プロローグ
――帰りたい。
静かで、ひたすらに暗い夜だった。
ナナミはまだこの世界の夜に慣れていない。だからゆらゆらと揺れるロウソクを信用できなかった。
目の前に広がる世界も、日本の懐中電灯で照らせば、きっとちがった現実が待っていると思ってしまった。
――助けて……ユウミ。
椅子に座る治安部隊の隊長。
隊長にしては随分と狭い部屋だった。
隊長は名誉を着飾らない謙虚な人なのだ。椅子も民家にあるような素朴なものだ。
隊長はうたた寝をしているかのように目を瞑っている。
鍛え上げられた肉体とは反対に、頭髪は白くなっていた。もし起きたらもう年だと、ばつが悪そうに笑ったかもしれない。
しかし隊長が起きることはない。
隊長の胸には穴があいていた。小さな穴で、心臓のうえにぽっかりとあいている。
そこから血が少しずつ、少しずつ、しまりの悪い水道のように漏れでている。
ナナミの足元にも大きな血だまりができていた。
生ぬるい温度を感じて、ナナミはようやく血のうえに立っていることに気づいた。
部屋に入ったときは、赤いカーペットだと勘違いしたのだ。
後ずさりをして、ナナミは赤い足跡をつくりながら、部屋を出た。
仲間の労わる声が聞こえてくる。
だけどちがう世界のもののように感じた。言葉を返す余裕がナナミにはない。
――どうして、こうなったんだろう。
ナナミは薄れていく意識のなか、過去に思いを馳せた。
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