なかった事にしよう
何もなかった最初の部屋のドアを出ると、そこは書斎っぽい部屋だった。
書斎と言うよりは、執務室って言う方が正確なのかな?
大きな執務机にソファーセット。
壁には幾棹かの本棚。
反対側の壁には大きな水晶玉が並べられている。
見た目は普通の洋間っぽいかんじで、なんか異世界っぽさは感じないなとちょっぴりがっかりしたけど、身体の構造は目の前の人達を見る限り大して変わらないみたいだから、使い勝手とかを考えたらこんなもんなのかもしれない。
それよりもあの水晶玉、なんか美味しそう。
でっかい飴玉みたいだ。
キラキラ輝く水晶の近くには、扉が二つ。
その奥の方に運ぶつもりらしく、イリーナさんがその扉を開けた。
「#$?」
不思議そうな声を上げて、中に入っていく後をゆっくりと追う。
人を担いで行くのは結構大変だ。
「イリーナ、%&$%?」
「*+%$#@*&?」
どうやらその部屋は寝室らしい。
1人用にしては随分と大きなベッドが一つででんと部屋の中央に置かれているのを、小さな窓から入る光がつつましやかに照らし出している。
そのベッドには先客がいて、その事にイリーナさんは戸惑いの声を上げたらしい。
あれ?
なんかいやな予感がする。
ちょっと癖のある黒い髪が、枕の上に広がっている。
イリーナさんが何やら話しかけながら、ベッドに乗り、その髪の主に触れてから一瞬だけ沈黙が落ちた。
次の瞬間、彼女の口から漏れたのはすさまじい悲鳴だ。
フーガさんが大慌てで、アルを担いだまま彼女の元に走り寄り、必死の形相で声を掛ける。
わたしは、アルを支えるのを一旦休憩する事にした。
いきなり走りだされたら、アルが二つになっちゃうし。
「%、%、%、%、@+#&%$@&%~!!!!!!」
「?!」
イリーナさんの言葉に、驚いた顔をして布団の中の物体を彼は凝視する。
ソレは、酷く良く出来た人形で……モデルにした人間に良く似ていた。
わたしはイリーナさんと反対の端からベッドに上がると、それを床に移動させる。
随分と精巧に造られた人形で、関節も人体構造に基づいて作られてるみたいだし、触り心地も人間ポイ。
ついでにほんのり温かいから、ピクリともしないのを除けば本当の人間にしか見えない。
はは。
何に使ってたんだろうね?
なんてそんな事を思ったら、その人形にまつわる出来事が脳裏に流れ込んできた。
わたしの名を呟きながら、彼がソレを作り上げるのはほぼ一瞬の出来事。
ただ、材料を用意して、目を閉じた彼の目の前でスルスルとわたしにそっくりな人形が形成されていくのはある種幻想的だと言えなくもない。
骨格から造られて行くソレには、きちんと筋肉っぽいモノやら内臓やらもあるらしい。
心臓らしいものもきちんと動いててビックリだ。
彼が目を開けて、目の前にくたりと倒れ伏した人形を抱き起こすと目が開く。
子供がよく持っている、赤ちゃん人形みたいだなとソレを見て思う。
「リリン」
泣きそうな顔で、人形を抱きしめてポツリポツリと何かを話す。
わたしには分からない、この世界の言葉で。
偶にそうやって、抱きしめて涙を流しながら話しかける以外は、ずっとこのベッドの上で布団を被り続けさせていたらしい。
もう一つの役目は、彼のひどく短い睡眠中にうなされた時に、縋りつく相手になる事。
『過去視』
サイコメトリングだっけ?
超能力モノの漫画で見た事があるきがするんだけど、どうやら『運命の紡ぎ手』ってのはそう言う事が得手らしいと、無意識にとはいえ、実際に使ってみて理解する。
現時点での『未来』も、一応は見る事が出来るらしい。
確率の高い未来の一つを、という限定条件つきだけど。
なにはともあれ、良かった。
本当に良かった。
これで、特殊な用途に使用していたら、流石に私もどうしようかと悩むところだった。
口をパッカリと開けて呆然とするフーガさんの手が緩み、アルがズルズルと床に落ちていく。
まぁ、気持ちは分からないでもない。
息子の部屋でエロ本を見付けたよりもショックがでかいだろう。
例えるなら、エロ本の代わりにダッ○ワイフを見付けたようなもんだ。
しかも、妙に出来が良すぎるやつ。
確か、一緒にお風呂に入れるやつあったよなぁと、昔ネトゲ仲間が教えてくれたヤツを思い出す。
アレの名前は忘れたけど、これはもう、等身大のスーパー○ルフィみたいなアレと似た様なもんだ。
実際の用途はともかく、これをパッと見ただけならそっち方面に勘違いしてもおかしくないよね?
私も最初はちょっっぴりそう思ったし。
ぶっちゃけていうなら、キモイよねぇー。
私は、『リアルりりんちゃん人形』を、自分の特殊能力のひとつであるらしい『空間操作』を使って、別次元に仕舞いこむ。
いわゆるアイテムボックスってやつだ。
なんてお便利!
そう言うのは出来ないのかなって思ったら、本当に出来るとは……。
証拠隠滅したところで、顔色を白くして立ち尽くすフーガさんとイリーナさんの手を取って、なんとなく、コレも出来そうな気がしたので、『リアルりりんちゃん人形』を見つけた瞬間からの記憶を切り取ってみる。
……上手く行ったっぽい?
記憶操作的な事まで出来るとは、ますます人間離れしてるね。
少しドギマギしながら見守っていると、彼のお父さんは何で息子を床に落としちゃったんだろう? と言う風に不思議そうに床にずり落ちたアルの事を眺めてから、ベッドに横たえた。
それから、わたしに丁寧に礼をしてからイリーナさんを連れて出ていく。
偶に、人形の寝間着を変えてやっているのを『過去視』で見たので、着替えが入っているんだろうとクローゼットっぽい場所を開けてみたら、最初に開けたそこには、歴代『りりんちゃん』が入ってた。
ネトゲで、アバターが変わる度に造ってたのか……。
ここまでくると、アルのヤンデルっぷりに脱帽だ。
結構、ホラーな光景に思わず固まったさ。
なんとなく、見覚えのある姿になんとなく懐かしさを感じながらも、これもなかった事にする事にした。アイテムボックス的な何かに入れてから、隣のクローゼットを開けると、アルの服に混じって女性モノの寝巻が仕舞われていてほっとする。
良かった。
こっちにまで『りりんちゃん』が居たらどうしようかと、無駄にドキドキしたよ。
なにはともあれ、いつまでもぶかぶかの男性モノの上着を着ている訳にもいかないし。
『りりんちゃん』用なら、わたしが使っても問題ないだろう。
って言う事にして、ごくごく平凡その物な中から手近なものを出してもそもそと着替える。
人形用のクセに、結構着心地がいいなと妙なところに感心した。