表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇のカラス・改訂版  作者: 黒田明人
闇烏2
14/35

14

  

 産まれてから5年後の今日、不意に当時の事を思い出し、ついでにその前の人生の事も全て思い出した。

 死んだはずのオレは何故か、過去へと戻っていた。

 いや、厳密に言えば過去じゃない。

 まあ、オレ以外は過去と言うべきか。

 なんせその記憶が戻って初めて見た自分の親が、かつてオレを切ったあの親父だったからだ。

 そしてあの冷たい母親も健在で、今はどうしてかそんな雰囲気が無い。


 ああ、そうか。


 オレの芝居でああなったのか。

 若い頃はちょっと芝居も下手だったからな。

 余りに極端に悪くし過ぎたのが原因か。

 まあいい、今ならもっと熟練しているから、もうあんな事にはならない……と良いがな。


 今、オレは幼稚園に通っている。


 今回はもっと巧妙に隠れての筋トレをしようと考え、昼は寝て深夜にそれを行うべく、今はひたすら眠ろうかと思うのに、実に煩い野郎共だ。

 折角、睡魔がにじり寄って来ていたと言うのに、すぐ横で騒ぎやがって。

 場所を変えようと、タオルケットを引きずって部屋の反対側の壁際に移動する。

 そして更にティッシュを千切って耳に詰め、タオルケットを頭から被って…さて、これで寝られるかと思ったら、この野郎。


 何をしやがんだ、てめぇ。


 わざわざこっちに来て騒ぐとか、絶対に意図的だろ。

 更に足を蹴飛ばしたり、タオルケットを引っ張ったりしやがってよ。

 人が寝ようとしてんのに邪魔するとか、その年で既に苛め予備軍とか、殺しとこうかな。

 そうすりゃ将来的に他の誰かが苛められる事も無くなるし、オレも発散になるしな。

 残念ながら身体能力は初期値に戻ったが、学識と経験は残ってるんだよ。

 指向性の殺気を2人に軽く浴びせると、派手な声で泣き出した。


 ああ、逆効果だったか。


 あんまり強くして心臓麻痺になったらヤバいと思ったが、考えてみれば5才の殺気でとか誰も考えんか。

 今回は5才で捨てるか、それも良いだろう。

 渾身の殺気を2人に浴びせる。

 泣いていた2人がピタリと泣き止み、床に突っ伏して漏らしながら震えている。

 オレは寝た振りをしながらも殺気は継続し、脆弱なその精神の破綻を誘発させる。

 あら、気絶しちまったか。


 防衛本能が勝っちまったか。


 結局、時間までそいつらは気絶したままだった。

 漏らして気絶したのだが、寝小便って事になったようだ。

 多少は眠れたが、歌の時間とか煩い事を始めるものだから、また眠れなくなった。

 それでも無理に丸まって寝ようと努力していたのだが、先生に起こされてしまう。

 そしてあの寝小便疑惑の2人は今、ここにはいない。

 何を言っても反応せず、涎を垂らしているばかりなのを心配したのか、近所の医者送りになったからだ。

 だけどもう、恐らくあれは元に戻るまいが、そうなればもうあいつらは来ないだろうから、明日から静かに眠れるだろうな。


 殺人童貞は捨てられなかったが、まあ良しとしよう。


 皆が何やら童謡を歌っているが、さすがに興味も無いから口パクで回避しようと思ったのに、何故バレた。

 ちゃんと歌えと言われても、確かに肉体年齢はそうだけど、精神年齢は老人のそれだぞ。

 確かに身体に精神が引っ張られているようで、当時のような事はないが、それでもさすがにそれは止めて欲しい。

 まあ、どうしても歌えと言うならと、ドイツ語で歌ってやったんだけど、造詣無いようでデタラメに歌っていると言われてしまう。

 発音が悪いとか言われるのならまだ我慢するが、デタラメに歌っていると言われるとさすがにな。


 不条理だ。


 それならそうと、最初に日本語で歌えと言うべきなのに、言語指定が無かったから好きに歌っただけだ。

 そもそも、別に幼稚園は義務教育でも何でも無いはずだから、別に行かなくても構わないと思うんだがな。

 そうこうしているうちに、時間が無くなったのか無視してくれるようになり、そのままクチパクでお茶を濁した。

 別にデタラメな音階で適当に歌っても良かったが、他のガキは真面目に歌っているのにその邪魔になるよりはましと思ったんだ。

 それにしても皆、言われるままに人形のように行動しているけど、そんなんで楽しいのかねぇ。


 理解出来ないが、人は人だ。


 そうして帰宅時間となり、園児バスに皆は乗り込み、バスは走り出す。

 だがな、距離的に僅か5キロぐらいしかないってのに、それぐらい走れ…まだ無理か。

 いつものように前のほうに陣取り、進行方向をぼんやりと眺めるが、特に珍しい事もない。

 そのうちに家の近所でバスは止まり、近所の子と共にバスを降りる。

 母親が迎えに出ていて、連れられて帰るんだけど、弟の存在が無いんだよな。

 今度は独りっ子のようだが、次を作る気は無いのかね。

 前の時は跡を継ぐとか何とか言ってたが、そんな家なら男を作らんと意味が無いだろうに。


 オレは嫌だぞ、婿取りとかよ。


 家に縛られる気は無いんだから、とっとと跡取りを作りやがれ。

 まあそんな事など些細なことだが、それよりも何よりも大きな違いがある。

 もう判ったと思うが、オレの性別が女なのだ。

 最初に気付いて愕然としたが、無い竿は扱けぬってところだ。

 そんな訳なので恐らくあの男子2人は、オレの気を引こうとして無駄な事をやらかしたんだろう。  


 だがそんな幼児の心理など理解してやらん。

 なので普通に対応してやったまでの事。

 もちろん、オレにとっての普通だ。


 害を与える者に対しては、意趣返しってのがオレのスタンダードなのさ。

 それにしても、オレの存在以外は全くの同じかと思えば、微妙に異なる世界だ。

 これはもしかして平行世界とか、その手の空想小説のような現象なのか?  

