★夢にまでみた……
ドレスを試着した時に、今の姿になってから初めて鏡を見たらしい彼女は、愕然とした様子で驚きの声を上げた。
「わたし、滅茶苦茶、見た目詐欺師!!!」
今の姿も大変愛らしいのだが、元の姿も美しかったという私の意見は、切って捨てられる。
紛う事無き本心なのに。
彼女の地球での姿も美しく、私は随分と気に入っていたのだ。
その後に続く会話で、りりんはこの世界が割と物騒だと教えられて驚きの声を上げていた。
黙っていたが、私も人攫いがそんなに違和感なく出没すると言う話に彼女と変わらない程驚いたのだが。
グラムナードから殆ど出た事が無いから、分からない事だらけなのだなと少し落ち込んだ。
それにしても不思議なのが、リエラが彼女に対して随分と警戒している様に見える事で、私は内心『おかしいな?』と思いながら首を傾げていた。
VRゲームの世界で引き合わせていた時には、あんな風ではなかったと思うのに。
「アスタール様? こちらのドレスは少し質素ですから、刺繍を足しても良いかと思うのですけど……。」
そんな中、のほほんと私に訊ねるのは従妹のセリスだ。
リエラの崇拝と敬愛を一身に集める彼女は、マイペースに自らの仕事をしているらしい。
目隠しのせいで、訊ねられている事にまともな返答ができないのだが、それも総スルーだ。
空気が読めないのか読まないのかは分からないが、ここまで行くと極めてると言えるかもしれない。
りりんが刺繍を入れる事には同意しているようなので、それに異は唱えずに後押ししつつ、とうとう私は文句を口にした。
「着替え中はともかく、着付け終わった状態でならば見てもいいのではないのかね?」
「あらあら」
そう言いながら、セリスは目隠しを外してくれたた。
最初から彼女に、着付けが終わったらそうしてくれるように頼んでおけば良かったと今になって気付く。
ドレスを纏ったリリンは、また違う美しさで、ソレを眩しく感じ目を細める。
私が頼むと、彼女はその場でクルクルと回って見せてくれ、その動きに合わせて揺れる裾に、確かに手を加えた方が良さそうだと納得だ。
刺繍を刺すなら……彼女の好きなユリの花が良いだろう。
彼女の白百合と言う名にも相応しい。
そう思い、セリスに指示をしようと思う物の、口では上手く説明できそうにない。
縛めも解く様に頼むと、彼女は快くソレを外してくれた。
「もっと早くに外してくれても良かったのだが……?」
「そう言う遊びじゃありませんでしたの?」
こっそりとセリスの耳元で呟くと、不思議そうに首を傾げられる。
そう言う遊びなら、りりんと2人きりの時に彼女にするのはいいが、自分がやられるのは嫌だな、と、こっそり心の中で呟く。
彼女にそんな事をしたら『変態』だの「エロタール」だのと騒がれるのだろうが。
ちょっと、想像しただけでそう叫ぶ彼女の動転した表情まで思い浮かび、少し口元が緩むのを感じる。
そんな妄想は頭の隅に追いやって、セリスに針と糸を用意させると、りりんにはそのまま立っていてもらい刺繍を施す。
1箇所を完璧に仕上げたので、続きはセリスに頼めるだろうと思っていたら、リエラがサラリと私にやる様にと指示を出してくる。
思わず抗議しようとしたところで、りりんが少しはにかみながらポツリと漏らした言葉により、その抗議の言葉は呑み込んだ。
「これが、この世界で初めてのアルからのプレゼントか。」
そんな表情をされたら、私がやるしかないじゃないか!!!
刺繍を刺すのは面倒だが彼女が喜ぶのならば、仕方がない。
諦めて、黄月の日まで私は彼女のそばでせっせと刺繍を刺す事にした。
黄月までの3日間、本来ならばこの町の成り立ちや家の歴史について、親から口伝えで教わる。
だが、今回は私の方が父よりもそれらに詳しいと言う事と、彼女と2人きりで少しでも長く過ごしたいという希望を通して貰った。
お陰さまで、りりんとまったりのんびり過ごさせて貰えて、私としては大満足だ。
内訳はいちゃいちゃ半分、刺繍半分といったところか。
そしてその間に、賢者の石についても調べさせて貰い、ある程度は分かった様な気がする。
まず、彼女の体を形作っている賢者の石は、彼女の魂をその内に封じる為に莫大な魔力を消費している。
それに関しては、最初から想像の付いていた事ではあるのだが、困った事にその内包出来る魔力量の上限が少しずつ減って来ている様に思える。
これはおそらく、彼女の魂の器としては力不足であると言う事なのではないかと、そう予測している。
次に、りりんが長年の魂に沁み込んでいる『人間』に準じた作りになっているらしいと言う事。
私が精神安定剤替わりに作っていた『人形』に似ているなと、それに気が付いた時に思い出し、そう言えばアレはどこに行ったのだろうかと首を傾げた。
本物が居るから、無くなっていた事にその時初めて気が付いた。
彼女に訊ねると、「他の人が見たらビビると思って隠したけど……どうすればいい?」と言う事だったので、処分を頼んだ。
なんとなく、自分の手で処分するのは難しい気がしたのだ。
心理的に。
ちなみに、りりんの賢者の石は、本当ならば魔力の供給さえ受けていれば問題ないはずなのだが、普通に食事もすれば排泄も行う。
沢山泣いたり、退屈になったりすれば眠くもなる。
診せて貰える範囲だと、彼女が認識しているとは思えない内臓等も、きちんとその機能にしたがって働いているようだ。
そこから考えると、賢者の石=彼女の仮初の肉体と言う認識よりは、賢者の石→魔力依存性生命体=りりんと言う方が正しい状態の様な気がする。
「ところでこれって、お医者さんごっこ?」と、聴診器を当てている時に恥ずかしげに聞かれた時には、思わず言葉に詰まった。
そう言われるまでは、純粋に研究対象的な目で見ていたのだが……。
……お注射しても良かったのだろうか?
