生霊は死地を彷徨う
1階に着くとそこにはまだいーくんは来ていなかった。
今まで、3階、2階といーくんの方が早く着いていたのに、今回は僕達の方が早かった。
僕達は目の前に職員室があるため、静かに待っていた。
すると、姫奈が立ち上がり、職員室に入るドアをチラリと覗いた。
することが無く暇なのであろう、音を立てないようにしながらも彼女は動き始めた。
「なっ…」
姫奈は思わず声を出してしまった口を手で抑え、僕にこっちに来てとジェスチャーを示す。
僕は物音を立てないように、静かに歩き、覗く。
するとそこには気持ちの悪い生き物がうごめいていた。
体から手が八本生えていて、目を頭に1つ、体に3つ、計4つ付けた、背が高くて職員室に収まらないため、四つん這いでカサカサと動いている生き物がそこにはいた。
その怪物はまだこちらには気づいていないようだった。
僕達はドアに背中をくっつけ、その怪物の視界に入らないように待機していた。
これからどうすべきだろうか、とりあえずいーくんがくるのを待とう。
そしてすぐにここから抜け出よう。
そもそもあいつ、どうやってあの中に入ったんだ?
その後、しばらく待っていても彼女は来なかった。
もしかしたら襲われてしまったのかもしれない。
どちらにせよ長居は禁物だ。
僕は姫奈に外に出ようと、ジェスチャーした。
姫奈と僕がゆっくりと立ち上がり、のそのそと歩き出したその瞬間、窓ガラスが割れた。
怪物はその音に気づき、こちらに向かってくる。
僕達は外に向かって走り出した。
「なんで?!なんでいきなり割れたの?」
「そんなの知らないよ!」
ドカーンと音がして後方に奴が現れ、猛スピードでこちらに走ってくる。
「もう少しだ姫奈!外に出てから戦え!外にはマコトもリョウもいる、きっと勝てるさ!」
「う、うん!」
僕達は外に出るとしばらくしてでかい音を立てながら怪物が外に出てきた。
その音を聞いたリョウとマコトが駆け寄ってくる。
「おい、シュンキ、なんだよこれ。あとあの女の子は?」
「話は後!さっさと倒さないと死神共が集まってくる」
なんせでかい音を立てて飛び出してきたのだ、周囲に音は漏れているだろう。
改めて怪物を見るとその大きさに僕らは絶句した。
体調は3mはあるだろう。
どうすればいい?
そう考え込んでると、怪物の腕が伸びてこちらに向かってくる。
「よけろ!」
僕達はそれをなんとかかわした。
「くそ、そんなのありかよ」
「リョウ!拳銃であいつの目を狙って!わざわざそんなものがあるってことは弱点かもしれない!」
「了解!」
リョウは狙いをすますと、奴の目に向かって弾丸を打ち込む、しかし、その弾丸は奴の8本ある手に阻まれてしまった。
「弾丸を止められる瞬発能力まで備わってるのか…」
僕はまたしばらく考えたあと、リョウにまた指示を出した。
「リョウ、俺らが8本の手を引きつける。そういたらやつの目を撃ち抜いてくれ!」
「わかった!」
僕はやつの手の1本に「涼光」を投げて刺し、こちらに目を向けさせた。
すると怪物は僕目掛けて手を伸ばしてきた。
それをマコトが大剣でなぎ払い、僕と姫奈も薙ぎ払えなかった手に切り込みを入れる。
バーン!
