合わない相手はいるもので
一応乙女ゲーム転生ものなので。まず出てくる課題といえば、これですよね。
※2018年4月14日:サブタイトル変更しました。
顔色がよく見えるように淡いイエローのドレスに着替えて、私はお父様が待つ書斎を訪ねた。書斎にはお父様だけではなく、お姉様もいらしたわ。
「カメリア、もう体調はいいのか?」
「はい、お陰様で回復いたしましたわ。ご心配をおかけいたしました」
「元気になったのならよい」
私の体調を気にかけてくださるお父様の声色は、いつもの数倍優しい響きでしたわ。お顔にはあまり出ないけれど、お父様は私を心配してくださっているのね。お姉様は私に一瞥もくれないけれど。
お姉様にお会いするのは、いつ振りかしら?あまり、仲はよくないのよね。お姉様は私のことがあまり好きではないみたいだから。お父様とお母様の仲が私達にも影響しているのだと思うのだけれど。正直、私もお姉様のことは少し苦手なのよね。
「早速だが、お前達をへの要件を話そう」
お父様の声がいつもの厳しいものに変わったわ。真面目な本題に入るのね。
私は、お父様と書斎でお話しすることは多いけれど、お姉様はお父様の書斎に足を運ぶことさえほとんどないわ。だから、この状況はとても珍しくて新鮮ね。
でも実は私、このようなお呼び出しは初めてなのよ。お父様の書斎を訪ねるのは、勉強のためでもあるから、日課のようなものなのよね。今日はきっと重要なお話をされるんだわ。けれど、私だけではなく、お姉様にも関わりのあることって何かしら。
「我が国の第一王子が現在、婚約者探しをしている。候補者の娘の家を王と王子自ら足をお運びになり、面会をされているんだ。我が家にも明日、お二人が訪問される。バーベナとカメリア、お前達二人も婚約者候補の一人だ。明日はそのつもりで王子にお会いするように」
「かしこまりましたわ、お父様」
「心得ましたわ、お父様」
お姉様、私とお父様の指示に承知の返事をした。
婚約者のお話・・・そうね、そろそろ私にそういったお話が来るかもしれないとは思っていたわ。まさか最初に上がったお話が王子との婚約になるとわね。まぁ、王子とのお話が2番手以降になるだなんて、失礼なお話だものね。
太陽の国と言われている我がアポロニア王国の第一王子が婚約者を探していらっしゃる。確か、第一王子は私と同い年。我がローゼンツァイク家もそうだけれど、私と同じ年頃の娘を持つ家はどちらもざわめいているのでしょうね。
王子と娘の婚約が決まれば、王家との繋がりが出来る。家格にこれ以上ない箔が付くわ。それに、王子と結ばれるというのは、多くの少女にとってはお伽噺のような夢のお話。誰もが憧れる幸福が現実になるかもしれないと思えば、期待に胸を膨らませる令嬢だって少なくないはずよ。
つまり、今、第一王子の婚約者選びは、多くの者が関心を寄せている国の一大イベントとなっているはずよ。私もその渦中にいるのね。
我が国の第一王子、あらゆる才能に恵まれて太陽神が地上に遣わした天の使いだとうたわれる御方。そんな御方の婚約者となれば、この国を舞台にした物語において重要な役でない訳がないわ。具体的な役割は残念ながら思いつかないのだけれど。
その役は私に相応しいのかしら。どちらにしてもローゼンツァイク家のためを思えば、私は王子の婚約者に選ばれるように努めなければいけないわね。お父様もきっと期待してくださっているわ。結婚は家のためにと教わってきたもの。
そういえば、前世の世界では自由恋愛というものが当然だったみたいね。立場など関係なく恋をして愛を育み、愛しい方と結婚をし家庭を築いていく。私には想像もしたことのないお話だわ。
前世の私は、どのような恋をしていたのかしら。・・・あら?よく思い出せないわ。学生時代のことは思い出せるけど、20代後半辺りからの記憶があやふやだわ。そういえば、前世の私はどのようにして死んだのかしら?まぁ、記憶が曖昧な部分も多少はあるわよね。その内思い出すかもしれないのだから、気にしないことにしましょう。
死に際の記憶だなんて、思い出したところで愉快なものではないものなのだから。
お父様のお話を聞き終えた私とお姉様は共に書斎を退いた。廊下に出てすぐ、お姉様は私に話を始めた。
「ねぇ、カメリア」
「何ですか、お姉様?」
普段は擦れ違った時に軽く挨拶する程度でしか私達は言葉を交わさない。こうしてお姉様が私に話かけてくるというのは、とても珍しいこと。それだけお姉様が先程のお父様のお話に興奮しているということかしら。
「お母様がね、王子様の婚約者に選ばれるのは私だと仰るの。私以上に素晴らしい令嬢はいないのですって」
「お姉様は王子が婚約者を探していることを知っておられたのですね」
「もちろんよ。今、社交界で一番の人々の関心を集めていることだとお母様が教えてくださったわ」
「そうなのですね」
予想はしていたけど、そんなにも有名なお話だったのね。私としたことが、全く知らなかったわ。でも、仕方ないわよね。私は病み上がりだし、最も状態が悪い頃に王子の婚約者探しが始まったのでしょうから。
それにしてもお母様ったら、お姉様に安易なことを仰っているのね。よほどお姉様のことが気に入っているのだわ。ご自分の理想通りに育ちつつある自慢の娘だものね。
このようなお話を無垢そうな笑みでお話しするお姉様もお姉様だわ。ただ純粋にお母様のお言葉が嬉しくてお話しているとは思えないわね。気に入らない相手に、普通このようなことを笑顔で話したりはしないでしょう?