駄目だっただろうな……。
後で悶々とした気分になったのは、仕方がない事なのではないだろうか?
『お医者さんごっこ』……。
『お医者さんごっこ』か……。
ちなみに、魔力の供給は繋いだ手からでも行える物の、それだとひどく効率が悪い。
私が供給する量よりも、消費される量の方が多いのだ。
湯船に、ティーポットでお湯を注ぐような物だと言うとイメージがしやすいだろうか?
とにかく、身体の触れ合う範囲が多くなる程効率が良くなるが、今のところ一番効率が良いのは口付けだった。
それは、触れ合わせるだけのものではなくいわゆるディープキスというやつで、何度しても彼女はそれに対して初心な反応を見せるのが堪らず、隙を見てはソレを行ってしまう。
恥ずかしがるりりんは、本当に本当にほんっとうに、可愛いのだ!
毎回、上目遣いで涙ぐみながら「エロタール」と呟く姿もまた愛らしい。
エロタールで結構。
いっそ、彼女が呼びやすいように、そう改名しようか?
と、思考が逸れた。
どうも、ディープキスの例をみるならば、触れる場所が深く広い範囲である方が効率がいい様に思えるのだ。
ここ数日で調べた事を踏まえれば、性交渉もおそらく問題ない筈で、彼女の主義に結婚前の性交渉は禁忌というのがなければすぐにでも検証できたのだが……。
その主義に阻まれて、未だ試す事が出来ないでいるものの、おそらく間違いないだろうと思う。
一度のキスだと、1~2時間に一度は補充してやらないと消耗が早くて少し心許無いので、朝の一度でせめて半日もつ程度に補充できれば少し安心できると言う物なのだが……。
それ位もつのなら、途中でキスさせて貰えれば魔力が減り過ぎると言う事もない筈だ。
私としては、大義名分を振りかざしつつ彼女とイチャイチャできて言う事が無いという、この完璧さ。
隙が無さ過ぎて、逆に怖い。
最後に、私が彼女の魔力の補充にこだわる私情抜きの理由として、賢者の石の魔力が最大量の半分を切ると、手近な対象から魔力を強奪する状態になってしまうというモノがある。
私が、明け方に起こされたアレだ。
ここ数日で、魔力が減り過ぎたあの時と同じ状態の彼女に、夜明けに襲われるのは慣れてしまった。
仕方がない。
喉が渇いたら、隣に美味しそうな水を湛えた泉があったと言う様なものだ。
賢者の石にとっては、だが。
そうは言っても、万が一私が側に居なかった場合にあの状態になってしまうと、大変な惨事が起こるのが目に見えているのだ。
私が居なければ、手近な生き物から同じ様に魔力を吸い上げる事になる。
そして、私以外に彼女の身体が必要とする魔力を供給できる相手がおそらく居ないのだ。
他の管理者ならば、もしかしたら可能なのかもしれないが……。
十分な魔力を提供できない相手が魔力枯渇を起こすまで吸われてしまったのならば、その生き物は命を落とす可能性が高い。
適切な処置をすぐに施せれば、助かる事もあるのだが……。
ソレはよっぽど運が良かった場合に限られる。
平和な世界で生きてきていた彼女が、万が一にも人を殺してしまう様な羽目になるのは出来る限り避けたい。
今は泣き疲れて眠っている愛しい彼女に、改めて魔力の補給をすると、私もそのまま目を閉じる。
『泣いても良いと思う。』と口にしたのは、ずっと感じていた違和感からだった。
事故で命を落として、本人にとって思いもよらない形で記憶も人格もそのままに全く見ず知らずの土地に……ましてや、言葉も通じない地に転生などさせられて、不安に思わない人などいないのではないだろうか?
なのに、彼女にそう言った素振りは全く見られず、いつもと変わりない態度で……。
あまりにも変わりがなさすぎたのだ。
彼女は、そういった不安や怯え、それから自分が死んでしまった事故による恐怖心を、心の中に仕舞い込んでいただけだったのだと、私の胸に縋ってしゃくりあげながら呟くのを聞いて、言葉も出ない。
「落ちていくのが、怖かった。」
「ぐちゃぐちゃになってた、自分の死体なんかみたくなかった。」
「おとーさんにも、おかーさんにも、もう会えない。」
「友達にも、もう会えないの。」
「やりたい事も、まだあったのに。」
「もっと、生きたかった……。」
何故、そんなにも怖い思いをして。
悲しくて、寂しくて、心残りがありながらああして、いつもとなんら変わらない態度を取れたのか、私には想像もつかない。
「アルの事、独りでなんか残して逝けない……。」
疲れて眠りに落ちかけた彼女が呟いたその言葉に、ガツンと殴られた様な気持ちになった。
私のせいで、彼女が自ら、転生の輪から外れたのだと、その言葉によってその時初めて、はっきりと認識したからだ。
『独りで残して逝けない』なんて、言われない様に強くならなくてはいけない。
今は、まだ難しいが……。
せめて、彼女を両親になる予定の人達の元へと送り届ける事が出来るまでに、そうなろうと心に決める。
それでも。
たとえ、半年に満たぬ程の短い期間であっても、彼女と明日、夫婦になれるのだ。
眠る彼女を引き寄せ、抱きしめると私は眠りを求めて目を閉じた。




