初めから決まっていたのかもしれない
1話3000文字前半を目安に書いているんですが、早速長いです。
2話に分けると、短すぎるかなと思ったので。
我がアポロニア王国は、原則として第一王子が次期王となる。つまり、第一王子の婚約者とは将来の王妃であり、第一王子の婚約者選びとは将来の王妃選びでもある。
王妃に相応しい素質があるかどうかも、きっとこの婚約者選びの鍵となるのだと思うわ。
将来の王妃に求められているものなんて、正直分からないのだけれど。
王子が我が家を訪れたら、庭園にお招きして私とお姉様それぞれ王子と二人きりで王子をおもてなしするようにお父様に言われたわ。小さなお茶会といったところかしら。
今回、王子が我が屋敷に訪れるのは、第一王子の婚約者を選ぶため。おもてなしは、そのことを念頭に入れて計画しなければいけないの。重要なのは令嬢としての素晴らしさを見せることだとお父様に説明されたわ。
つまり、私の素晴らしさを伝えればいいということよね!肝心のその方法はさっぱり分からないけれど。
一先ず、一度も参加したことのないお茶会の準備を一人でするなんて難しいから、お兄様に必要なことを色々教えていただいたわ。お茶菓子や食器なども相談して決めたのよ。お兄様は特にハーブに凝っていらして、興味深い話をたくさん聞けたわ。
ちなみに、王子にお会いする時に着るドレスは、ロイヤルブルーを基調としたものを着ることにしたわ。袖とスカートは広がりがあって、スリットの内側のイエローのドレスがチラリと見えるところが魅力よ。
エレガントな印象の装いになってしまって、少女の愛らしさや守ってあげたくなるようなあどけなさは演出出来てないけれど、仕方ないわよね。庇護欲を誘うような可愛らしい格好は、私には似合わないもの。切なくなんてないわよ。
とにかく、一通りの準備が整ったなら、後は本番を待つだけね!
この婚約者選びの顔合わせは、私が最後のらしいのよ。お父様に「令嬢達との顔合わせを終えたその場で婚約者を選ぶことあるかもしれないね」と暗にプレッシャーをかけられたわ。せっかくお父様が期待してくださっているのだから、応えたいわよね。
「カメリア・ローゼンツァイクと申します。本日は、お初にお目にかかれて光栄にございます」
「ジークムント・グロリア・アポロニアだ。こちらこそ、会えて嬉しいよ」
カテーシーをして初対面の王子に挨拶をした。お姉様以外の歳近い方とお会いするのは初めてだわ。初めてのお相手が第一王子になるだなんてね。
それにしても、ジークムント王子はなんて綺麗なお方なのかしら。王子というだけで、多少お姿を美化して想像しているかもしれないと思っていたけれど、全然そのようなことはなかったわね。むしろ、想像以上にお美しい方だわ。
柔らかな金糸の髪は眩いほどキラキラと煌めいていて、アメジストの色をした瞳は宝石にも劣らない透き通った輝きを放っている。そして、その顔立ちも芸術品と見紛うほどに均整がとられていて、絵画にだって容易く描くことが出来ないような美しさだわ。
お召になっている純白のジャケットは、金と紫の糸で煌びやかな刺繍が施されていて、王子の美しさを際立たせているようだわ。
弱冠7歳にして、王族としての風格も申し分なく、まさしくおとぎ話の中から出て来た王子様のような方ね。そもそも、実際にこの方は王子なのだけれど。
もちろん、私だって王子に美しさで劣っているつもりはないわよ。気後れなんてしないわ。
「綺麗な色のドレスだ。気品あるカメリア嬢によく似合っている」
「ありがとうございます」
さすが令嬢を褒めるのもお上手ね。何人ものご令嬢とお会いしただけあって、この程度のことは苦にならないようだわ。
「では、行こうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
差し出された王子の手に、自分の手を重ね、我が家の庭園へと向かった。
王子のリードは紳士的で、所作も滑らかで、立ち居振る舞いの美しさも相まって、まさしく理想の王子様像そのもののようだった。ご令嬢方が王子にうっとりしている姿が目に浮かぶわ。
庭園に着いてからは、お茶を飲みながら、習い事や趣味、好きな料理やお菓子、得意なこと等、お互いのことを知るためのなんとない会話をしていたわ。
前世では、王子と私のこのようなやりとりをお見合いと言ったようね。ただし、お見合いはもっと年上の男女が行っていたもののようだけど。
このようなやり取りを短期間で何人ものご令嬢とされてきたなんて、王子も大変ね。私なら途中で飽きてしまいそうだわ。きっと同じようなことの繰り返しだもの。
用意していたお菓子もなくなったし、それなりに時間も経ったわ。そろそろお開きかしら。
「君も十分承知しているとは思うが、私の婚約者となる者は将来の王妃となる者ということだ」
「ええ、そうですわね」
王子が唐突に婚約者選びの話題を出された。今回のお茶会の本題だから構わないけれどね。
先程までと王子の雰囲気が違うのが、少し気になるけれど。
「私は、君のようなお飾りにしかならない婚約者は必要ない」
・・・は?
