様にお譲りしましょう。で、ですから国王様へのご紹介お願いします」

「い、いいんですか? 紹介が失敗したら、奴隷も売れずにお金もないんですよ」


 自身の欲望からの提案に、ナナミは罪悪感を抱いていた。

 もしその結果、バロウが路頭に迷うことになれば、責任を感じざるを得ないのだ。

 しかしバロウは首を横に振る。


「成功しなければ、僕はそれまでの人間ということです。それに勇者様に譲るなら、ウドやスンナの心配もありません」

 バロウの目はまっすぐだった。身体は震えているが、しかし穏やかに微笑んでいる。

「……わかりました」

「よ、よろしくお願いします!」

「うむ。期待しているぞ。努力をすれば、バロウなら認めてもらえるさ」

「は、はい。ありがとうございます」


 期待通りの展開にナナミは心中ひそかに喜んだ。けれどもバロウが国王様に認めてもらえる保証はなく、手放しには喜べない。


 ――私がしっかりと紹介しないと……。


 ナナミは真摯に取り組もうとしたが、やはりソワソワして落ち着かない。

 自身の膝頭を撫でて心を鎮めようとしている。

 物々交換のような方法だが、スンナを手に入れてしまった。

 ナナミの胸は黒い幸福でいっぱいになった。息苦しいぐらいに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それでは勇者様、ウドとスンナをよろしくお願いします」

「はい。バロウさんも芸を磨いてくださいね」


 ナナミたちはウドとスンナを引き連れバロウと別れた。

 ウドとバロウが静かに握手を交わしていたのが印象的だった。


 勇者一行は狭い路地をしばらく歩いた。

 噴水広場のような華やかさはない。

 ネズミがゴミをつつくような、閑散とした場所だ。

 ナナミもエイルがいなければ足早に大通りに向かっていただろう。


「ナナミも奴隷が欲しければ私に言えばよかったのに」

「いや……あれは、ね? そういうことじゃないんだよ?」

「ん……? よくわからんが、まぁ、勇者だから正しいのだろう」

「勇者が正しいわけじゃないと思うけど……」

「そうなのか?」

 エイルはかくんと首をかしげる。彼女の幼い挙動にナナミは気が削がれた。


 ――それにしても……。


 ウドとスンナは無言でナナミたちの後ろをついてきている。

 バロウと別れた時からタイミングが掴めず声をかけられずにいた。


 ――オークって喋れるのかな?


