12 ending
数ヶ月の出張任務が終わり、家に戻ると空き家になっていた。
彼女の事を近所の人に聞くも、もうかれこれ一月も前に急な病で死んだと告げられる。
遺産は彼女の親戚が引き取り、あの家も売り物件になったとか。
唐突な彼女との別離……墓に参ったが、何も言うべき言葉が出ない。
やれやれ、オレはどうにもこういうのが苦手だ。
まあ、楽しかったよと、それだけを告げて墓地を出た。
長期の任務はそれを最後にし、後は日常勤務を経て、42才になって内勤になり、書類と格闘する日々となる。
それでも体力の保持に努めようと、高層ビルの階段を使用する日々。
ニュー・スコットランド・ヤードのビルの階段はクールガイの専用通路とまで言われ、定年を迎えるまでエレベータは殆ど使わなかった。
惜しまれながらもヤードを去り、退職金と報奨金、それに女王陛下からの勲章まで貰った。
無趣味で貯金ばかりの奴だけど、誘えば付き合いは良い。
愚痴もよく聞いてくれたし、陰口は叩かない。
仕事振りは真面目で優秀だったと言うのが彼らの評価だった。
結局、内面は隠蔽したまま退職になったが、このまま隠蔽して終われると良いが。
体力の衰えと共に性欲も減退し、毎日のトレーニングだけで発散が可能になっていた。
郊外に小さな土地と家を構え、悠々自適な老後が始まる。
あれこれと買い揃えたが、死ぬまでの資金は口座にある。
それにしても色々あったな……童貞は15で捨て、殺人童貞は17で捨てたっけ。
あの時は14人だったか。あれからどれぐらい殺したんだろうな。
100人までは数えていたが、面倒になってそれっきりだ。
一番楽しかった時期はやはり、紛争地帯での暮らしか。
死と隣り合わせのあの緊張感が実に堪らなかったな。
もうあんな事はやれないだろうが、思い出すと当時の事が蘇る。
それなりに充実した人生だったんじゃないかな。
こんな性格破綻の快楽殺人者なオレが、悠々自適で最後を迎えられるとか、ちょっと想像が付かないよな。
一度は捨てた故郷だけど、年を取ると変わるのか、観光旅行で日本を訪れる。
実家の場所にはビルが建ち、当時の面影も無い。
家族だった奴らの調査をしたが、父親は失意のままに孤独死だったらしく、親戚が葬儀を行ったとか。
弟は前科者となり、それから正業にも就けず、慰謝料と養育費の捻出に苦労した挙句、犯罪に走って再度の逮捕。
釈放後に裏社会の住人となり、若い奴にアゴで使われた挙句、抗争で死んだらしい。
結局、元の奥さんへの慰謝料も養育費もまともに支払われず、実家で今も暮らしているらしいが、どうにも肩身が狭い様子。
旅用に2500万ぐらい日本円を用意していたが、そのうちの2000万を包んで届けておいた。
勘当されたがあいつの兄だ。色々苦労もあっただろうが、償いにはならんかも知れんが、この金を納めてくれと。
何度か辞退していたが、縁は切れても弟の奥さんだった人に何かしてやりたかったと告げて、何とか受け取った。
さて、次は何処に行きますかね。
久しぶりに自転車に乗ってみるが、昔のようなスピードは出ない。
あれからもうどれぐらい過ぎたのか、母校を巡るが面影は殆ど無い。
あの女の故郷も判らないままで、港のキャバレーはコンビニになっていた。
そしてあの事務所は更地になっており、あの組織は検挙されて壊滅したとの事。
外港乱闘事件の現場に行ってみる。ああ、あの辺りに油を撒いたなとか、ガードレールのネジを緩めたとか色々思い返す。
ここで14人殺したなと……しばらくぼんやりと当時の事を思い返し、それからまた自転車は走る。
駅でレンタサイクルを返し、列車に乗って駐屯地へ向かう。
昔ならあのまま自転車で行こうと思えたが、もうあんな事はやれまいなと、駅弁を食べながらそんな事を想う。
数時間後に終着駅。ホテルに泊まって翌朝に駐屯地へと向かう。
レンタサイクルが見つからなかったのでタクシーに乗り、かつて過ごした場所へと向かう。
色々変わってはいたが、それでも面影は残っていた。
受付で見学を希望する。かつてここで訓練を受けた者だと告げ、当時の身分証明書などを見せる。
調べてくれているうちに、お前、もしかして闇烏かと誰何される。
見ればオレと同じぐらいの老人だが、よく見ると面影がある。
隊長ですかと問えば、久しぶりだな、元気にしていたかと言われ、そのまま世間話となり、食堂で茶を飲みながら、これまでの事をザックリと話す。