 ファンタジーだと言われそうだが、転生自体が既にそれだ。

 なのでオレが女の世界への転生になったとか、そういうのを含めると説明が付かなくもないように思える。


 だが、まあそんな事はどうでもいい。


 帰宅してすぐさま寝ようかと、部屋の隅で丸くなって目を瞑る。

 おやつとか言われたが、まともに運動もしてないのに食えるかよ。

 要らないと呟いてそのまま眠ろうとしたのだが、額に手をやって熱の有無を調べたり、まともに寝れやしない。

 男の時は最初から放任っぽかったのに、女になったらそれかよ。

 眠いから邪魔しないでと呟き、そのまま丸まって寝ようと努力する。


 ひとまずはそれで収まったが、メシだと言ってまた起こしに来る。

 まあ、メシは食わないと成長しないが、食ったらまた寝ないとな。

 黙々とメシを食うんだけど、何かと話し掛けて来る。

 メシの時ぐらい黙ってれば良いのに、何だかんだと煩いの何のって。

 今日の幼稚園での出来事とか、知ってどうするんだよ。

 昨日と同じと呟いて、またしても黙々とメシを食い、食後の挨拶をして部屋に向かう。

 呼び止められたが眠いからと、布団を引きずり出して丸まって寝る。


 さて、深夜に起きられると良いが。


 ◇


 邪魔されながらもいくらか寝た事で、何とか3時には起きられた、のだが。


 どうして隣に母親が寝ているんだよ。

 くそう、これじゃトレーニングが出来ねぇじゃねぇかよ。

 そろりと抜け出ようとすると、トイレかと聞かれる。

 うん、と呟いてトイレに行こうと思うのに、付いて来るのかよ。


 1人でやれるからと言うのだが、どうにも過保護じゃねぇか。

 男の時は放任、女は過保護ですか、そうですか。

 くそぅ、こうもべったりじゃ何もやれんぞ。

 トイレから出ると前で待ってる母親には、さすがに呆れてしまう。

 いくら5才でもそれはやり過ぎだろ。

 結局、そのまま寝る羽目になった。


 トレーニング計画の破綻である。


 翌朝、幼稚園へは行きたくないと告げるも、またしても頭を触るな。

 熱があったら申告ぐらいするさ。

 結局、休むと連絡をしていたようだが、外に出ようとすると寝ていろと。

 なのでもう、幼稚園を止めたいと話す。

 苛めかと聞かれるが、そんなの自分で処理したさ。

 つまらないからと答えておいたが、どんな事になるのやら。

 うとうとしていると、母親が買い物に行く様子。


 よし、今の内にトレーニングだ。


 とは言うものの、まともに筋肉も無い身体だから、回数がやれないんだよな。

 腕立て5回、腹筋5回、それを何度か繰り返してたら、腕がプルプルと震えだした。

 もう限界かよ、情けないな。

 まあいい、最初はこんなもんだろうが、何時か以前のように鍛えまくってやろうな。


 その日は何とか終わり、夕飯の時に父親が帰ってくる。

 たまに早く帰るが、いつもはもっと遅い時刻だ。

 黙々と食ってると、幼稚園の事を聞かれる。

 明日は行けと言われるが、つまらないから行きたくないと答える。

 つまらなくても行けと、そうなると強制だな。


 しかし何だな。


 かつての世界に80万ポンドぐらい置いて来たのが残念だな。

 あれがあれば、こんな家からさっさと逃げ出すんだが。

 まあまだ5才だからきついかも知れんが、世の中には色々と奇特な人間も居る事だし、そいつらを利用すれば良いだけだ。


 かつての弟のような奴を。


 翌朝、幼稚園へ行けとまたしても言われる。

 あれに何の意味があるのか判らないと言うのに、強制されるのは困ったものだ。

 バスまで連れて行かれ、そのまま押し込まれる。

 ああ、まるで強制収容所送りにされているようだと、運転手に言ってやった。

 難しい言葉を知っているんだねと、運転しながら答える運転手。

 中々ベテランのようだけど、大型2種持ちとか凄いねと言ってやる。