「つまらない人形はいらないんだ、君のようなね」
王子は色のない声で言い放った。空気が一瞬で凍り、凛とした声が冷たく響いた。
この方は何を仰っているの?私が、お飾り?私が、つまらない人形?
私は唖然として王子の顔を見た。王子は先程までの柔らかなご様子が嘘だったかのように、冷めた瞳でこちらを見ている。
本気で私をお飾りにしかならない令嬢だと思ってらっしゃるの?ほんの数刻お話をしただけで、私にそのような評価をしたと言うの?
この私がつまらないお人形だなんて、いくら第一王子のお言葉であろうとも看過できないわ。
私は自分の全てに誇りを持っているのよ。それなのに、このように簡単に言い切り捨てられるだなんて・・・。王子の言葉に怒りで震えてしまいそうだわ。
落ち着いて、大丈夫。私ならちゃんと対応出来るわ。何て言ったって、お父様の教育を受けているのだもの。大丈夫よ。
「私は、自分が多少なりとも優秀な令嬢の一人であると自負しております。ですが、王子のお眼鏡にかなわなかったのなら、それは仕方のないことです」
他人を簡単に蔑むような方の隣に立つなんて、耐えられないわ。たとえ、王子の婚約者という、誰もが羨む肩書きが与えられようともお断りよ。だって、日々苦痛を感じさせられることは目に見えているもの。
怒りを堪えながら、私はスッと立ち上がり、王子の隣に行き、真っ直ぐ王子に向き合った。
「ぜひ、王子の婚約者には、お飾りになることのない、他のご令嬢をお選びください。私はご縁がなかったと、潔く身を引かせていただきます」
私は丁寧にカテーシーをした。辞退という体で出来るだけ失礼のないように、それでも金輪際お会いしたくはないという思いを込めて。12歳になり、社交界に出れば、嫌でもまたお会いしてしまうのでしょうけど。
数秒の間。ほんの数秒なのは分かっているけれど、永い、永い時間に感じるわ。
「なるほど、父上が君を推していた理由が分かった」
「・・・え?」
王子の声色が優しいものに戻っていた。驚きで顔を上げてしまったわ。
数分間、張り詰めていた空気も途端に柔らかいものに変わった。ここには私達二人だけなのだけれど、まるでこの空間を支配しているのが王子の様だわ。私は完全に振り回されている気がする。
「先程は心無い言葉で君を傷付けてしまい、申し訳なかった」
王子はスッと立ち上がり、私と向かい合った後、謝罪の言葉を告げ、腕を折り礼をした。
先程から王子の態度がころころと変わっていて、私は展開についていけないわ。
「いえ、あの、お顔を上げてください」
私は困り果てながらも、王子に礼をお止めになるようお願いした。
何か起こっているのか分からなくても、王子に頭を下げさせたままには出来ないもの。
「ありがとう。・・・実は先程の台詞は、今回顔を合わせた令嬢全員に言っていたんだ。未熟な私が婚約者を選ぶために考えたつたない方法だ」
「そう、だったのですか」
えっと、それはつまり、王子は私のことをつまらないお人形だと本気で思っていたわけではないということかしら。婚約者を選ぶために、ね。だとしてもあの言い様は酷いのではないかしら。ご自身も酷い言葉という自覚はあるみたいだけれど。
なんだか他のご令嬢方に同情してしまうわ。私も心無い言葉を言われた身のだけれどね。
正直に仰ってくださったのだし、私の立場からしてもあまり責められないわ。
「本当にすまなかった。そろそろ戻ろうか」
「はい」
「紅茶、美味しかった。ありがとう」
そう仰って微笑み、手を差し伸べる王子のお姿は、やっぱりお伽噺の王子のようだったわ。
王子と共に戻った客室では、王様とお父様が談笑していらした。私達が戻ってきたことに気付かれた王様が、私達を見て微笑まれた。
「ジーク、戻ったか。カメリア嬢もジークの相手をしてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ、王子とお話出来てとても楽しかったです」
「それならよかった」
今日、初めてお会いしたのだけれど、王様って意外と優し気なお方なのよね。
お姉様と王子がお話している間は、お父様に勧められて私は王様とお父様と3人でお話をさせていただいていたわ。そのおかげで王子と二人きりになってもあまり緊張せずにお話しできたのかもしれないわね。
「父上」
「なんだ、ジーク」
「カメリア嬢を私の婚約者に選びます」
おおっ!!とこの場が沸き立った。近くにいた侍女や執事、近衛兵達が「おめでとうございます」と笑顔で拍手している。
王子は私を見て微笑み、王様は私達を微笑ましく見守り、お父様は満足そうな顔をしていた。
私は王子のお言葉に驚いて固まっているのだけれど、どうやら私だけがこの状況についていけていないのね。
ねぇ、さっきからずっとよ。
お姉様の姿が見えた。
お姉様は、襟と袖と裾にレースのフリルがあしらわれた淡いピンクのドレスを着ていらした。少女の可憐さを最大限に演出したあのドレスは、きっとお母様が選んだのでしょうね。
っていうのを入れようとしたんですけど、抜きました。