世界のことは分かるようで分からない
初投稿です。2作品並行でゆっくり更新する予定です。
※2018年3月28日:サブタイトル変更+本文一部修正
あぁ、私、また死ぬのか。
身体が焼けたように熱い。喉の痛みで息をするのさえ苦しい。指一本たりとも動かせる気がしない。
ただでさえ身体が悲鳴を上げているのに、追い討ちをかけるように、脳に大量の情報が送り込まれてきた。あぁ、頭が割れるように痛い。
私に何か起きている。朦朧とする意識の中ではそれ以上のことが判断出来ず、私はそのまま意識を失った。
「カメリアお嬢様、ご気分はいかがですか?」
「美味しい果物を食べられたから、気分がいいわ」
「お嬢様、お身体の具合はいかがですか?」
「あら、ごめんなさい。そういう意味だったのね。もう随分よくなったわ。ありがとう」
私の答えに侍女達が微笑んだ。毎日甲斐甲斐しくお世話をしてくれる侍女達には、本当に感謝しなきゃね。
皆様、ごきげんよう。私、ローゼンツァイク侯爵家令嬢カメリア・ローゼンツァイクと申します。
誰に自己紹介しているかって?相手なんていないわ。ただ、ちょっと言ってみたくなっただけ。
だってね、私、前世の記憶を思い出したのよ。先日、流行り病に罹って熱に浮かされている間にね。すごいでしょ?事実は小説より奇なりとはよく言ったものね。こんな面白いことが起こるだなんて。考えたこともなかったわ。
前世を思い出したなんて言うと、気でも触れたのかと思わるかもしれないけど、嘘じゃないのよ。だからと言って、声に出したことは一度もないわ。こんなことを口にしたら、すぐさま別のお医者様にかかることになってしまうことは十分理解しているもの。
つまり、前世なんてものがとても奇妙であることを理解した上で、私はその存在を認めているの。だって、今の私の生きるこの世界とは、全く異なる世界を生きた一人の人生が私の脳内を駆け巡ったのよ。私の考え得る範囲では、これを私を前世と判断することが一番納得が出来ることなのよ。
それでね、前世を思い出して思ったことが一つあるの。
私が生きるこの世界は、まるで前世の世界からするとファンタジーの世界のようだってね。
この世界には魔法のような特別な力は存在していないわ。前世の私と同じように、私にとっても魔法はファンタジーの中の存在よ。
なら、どうしてこの世界がファンタジーのようだって思うのかと言うと、理由は、人々の容姿と社会制度や科学技術、文化圏の違いといったところからなの。
まずは、私の容姿なのだけれど。
私の肌は真珠のように白く光沢を放っていて、髪は深海のような深みのある青く大きなウェーブがかかってボリュームがある。その真っ白な顔では、琥珀の瞳と紅要らずの赤い唇が存在感を放っている。
つまりは、私は美少女なのだけれど、これはこの世界がファンタジーの世界であることと関係ないわ。
問題は私の髪色。私のこの髪色って前世の世界では、染髪ということを行わなければ有り得ない色だったのよ。
前世の世界で、生まれつきの髪色として有り得たのは、ブラック系かブラウン系、後はブロンドくらいかしら。生まれつき青い髪なんて、ファンタジーの世界でしか有り得なかったようなの。
我がローゼンツァイク家は、代々ブルー系の髪色をしているのよ。明度の大きな差はあるけれど、皆そうだわ。我が家のほとんどの者の髪色が前世の世界では生まれつきのものとしては有り得ないものみたいなの。私は会ったことはないけれど、きっと他にも前世の世界からするととても特殊な髪色をした人々がいると思うわ。
私のこの瞳の色も珍しかったみたいね。少なくとも前世の世界では私は琥珀の瞳の人間に出会ったことはなかったみたいだわ。
次に社会的な面での違いね。
まずは、身分制度について。この世界には、身分の違いというものが当たり前のように存在しているわ。身分は大きく分けて、王族、貴族、平民よ。けれど、前世の世界では、身分の違いというものが存在していなかったようだわ。歴史上では存在していた時期もあったようだけれど、前世の私が生きていた時代は、王族や貴族は存在せず、全員が平民だったようね。
続けて、文化について。建築、服飾、美術、音楽、文学とあらゆる分野の芸術・文化がこの世界と前世の世界とで異なっているわ。あまりにも違い過ぎて言葉に尽くせないほどの衝撃を受けたくらいよ。私が慣れ親しんでいるものは、前世の私にとっては異国の歴史上の文化みたい。中世ヨーロッパと言うらしいわ。つまりは、過去の産物なのよ。衝撃を受けないはずがないわ。
後は科学技術ね。ただもう一言、前世の世界はこの世界とは比べ物にならないくらい科学技術が発展していたみたいなの。この世界が遅れていると言っても過言ではないのよ。私にはどうにも出来ないことだけれど、なんだか悔しいわね。
と色々この世界がファンタジーの世界だと考える理由を挙げてみたけれど、私自身ここがファンタジーの世界だと言われてもいまいちよく分からないのよね。だって、今まで当たり前のように過ごしてきた世界は空想の世界なんです、なんて言われても普通困惑することしか出来ないでしょう?
だけど、ここがファンタジーの世界でないと否定しきれないのも事実なのよね。
ファンタジーの世界にある日突然召喚される。死後、ファンタジーの世界に転生する。といった類の物語が前世にはいくつもあって、私の状況は後者にとても近いから。
事実は小説より奇なり。どのようなことも有り得ないなんてことはないのかもしれないわ。
だから、ここがファンタジーの世界だと信じてみてもいいと思うのよね。何より面白そうだし。
この世界がファンタジーの世界と言うことは、同時にこの世界が何らかの物語の世界であるという可能性があるということ。つまり、私も物語の登場人物の一人である可能性がある。
その場合、物語における役割が私にはあるはずなのよ。だって、私が無名の役柄だなんて有り得ないもの。
ただ困ったことに、ここがどのような物語の世界なのかが全く分からないのよ。これでは、この世界における私の果たすべき役割が分からないわ。
取り敢えず、生きていればその内分かるかしら?いくらお父様の英才教育を受けて優秀に育っていると言っても、私はまだ7歳だもの。自分の役割が分からなくても仕方ないわ。
そうやって、ベッドに腰を掛けて休みながら色々と考えていたら、別の侍女が部屋に入って来た。
「カメリアお嬢様、旦那様がお呼びです。お体の調子が優れるようでしたら、書斎へお向かいいただけますか?」
「分かったわ、身体は大丈夫よ。今から仕度をするわね」
「お手伝いいたします」
私はベッドから降りて、侍女の手を借りながら、身だしなみを整えた。
お父様にお会いするのは2日ぶりかしら。あの時よりも私の体調は回復したのだから、お父様に私の元気な姿をしっかり見せてあげなくてわね。
お父様は教育に厳しい方だけれど、流行り病に罹った私の身体を心配して、しばらくは大事をとって休むようにと言ってくださった。私が寝込んでいる間も、忙しいお仕事の合間を縫って何度もお見舞いに来てくださったらしいわ。いいお父様なのよ。
それなのに、教育の方針の違いでお母様との関係がぎくしゃくしてしまっているのは、少し悲しいわ。私にはどうにも出来ないことなのだけれど。
それにしても、お父様のご用って何かしら?
「私」は「わたくし」です。