 ウドとバロウは親しげな様子だった。寡黙なだけかもしれない。

 ナナミは足を止めて、思い切って声をかけた。


「えっと、ウド……君。で、いいよね?」

 ウドはおもむろに首を触った。

「はい。自分はウドと申します」

 ナナミはウドの丁寧な言葉遣いに驚いた。声色も静かで紳士的だ。


「喋れるんだね。ずっと黙っていたから喋れないと思ったよ」

「……はい。昔から喋るのは得意ではないので。それに自分が何か粗相をすれば、バロウの話もこじれる可能性があったので」

「ほう。オークにしては謙虚ではないか。立場を弁えている」


 エイルは感心したように言った。言い方には問題があるがナナミも同感だった。


「そ、そういえば」

 ナナミは話題を変えるために言った。

「さっきはごめんね。ウド君には石を投げてもいい、みたいなこと言っちゃって」


 ウドはかぶりを振った。

 オークの表情はよくわからないが、ウドは悠然としている。

 悪く言えば表情が乏しい。


「大丈夫です。石ころでは自分に傷をつけられません。それにこの子――スンナだけでも助けようとする判断は正しかったと思います」

「ほんとう? そう言われると気が楽になるよ。ありがとう」

「……いえ。それに自分は石を投げられても仕方ないので」

「え?」


「……あの観客が言ったように、自分は戦争で人間も殺しています」


 ウドの顔は相変わらず変わらない。

 しかしナナミはウドが脇腹を掻いたのを見逃さなかった。


「……オークは人間よりも長く生きるからな。いてもおかしくない。しかし。うーん。殺すべきか」

「え。ちょっと待って」

 ナナミは剣を構えようとするエイルを止めた。

「せ、戦争だったんだから仕方ないんじゃないかな? 人間だってオークを殺したんでしょ?」

「はい。知り合いも何人か人間に殺されています。人間がオークの国に迷い込んだら、オークも人間を殺すでしょう」

「じゃあ、私がお前を殺すのも仕方ないな」

「はい。仕方ありません。アイルの子孫に殺されるなら、自分も本望です。ただバロウさんの件は、よろしくお願いします」


 突然の展開に唖然とするナナミ。

 エイルの対応も、ウドの答えも筋が通っている。

 彼らの価値観に従えば、この流れは仕方のないことなのだ。

 けれどもナナミとしてはあまり受け入れたくない。

 誰かが傷つくのは嫌なのだ。

 だが、意外にもエイルは矛を収めた。 


「私が勇者『アイル』の子孫だと気づいたか」

「はい。瓜二つだったので」

「……アイルはオークにも人気なのだな?」

 オークは大きな顔を縦に振った。

「彼女は戦争中、自分らの王と酒盛りをしました。あれほど豪胆な者はオークのなかでも滅多にいません。自分らオークはアイルが好きです。それにあの美貌と思い切りのよい戦い方は華になります。アイルの戦いを観るために、わざわざ戦争に行く同胞もいました」

「そうか。そうか」

 エイルは満足気に頷いた。あからさまに嬉しそうだ。


「どうやらオークというのは、案外見どころのある種族かもしれないな。いいだろう。見逃してやろう」

「……はぁ」

 ウドは困ったように眉を寄せた。

 さすがのウドもエイルの抜けた態度に驚いたのだろう。


 ナナミは胸をなでおろした。

 しかしこの調子だとまた同じことが起きても不思議ではない。


「ウド君。一応、この国ではその経歴は秘密にしよっか。いや、年上だから……しましょうか、かな?」

「主がそう望むなら、従いましょう。それと、年上だからと敬語を遣わなくてもいいです。オークは元々王にしか敬語を遣いません」

「そうなの? じゃあ、ウド君も遣わなくていいよ」

「いえ。自分はこの喋り方に慣れたいので……」

「そ、そうなんだ。私はナナミ。何をしてもらうかは決めてないけど、よろしく」

 ウドは「はい」と頷いた。


 ――おかしな人……けど悪い人って感じはしないな。

 ――いきおいで貰っちゃったけど、後悔はしなくてもいいみたい。


 ナナミとしては、ウドはスンナのついでであった。

 そのことに多少の罪悪感はある。

 だがそれでもスンナへの執着心を気取られたくなかったのだ。

 昔のユウミに姿を重ねていることが、ナナミにはとても罪深いことに思えたのだ。


 当のスンナはナナミを凝視していた。

 ナナミはそれに気づかぬフリをするが、ナナミが気にしなくても、エイルが不愉快そうに眉をひそめている。


「じっとナナミを見ていて気味が悪いな。人狼の子供というのはこれが普通なのか?」

「エイル。半分は人間の血だから……」

 エイルを窘めつつ、ナナミはスンナの頭に手を伸ばした。


 ――これぐらいは大丈夫だよね……。


 人間の頭髪にはない、穏やかな毛並みだった。

 手が吸い込まれそうな柔らかさだ。

 スンナはじろりと見上げる。やはり瞳には何も映っていない。

 不健康な赤黒い血のように、目の色は淀んでいる。

 ナナミは頭を撫でた。枝毛ばかりだが、撫で心地はよかった。


 ――苦しそう。


 スンナの首には銀色の首輪があった。

 ナナミは膝を屈め、スンナに視線を合わせた。

 スンナの視線がナナミの目に突き刺さる。


 ――外れないかな?


 勇者は少女の首輪を触った。

 するとあっけなく首輪は外れた。

 ぽとりと首輪は地面に落ちて、転がっていく。


「ナ、ナナミ! 何やってるんだ!?」

「え? 何って――」


 首輪はオークの足にあたって転がるのをやめた。

 突如、耳をつんざくようなサイレンが空から響いた。

 赤い光が大空から垂直にスンナに降りて、スポットライトのようにスンナを照らしている。


 ナナミたちは反射的に両耳を手で押さえた。さすがのスンナも顔をしかめている。

 エイルは大きな声を張り上げた。


「この国には、異種族に反応する結界が張ってあるのだ! 首輪にはその結界から免除される仕組みがあってな……。だから、首輪が外れると結界が反応し、警報とともにその者の場所を示すのだ!」

「そ、そうなんだ。ごめんなさい! 私、知らなくて……」

「別に大丈夫だ! 安全が確認されれば止まる。治安部隊の衛兵が来るが、勇者なら刑罰の心配はないはず!」

「そっか……。にしても首輪って簡単に外せるんだね」

「人間が念じて触れるだけで外せるようにできている。鍵があっては自分で外せる危険性があるからな」

「すごいね……」


 ――さすが異世界。魔法みたいなものもあるんだね……。

 どうしようもない罪悪感も抱きながら、ナナミは治安部隊がやってくるのを待った。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

活力に繋がりますので、お気軽に感想や評価、ご指摘ください。

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