勲章まで貰ったのか、さすがは闇烏だと言われるが、今はもうあんな事はやれませんよと苦笑い。
お互い年を取ったなと、過去の事を振り返る。
彼は今、嘱託となって若い者への訓示とかをやっているとかで、老後の趣味のようなものだと言っていたが、どこか寂しそうだった。
やはり、色々衰えるとそうなるものなのかと、共感を覚えた瞬間だった。
しばらく居られるのかと聞かれ、数日は余裕があると告げると、久しぶりにやってみないかと言われる。
さて、何処まで動けるかね。その日は宿舎の空いた部屋を借りて泊まり、早朝にストレッチを開始。
ランニングで身体を温めておいた。朝食後、ブリーフィングが行われ、模擬戦の様相が説明される。
隊長率いる往年の面々対現役の練習生との戦い。どうやら近隣のかつての同僚が集まったらしい。
再会を喜び、闇烏が居るなら今年こそは勝てると息巻いているが、毎年恒例の行事なのかよ。
おっかしいな、オレが現役の頃にそんな行事は無かったぞ。
それはともかく、模擬戦は駐屯地の訓練場で行われるが生憎と昼間だ。
林を含む訓練場で、ゲリラに対抗するのが訓練の趣旨らしい。そしてオレ達はゲリラ側と。
プラスチックで出来たナイフのような物を受け取り、こいつで首に印を付ければ良いと言われ、何処も似たような事をしているんだなと思った。
隊長の老練な指示のままに行動を開始し、随所にアレンジしての牽制を加える。
指向性殺気を一瞬放ち、場所を移動してかく乱させたり、石を投げて場所の錯誤を誘発させたりと……
3人仕留めて場所移動中、隊長に危機が迫る。どうやら他の面子は全員脱落したらしい。
3対1か、当時の隊長なら負ける事はあるまいが、今はもう無理だろう。
石で注意を横に向け、反対側から突撃。
不意を突いてチョンチョンと首に印を付け、ラストの奴とは白兵戦となる。
さすがに若いから機敏だが、まだまだ実戦経験が足りない様子。
フェイントに引っかかってあえなく制圧。首にチョンと印を付けて模擬戦は終了する。
まだまだ衰えてないなと隊長に言われ、こいつがオレ達の世代で有名だった闇烏だと言われた。
どうやらオレの事は何度も訓示で出たらしく、軽く何か言えと言われたので、ざっとプロフィールを告げた。
英国の特殊部隊の辺りでどよめきが走り、勲章の辺りで尊敬の眼差し。
そのうちにさっきの奴が再戦の申し込みをするが、もう勘弁してくれと言って笑って誤魔化した。
あれ以上は殺したくなるから本当に勘弁してくれ。
休憩時間となり、訓練生達に色々と聞かれ、それなりに答える時間。
どれぐらい殺したのかと、核心に迫るような質問をされ、100人までは数えていたが、面倒になって忘れたと、つい本音が……いかんいかん、漏れてはいかん。
まあ、聞いた本人はスゲェで終わったから良かったが、それでもそういう話題はヤバいから止めてくれ。
とまあ、そんな和気藹々とした時間も過ぎ、訓練生や隊長達に別れを告げ、駐屯地を去る事になるのだが、また来てくれと懇願されるが、さてどうかな。
可能ならと答えておいたが、恐らくもう来ないだろう。
かつての祖国への旅行だが、見るべきものは全て見たつもりだ。
タクシーを呼ぼうと思ったら、さっきの奴が駅まで送ると言われた。
厚意はありがたく受け取り、駅までの道中に白兵戦の時の彼の癖の指摘をする。
後は実戦経験を積めば、優秀な自衛官になれるだろうと……
駅で別れようと思ったその時、そいつに向けて拳銃が……おいおい。
咄嗟に庇って左手をかざし、手の平で弾速を弱めて致命傷を避ける位置で何とか弾を留めるも、ちょっときつかったかな。
そのまま対象を制圧し、無力化をして110番への通報を頼む。
ああいかん、ちょっと意識が……やれやれ、衰えたものだな。
あいつは真っ青になって呆然としていたが、何とかケータイで連絡をしてしっかりしてくれと言えば、ハッとして動き出す。
殺しに慣れてない日本人の弱点かな、ああいう突発事件に弱いのは。
ああ、あんまり揺らすなよ……怪我人を動かすと拙いんだぞ……聞いているのか、少年……
ああ、久しぶりだな……あれから嫁に行ったが、どうだった……
オレで満足していたから……きっとお前……夜は不満だったんじゃないのか……
なんだ……またやりたいのか……ああいいさ……
満足……する……まで……何度……で……も……