リョウの弾丸が的確に怪物の頭の目を撃ち抜いた。
すると怪物は悶えながら頭にある目を閉じ、腕が2本少なくなった。
「よし!あと3つ!やってくぞ!」
するとまたもや彼女の不気味な笑い声が辺りに広がる。
「フハハハハハハハハッ、アッハッハッハッハッ」
声の元を辿ると彼女は4階の窓からこちらを覗いていた。
彼女の姿に僕達はおろか、その怪物も彼女に見入っていた。
「いやー、最高だよ君達。ナイスなチームワークだよ。非の打ち所がない。でもね、チームワークだけじゃ君達が倒そうと思っている真の敵には叶わない。大事なのは個人の技量さ…」
そういった所で痺れを切らした怪物が4階にいる彼女の元へ腕を伸ばした。
彼女はそれを窓から飛び降りてかわした。
「嘘だろ、4階だぞ?」
マコトが声を漏らす。
いーくんは綺麗に着地すると立ち上がり怪物に向かって話しかけた。
「へー、君は僕も攻撃するんだ。…いいね、そうだよ、そうじゃなくっちゃ!」
いーくんは怪物に向かって走っていく、怪物もまた彼女に向かって手を伸ばす。
いーくんは綺麗にその腕を1本1本かわすと、その胴体にある目の一つに弾丸を撃ち込んだ。
またもや怪物は悶え、腕を2本失った。
「へぇ、君はこの銃を受けて死なないんだ…面白い」
彼女は2丁の拳銃を4本の腕に綺麗に撃ち込んだ。
すると4本の腕は下に垂れた。
「じゃあね、さよなら。意外と楽しかったよ」
彼女は拳銃で残る2つの目を撃ち抜いた。
すると怪物は倒れ、たちまち消え去った。
彼女は銃をしまい、こちらに一定のペースを保ったままこちらに歩いてくる。
僕は思わず剣を握る力を強めた。
目の前にいる怪物を1人で倒した彼女の事をメンバーの誰もが見入っていた。
おそらくその中に恐怖をも生んだのだろう。
彼女はネジが飛んでいる、という話では済まない。
身体能力についても人間の域を超えていた。
彼女は偽物でない、本物の生霊なのだ。
「これで終わったでしょ。君たち早く帰らないと、また死神とやらが追ってきちゃうよ?」
「そ、そうだね。みんな帰ろう」
リョウが声をかけ、みんなで帰る準備を始める。
僕達は各々の武器を収め、校門に向かって歩き始めた。
僕の脳裏には彼女が先ほど発した言葉がずっと頭に残っていた。
校門を抜けると彼女は立ち止まり、僕達のグループに話し始めた。
「いやー、今日は意外と楽しかったよ。また今度一緒にやろうね」
「楽しいって…」
リョウが驚きを隠せない表情で口に出す。
おそらくパーティメンバーの誰もが思っただろう。
“彼女に関わってはいけない”
と。
今日1日彼女と関わって分かったこと、それは彼女はこの世界について何かを知っているという事だ。
関わってはいけない、でも関わりたい。
そんな気持ちが僕の中で生まれていた。
「なぁ…キミは一体何者なんだ?」
「それはさっき話しただろう?」
「そうじゃない、キミは何を知っ…」
「それ以上は喋っちゃダメだ」
そう彼女は言うと自分の手を自分の右腹当たりを触って僕に示した。
そこは先程彼女がメモを入れていた所だ。
僕はそのメモを読もうと手に取る。
他のメンバーは何かを察したのだろう、中を除いてきたりはしてこなかった。
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今夜、あの箱の中の真ん中で待ち合わせ。
必ず来なよ?
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メモにはそう書かれていた。
僕は彼女の様子を伺うと彼女はニッコリと笑っているだけであった。
「さて、じゃあ行こうか。そろそろ日が暮れる。キミも来なよ」
「いいや、ボクは遠慮しておくよ、ボクはまだここにいる」
「いや、そうは言ったって…」
「リョウ…行こう」
僕はリョウにそう呟く。
リョウの行動は正しい、定石と言えるであろう。
しかし、行為の対象が彼女であるならば話は異なる。
彼女は存在自体がイレギュラーなのだ。
客観的な答えなど、当てはまるものではない。
彼女は生霊だ、なら襲われる心配もない。
でも今日待ち合わせるなら付いてくればいいのに、とも思うのだが彼女の読めない行動と決めつけた。
僕達は彼女に背を向け歩き始めた。
「そっちから帰るの?」
「あぁ」
「ふーん…どうして?」
「こっちの方が帰りは近いからさ、下り道で楽だし」
「そっか…じゃあね」
彼女は悲しそうな表情をした。
全くもって彼女の行動を読むことが出来ない、笑っては悲しみ、遊んでは落ち込む。
彼女のそのきかかいな感情の豊かさも僕達の抱く、関わってはいけないという思考に繋がっているのだろう。
僕達はまた彼女に背を向け歩き始める。
彼女の姿はもう見えない。