 こんなガキに言われても嬉しいのか、本当に良く知っているねと、妙に機嫌が良い。


 ふむ、ガキのふり…か。


 よしよし、そう言う事なら…………ひだりげん、みぎげん、いじょうなし、よーそろー…


 あ、違ったか、あれは潜水艦だった。

 少なくとも踏み切りで言う言葉じゃなかったな。


 乗り込む園児達もラストの停留所だが、不審人物が近くに佇んでいる。

 それとも風邪を引いているのか?

 園児を乗せた後、ドアが閉まる前にそいつが乗り込んで来る。

 ドアを閉めて運転手に何やら指示を出す。

 後ろを向いたままとか無防備な奴だ。

 思いっきり足を後ろにやって、全力で振り抜く。

 股間直撃の攻撃に、さしもの犯人も悶絶する。

 右手首を踏んでナイフを離させ、足で蹴飛ばしておく。

 運転手さんには警察に連絡してくれと言い、抑えた手越しに股間を踏む、踏む、踏む。


 いい加減気絶しやがれ。


 うつ伏せにさせて片腕を背中に回し、膝で押さえつけて制圧完了。

 暴れようとするから、髪を掴んで顔面を床にキスさせてやった。

 しっかし、この程度で息切れするとか、本当に体力が無いな。


 でもあれ、あのナイフって玩具か?


 あんなもんで何しようとしたんだ。

 見れば運転手は困った顔をしているが、これって演習か何かか?

 しばらくして婦警さんがやって来て、その人を放してくれと言われる。


 やれやれ、やっぱり演習か。


 背中から降りるが気絶しているようで、肩に担いで連れていく。

 男として使い物にならなくなったかも知れんが、抜き打ちのバスジャック演習とか、人騒がせにも程がある。

 恐らく運転手に対する演習だろうと思うが、園児の居ない時にやれよな。

 うっかり園児にバレたりしたら、それでトラウマになる奴が出るかも知れないだろ。

 そんな精神の弱っちい奴も居ないとは限らないのに、何で園児の居る時にやるかな。

 あれはあちらのミスだろうから、オレに何か言われても困るぞ。


 普通は火災訓練でも事前の告知ぐらいはするものなのに、バスジャック演習に対しての告知とか聞いてないぞ。

 そういうのがやりたいなら幼稚園の先生同伴で、事に及んだ時に導かないと意味が無いだろ。

 それでもそれ以来、園児でオレに構う者は居なくなった。

 自由時間に眠っていて、煩くて目が覚めても、煩いと言うとシーンとなる。


 よしよし、これでゆっくり寝られるな。


 結局、あれはどうなったのかが分からないが、犯人役のあいつは少なくとも生きてはいるんだろうな。

 確かにあれは過剰防衛も甚だしいのは認めるが、いきなりの不告知な演習で、黙って震えていろと言うのは違うだろ。

 あれが本物なら、死人が出ないとも限らない状況だ。

 確かにナイフ如きで死ぬとか情けないが、被害者が民間人ならその可能性は高い。

 たまたま演習だったから問題なのであって、本物ならそこまでの事もないはずだ……少なくとも外国なら。

 なにはともあれ、5才児に制圧されて過剰防衛とか、言えるもんなら言ってみるといい。


 そんな公僕、笑いものになるだけだろ。


 でも、こんなに体力が無いと言うのに、不意を付けば大人を気絶に追い込めるんだな。

 まあいい、何処の所轄の仕業かは知らんが、ちょいと聞いてみるとするか。


(彼はどうなりました…あれは酷いな。どうしてあんな事になったのかは知らんが、男性機能は絶望的だ…そんな…睾丸が2つ共潰れていてな、海綿体にも傷が付いておる。前歯は3本折れていて、手首の骨折と小指の骨折だ…まさかそんな事に…それで、これは事件になるのだろうな…いえ、それが、その…これ程の傷害が事件にならないはずも無かろう…少し事情がありまして…しかし、それでは賠償がやれまい…それは)

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