「王子様に選ばれるのは私だと、カメリアもそう思う?」
しかも、私に同意まで求めてくるだなんて。牽制でもしているおつもりかしら。
「ごめんなさい、お姉様。お姉様は確かに素敵な令嬢なのでしょうけど私は、王子の婚約者に相応しいご令嬢がどのような方なのかよく存じ上げませんの」
あまり相手にしてはいけない。お姉様は人畜無害そうな雰囲気を漂わせているけれど、私が推測するにそれなりに強かな方だから。現に、私の返答に微笑みこそ崩さなかったけれど、目が笑っていなかったわ。
ここは早く自室に戻りましょう。
「ベッドから降りたのが久し振りで、少し疲れてしまいました。私は自室に戻って休憩して参りますわ。失礼いたします」
「そう、分かったわ」
私はカテーシーをして、スッとお姉様に背を向けて、自室へと歩き出した。
バーベナお姉様、私より3つ年上で、青みがかった長く真っ直ぐな黒髪と、アイスブルーの瞳のたれ目が印象的な優しげな雰囲気のローゼンツァイク家長女。お父様とお母様が対立するきっかけにもなった人物。
現在、ローゼンツァイク家の令息令嬢は私を含め3人。第一子且つ長男であるお兄様は誰が咎めることもなく、お父様が次期当主としての教育を行った。
問題は第二子であるお姉様の教育だった。素晴らしい令嬢に育てるためにとお母様がお姉様の教育の主導権を握った。お母様が思う理想の令嬢とは、まさに深窓の姫君とも言えるような慎ましやかで、いつでも殿方をたてられ、ただ静かに微笑んで殿方に寄り添うような女性で、そこに優秀な人物という評価が入ってはならなかった。
けれどもそれは、お父様が望む自身の娘のあるべき姿ではなかった。お父様は娘にも優秀であることを望む方だった。知識や教養が殿方にも劣らない、あらゆる分野に秀でた令嬢が、お父様が理想とする令嬢の姿だった。
お姉様を自身の望むように育てられないと悟ったお父様は、次女である私の教育の主導権を即座に握り、お母様の干渉を禁じた。こうして、娘の教育をきっかけに、お父様とお母様は静かに対立をするようになっていった。
この対立が屋敷全体に広がってしまわないように、お父様は使用人達に中立の立場でいることを強く言い聞かせられた。内部分裂だなんて、本来家系の崩落に繋がりかねない事案だもの。お父様の差配のおかげで屋敷内に張り詰めた空気が漂うことはほとんどなく、私は気持ちを楽にして生活できている。
当事者である私とお姉様の関係は大きく影響を受けてしまったけれど、それも仕方のないことだわ。私もお父様の考えに賛成だもの。女性だって、優秀であるならば、殿方と肩を並べて領地を治めるために尽力したり、政に携わってもよいと思うわ。
だから、屋敷の中で静かに微笑んでいることが女性の役割だなんて思っているようなお姉様とは、馬が合わないのよ。
今回の第一王子の婚約者選びは、お父様とお母様、どちらの娘への教育論が正しかったかの答えの一つになる可能性がある。
どうなるのかしら。私だって自信がないわけではないわ。だけれど、現実というのは何が起こるか分からないもの。前世の記憶を獲得するという体験をしたからこそ、言えることね。第一、婚約者候補は私達二人だけではないのだから。こればかりは、分からないわね。
一先ず、今の私に出来ることは、お父様の自慢の娘として恥じない振る舞いをすることだけだわ。
家庭の問題です。